72. サルベージ -1-
少し間が空きました。お待たせしました。
「レイシル師長、光の識別者関連の文書はこれで全部です」
夜間から隠密で行われた作業が終わったのは、すでに明るくなった頃だった。
シュゼットが眠る病室の隣に、魔法科学省から持ち込んだ資料や書籍が運び込まれた。病室には大きなテーブルと、文机も数台設置され、どこかの研究室か会議室のようになった。
「ああ、カイル。済まないが、そこの棚に置いてくれ」
カイルが持ってきたのは、本来であれば持出厳禁とされている資料だ。台車一杯に詰められた文献は、レイシルと副師長であるカイルしか閲覧できない貴重本だった。
「レイシル師長、こちらはどこに置きますか? さすがにこれだけは別に保管しましょう」
それは四ヵ所に特別な鍵が付いた大きな黒い革張りの本だった。シュゼットが倒れたと連絡を受けた時に開けようとしていた特別な文献だった。
「そうだな。これだけは書棚に入れておこう。それから、このフロア全部に結界魔法をかける。カイルの錬金と俺の錬金で空間閉鎖をしよう。俺達の錬金の二重掛けなら解除できる者はいない」
「入れる者をどう判断しますか?」
ふむ。レイシルが唇に指を当てた。考える時の彼の癖だ。
「彼女に悪意を持つものは入れないようにしよう。俺の鑑定を掛けて判別する。場合によっては、弾き飛ばされる奴がいるかもな?」
何気に言っているが、レイシルが本気の魔法術を使ったら、弾き飛ばされるでは済まないかもしれない。
「限度を持って下さい。来たら人が死んでいた。なんて絶対ゴメンです」
一応、カイルが釘をさすと、レイシルは肩を竦めて金色の錫杖で床に大きく円を描いた。
「では術式展開をしよう。まずは、私の鑑定からだ」
不思議な鈴の音が大きく響くと同時に、金色の波が床を這うように広がった。
「もっと広く。もっとだ」
更に術式展開するレイシルの声が響いた。
金色の波が薄くさざ波の様に広がると、次にカイルが持っていた杖を床に打ち付けた。すると、そこから白く細かな粒子が波に乗って四方に流れて行った。
「カイル、貴方の錬金は相変わらず真面目な色だな。きめ細かくて抜けが無い」
口の端を上げてレイシルが目を細めた。
魔法術は、同じ識別や術式展開であっても、人それぞれ色や性状が違う。レイシルは金色の波、カイルは白い細かな粒子だ。
「終わりました。レイシル師長、後は宜しくお願いします」
術式展開を終えたカイルが、杖を持ち直して振り返った。
金色の錫杖を持ったレイシルの髪が、逆巻くように靡いた。
「展開」
(ナニ? カラダガ、ぴりぴりスル)
肌の上を何かが触って行きました。触って? いえ、違いますわ。触るか触ないかのスレスレで、風のようなモノが渡って行ったのです。
冷たいような? 熱いような? 何とも言えない感触のモノが一瞬ですが身体を包んで、すぐに消え去ったような・・・
(今のは、何だったのかしら?)
『・・・ゼット・・・』
『シュ・・・・・聞こ・・・』
ずっと遠い所から、誰かの声がします。私の名を呼んでいるように聞こえますけど。どなたの声でしょうか?
