75. サルベージ -4-
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学院に場面は変わります。
もう少しで午前の授業が終わる。
いつもなら、この後4人でランチに行く。でも、今日は2人だけだ。エーリック殿下とシュゼットは学院を休んでいるから。
昨日、夜遅くに帰って来たエーリック殿下。
普段ならば、自分と一緒に登下校する。白のクラスで同じ授業を受けているから、帰りも当たり前の様に一緒だ。でも、第二と第四の木曜日だけは別になる。エーリック殿下は、魔法術の講義が最終時限にあって、結構時間が伸びてしまう事があるからだ。その為、自分が受けている剣術の補習よりも、遅くなる事が多いので帰りは別々にしている。
でも、昨日はいつもより相当遅い時間になっても帰って来なかった。エーリック殿下は、大使官邸で一緒に住んでいるので、警護の観点からもその行動は把握されている。魔法術の授業前まで、あんなに遅くなると言っていなかった。そして、心配する大使館邸に殿下からの伝令が来たのは、いつもなら夕食が始まる時間だった。
まだ帰れない。シルヴァ叔父上と一緒だから、心配するな。という短い言付けだった。
その連絡が来て、少し安心はしたが、何とも心がざわついた。
今まで、感じたことが無いようなザワザワとした気持ち。寝台に入っても、眼が冴えて眠れない。何度も寝返りを打っていた時だった。
小さなノックの音がして、エーリック殿下の声がした。
「セドリック。まだ起きているか?」
慌てて飛び起きると、扉を開けて殿下を部屋に招き入れた。
随分お疲れの様子だ。国で何かあったのか? 殿下が口を開くのを待った。
「シュゼットが意識を失くしている。それで、魔法科学省の医術院で様子を見る事になった」
「……」
エーリック殿下の淡々とした声に、ぶるりと背筋が震えた。
「意識を失くした? シュゼットは、魔法術の導入教育を受けていたのですよね? 何で、意識を失うことになるのですか? 何が起こったのですか? シュゼットは大丈夫なのですか!?」
殿下に掴み掛りそうになったのを堪えた。相手は、エーリック殿下なのだ。
「魔法術の導入教育を受けていた時に、気を失って倒れた。レイシル様が来て、彼女を魔法科学省の医術院で診ることにしてくれた。魔法術が影響しているらしいから、普通の医術院では目を覚ませない」
「シュゼットは、大丈夫なのですか? 苦しそうでは無いですか?」
「それは大丈夫そうだ。見た目は眠っているようにしか見えない。微睡んでいるようにしかね」
「……」
そして、エーリック殿下は明日の朝からレイシル様の手伝いをする為、学院を休んで医術院に詰める事になったと教えてくれた。勿論、シルヴァ王弟殿下もご一緒だという。
無力だ。
魔法術の識別が無い自分に、シュゼットの目を覚ます事は出来ないんだ。
そう思うと、胸がぎゅうっと痛んだ。痛んだけれど、そんな事はどうだって良い。彼女が目を覚ませればどうでも良い。こんな、自分が感じている気持ちなんて。
「エーリック殿下。どうかシュゼットの事を、よろしくお願いします」
殿下に、心からのお願いをした。
「今日は、エーリックもシュゼットもお休みなのね。それに、フェリックス様も。エーリックとフェリックス様はどうでも良いけど、シュゼットは大丈夫かしらね? 急な発熱による体調不良って、風邪かしら?大変な病気でなければ良いけど。帰国後の疲れが出たのかしらね?……って、セドリック? 聞いているのかしら?」
カテリーナ様とランチを摂りながら、考え事をしていて話を聞いていなかった事を突っ込まれた。カテリーナ様は、シュゼットの欠席の理由を先生から伝えられた通り、体調不良と思っている。
エーリック殿下曰く、シュゼットが光の識別者であり、昨日意識不明になって医術院に担ぎ込まれたのは極秘事項だそうだ。魔法術の授業に出ていた生徒にも、一部の記憶操作の魔法が掛けられているらしく、生徒で知っているのは、エーリック殿下、フェリックス殿下、双子殿下達と自分だけのようだ。
「聞いていますよ。早く治ると良いですね。環境が変わったのが堪えたのでしょうね。色々あったようですから」
「いろいろ? あったの?」
キラリとカテリーナ様の目が光ったような気がした。不味い。これ以上は何も言わない方がイイ。
「あったでしょう? 5年振りに帰って来て環境は変わったし、魔法術の鑑定はあったし。そりゃあ熱も出るでしょう」
「まあ、確かに。貴方とエーリックも発熱の原因になっていそうだし?」
「? 何ですか、ソレ」
「イイの。判んなければネ。さて、ランチを食べてしまいましょう。セドリックも、今日は帰ったほうが良いんじゃなくて? 貴方、気もそぞろですもの。ふわっふわよ。全然授業を聞いていないでしょう。そんなに心配なら、お見舞いに行って来なさいな。私の分までね?」
そして、ランチに付いていたデザートの南瓜プディングを、ひょいっと攫われた。
「これで、買収されてあげてよ?」
そう言うとカテリーナ様は、にっこりと微笑んでプディングを口に運んだ。
昨日、レイシル様が礼拝堂にある泉から出てくるのを見ました。
礼拝堂にあるパイプオルガンは、定期的に弾く必要があるので、第二と第四木曜日の最後の授業で、音楽実習の一環としてその役を任されていたのです。
礼拝堂の壁一面にあるパイプオルガンの鍵盤を綺麗に磨き、楽譜を取りに段を降りた時でした。バタバタと足音がして、礼拝堂に入って来た方がいました。魔法術講師のカイル先生でしょうか? 白いローブに杖を持っています。只ならぬ気配に、思わず私は柱の陰に身を顰めました。
カイル先生は地下にある泉の傍に駆け降りると、泉の前で姿勢を正しています。礼拝堂の地下にある泉は、天井である一階の床に透かしの彫刻がされているので、上から覗き込むと階下の泉が良く見えるのです。
レイシル様……?
暫くすると、揺らめく泉の中からレイシル様が出現されました。
魔法術を使って、移動されたのでしょうか? この方は、フェリックス殿下の叔父上様に当たります。いつもの様子と違い、随分慌てた様子に見えました。
こんなに急いで来られたという事は、フェリックス殿下に何かあったのでしょうか?
今、魔法術の授業中ですわね?
「で? 彼女の状況は?」
控えていたカイル先生が、レイシル様を案内しているようです。
「はい。シュゼット嬢の意識はまだ戻っていません。フェリックス殿下とエーリック殿下が彼女の所に向かっています」
急ぎ足で歩くお二人の会話が漏れ聞こえました。
シュゼット様の意識が戻らない?、フェリックス様が向かった? 何が起きたの?
何故、フェリックス殿下が、アノ人の所に行くの?
私は、そっと二人の後を追いました。いえ、フェリックス殿下を追ったのです。
レイシル様とカイル先生のお二人は、中等部の魔法術教室に駆け込んで行きました。後を追うのは大変でしたけど、導入教育が中等部で行われるのは知っていましたから、すぐにどこかは判りました。ええ、パリス殿下とカルン殿下のお二人が彼女を迎えに来ていましたので。
レイシル様とカイル先生が教室に入られた後、少ししてハート先生に抱えられた彼女が出てきました。確かに意識が無く、ぐったりとした様子です。静かに歩くハート先生の後ろから、フェリックス殿下とレイシル様、エーリック殿下と続きます。どこかに移動するのでしょうか?
静養室に入ったフェリックス殿下達は、暫くはお部屋に籠っていらっしゃいました。でも、ハート先生とエーリック殿下が一緒に出て行かれた後、すぐにカイル先生がお一人で部屋から出て来られました。
「それでは、私は馬車を寝台仕様にして来ます。それと、医術院にも入院の連絡を入れて来ます」
扉を開けて部屋に向かってそうおっしゃるのが聞こえました。
医術院? 魔法科学省の医術院? 彼女が入院するの? でも、何故フェリックス殿下がそこにいらっしゃるの?
その後、カイル先生がお戻りになると、先生が彼女を抱えてレイシル様と、フェリックス殿下も一緒に出て行かれました。
医術院に向かったという事でしょう。
なんで、
なんで、
なんで!?
何故、フェリックス殿下も一緒に行くの? 何の関係があるのですか? また、彼女がフェリックス殿下にご迷惑を掛けているのですか!?
どれだけ彼女はフェリックス殿下に、迷惑を掛けたら気が済むのでしょう!?
あれ程、注意したのに。ちっとも反省した様子も無いですわ。なんて厚顔な方なんでしょうか。
明るい昼の食堂ホール。
「ローナ? どうしたの? 食欲無いの?」
「……」
「ローナ?」
話しかけられて、はっと気が付きました。フォークを持ったまま手が止まっていたのです。ロイが心配そうに眉根を寄せて聞いてきました。
「……ロイ、私、気分が悪くなったので今日は早退しますわ」
「えっ? 大丈夫? 僕も一緒に帰ろうか?」
ロイには悪いですけど、私には用事があるのです。
「大丈夫よ。心配しないで? じゃあ、失礼するわね」
心配するロイを置いて、私は帰り支度を急ぎました。彼女の様子を確かめたかったのです。そして、今日お休みのフェリックス殿下が、彼女の所にいるのか、いないのか……
小さな石の欠片を幾つも飲み込んだような不快さが、気持ちを追い立てるように、もごもごと動いています。
ああ。なんて嫌な気持ち。どうしたら無くなるの?
カリノ家の馬車に乗り込むと、御者に伝えました。
「魔法科学省の医術院まで。急いでちょうだい」
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さて、久し振りのセドリック君登場です。
それから、カテリーナさんとローナさんです。
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