『シュゼット。早く起きろ。いつ迄そこにいるつもりだ』
はっきり聞こえましたわ。
誰ですか。人を寝坊助みたいに! 全く、失礼ですわね。声のする方に意識を向けると、
『聞こえてるんだろ? 早くこっちにおいで。迎えに来たよ』
今度は、随分優しい声です。迎えに来たと言っていますけど、一体ドナタデスカ? 余り聞き覚えの無い声ですわ。でも、私の事を知っているのでしょうね。
「そう言う貴方は、どこのどなたですの? まずは名乗るのが先でしょう!」
実際喋れるのか不安でしたけど、さっきまで声がした方向に叫びました。声になってちゃんと届いたかのか判りませんけど。
『判んない? 寂しいな。まあ、この前会ったばかりだからしょうがないか』
聞こえたようですわ。
『俺は、君を迎えに来た王子様ってとこかな。いや、お姫様の目を覚まさせる王子様かな?』
「・・・レイシル様・・・ふざけておいでですのね?」
『本当の事だよ。本当に、君を迎えに来たんだ』
「私はお姫様ではありませんし、良く知らない王子様のお迎えなどいりませんわ」
『酷いな。知ってる王子なら良いの? 俺も王子だったのだけどな』
「王子様のお迎えなんて、必要ありませんわ。起きたくなったら、自分で起きますもの」
『そんなこと言わないで。早く戻っておいでよ。君の憂いが一つ無くなるはずだから』
「憂い? 何のこと?」
『戻って来たら教えてあげるよ。早く戻っておいで』
憂いが無くなる? 私が憂いている事って言ったら、婚約者候補のこと? 光の識別者であること? 目を覚ましたらそれが無くなっているということ? そんな事があるのかしら。
この方とお話していると、5年前の事が段々と鮮明になってくような気がします。もしかして、この方の魔法術に関係するのでしょうか。
だとしたら、面倒臭い方の様な気がしますわ。余り関りにならない方が良いかもしれません。
・・・そうと決まれば、もっと、深い方に移動します。面倒臭い方のお相手をするのは、とーっても疲れそうですもの。特に今は。
身体は動かないですけど、さっきの声から遠く離れることは出来そうですわ。また話しかけられる前に、もっともっと深い方に行きましょう!
『待って!』
大きな声と同時に、グンっと引っ張られるような感じがしました。意識の細い所を、力技で引っ張られるような強い引きです。
「いやっ! 触らないで!」
「あっー・・・」
シュゼットの眠る寝台の傍から声が上がった。
「どうかしましたか!?」
カイルが慌てた様子で近くまで寄って来た。寝台の脇には、椅子に座って彼女の手に自分の手を重ねているレイシルがいた。
「レイシル師長? どうかされましたか?」
もう一度、カイルが声を掛けた。
「・・・マズイ。もっと奥に沈んでしまった。かもしれない・・・」
振り向いたレイシルが、見たことも無い青い顔で振り向いた。
「はっ?」
シュゼットの手をシーツの中しまうと、レイシルがそっと席を立って、中央にあるソファアセットに力なく座り込んだ。カイルは、こんな師長を初めて見たと思った。青い顔で額に手を当てたまま俯いている。
「あの、レイシル師長。もっと沈んだって、何をしたのですか? 特に変わったことは、されていなかった様に見えましたが」
頭を抱えて座り込んだ上司に、カイルは膝を着いて肩を揺すった。上司であっても、カイルより5歳も若い青年の薄い肩は、がくりと落ちているように見えた。
「引っ張り上げようとしたら、イヤっ、触らないで、って抵抗された」
「・・・はあっ!? 何ですって!?」
カイルの両手が、レイシルの肩をぐぐっと掴んだ。
「こんなデリケートな状態にいる15歳の少女ですよ。慎重にサルベージしなければいけないでしょう! 何故もっと丁寧にしないのですか!」
この俗世から離れて浮世離れした高貴な人物には、女の子の繊細な気持ちやら、ナーバスな感情など測り得ない未知のモノなのだろう。
そう言えば、この上司がまともに異性と話をしているなど見たことが無かった。あるのは業務連絡位か。
(まさか、一番ダメダメな所が、地雷になってしまったとは)
「レイシル師長。引っ込んでしまった彼女の意識を再浮上させるのは、貴方が責任を持って行って下さい」
カイルは深い溜息を吐いた。
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この回は、レイシル様のカッコイイ所を書くはずだったのに
最後にヘタレが出てしまいました。
次話は、シルヴァ様にお願いしましょう。
楽しんで頂けたら嬉しいです。