66. それぞれの役割
本日2話目です。
お間違えの無いように。
目を覚まさない。
あれから少し時間が経っている。シュゼットの頭を自分の膝に載せている。膝枕だ。
微かに上下する胸元に、息をしている様子が見えてホッとした。
熱は無い。額に手を載せて計る。熱くは無い。寧ろ少し低く感じる位だ。首筋に指を当てて、脈を診るが、そこもトクトクと規則正しいリズムを刻んでいる。
異常がある様子は見えないが・・・
「何が起きた? 眠っているのか?」
小さな声で、シュゼットに呼びかけるが、返事は無い。聞こえているようにも見えない。
閉じられた瞼はほんのピクッとも動かない。
『・・・』
何か聞こえた? ような気がした。
「シュゼット?」
聞き返しても返事は無い。思わずその口元に耳を寄せた。何か呟いたのかもしれないと。
「シルヴァ叔父上!」「シルヴァ殿!」
魔法術教室の扉が開いた。
「・・・シルヴァ叔父上。今、何をされていました?」
エーリックの目が鋭い。自分と、自分の膝に頭を載せているシュゼットを交互に見ている。
「何か呟いた様な気がしたのだ。他意は無い。お前が心配しているような事はしていない。安心しろ。今はな?」
エーリックを安心させたいのか、それとも挑発したいのか。エーリックの後ろにいたフェリックスは、何とも言い難い緊張感を感じた。
「シルヴァ殿、シュゼットはどんな状況ですか?」
二人の間に発生したピリついた糸を切るように、フェリックスはシュゼットに視線を向けて聞いた。
「息も、脈も問題ない。熱も無い。ただ、意識を消失している。身体にも力が判じられないから、完全に意識を失っているようだ」
確かにシュゼットの様子はそのように見える。
「眠っているのですか?」
エーリックが気を取り直し、いつもの調子になって尋ねる。
「いや。眠っているのとも違うような感じがする・・・」
シルヴァが少し身じろぎしたため、シュゼットの頭が少し動いた。彼女の髪がスルリとシルヴァの膝から一筋滑り落ちる。
「叔父上、替わりましょう。そろそろレイシル様がいらっしゃいますから。動ける方が宜しいでしょう?」
床に付きそうになったシュゼットの髪を掬い上げると、エーリックがシルヴァの傍に立った。普段のエーリックとは語気が違う感じがした。
「・・・大丈夫だ。レイシルが来たら彼女を静養室に運ぶ。それまでは問題無い」
見上げる叔父と、見下ろす甥。目線が交錯する。
こんな意志を感じる二人を見るのは初めてだと、フェリックスはじっと見ていた。
(やっぱり、この二人は・・・)
目を伏せて動かないシュゼットを見やる。改めてよく見た。
(随分変わったのだな・・・5年前とは全然違う)
白い貌と美しい金色の髪。彼女の持つ色は変わっていない。そして、その雰囲気も。彼等の知らない彼女の過去を知っているということに、少しだけ何とも言えない甘酸っぱい気持ち? を感じた。少しだが。
(イヤイヤ。でも、超絶悪印象しか持って貰えなかったんだ。全く自慢にならないが・・・)
エーリックが跪いてシュゼットの様子を見ている。その目には心配そうな色が見える。
触れたくても、触れられない。
エーリックのジレンマが手に取るように判った。
(彼は、本気なのか・・・)
チラリと伺い見るシルヴァの表情にも、同じような色を感じる。自分には鑑定の識別は無いが、これだけは確信をもって言える。
(シルヴァ殿とエーリック殿は、シュゼットに心を寄せている)
多分そう感じるのは、自分だけでは無いはずだ。普段本心を見せない二人だから、余計にそう感じられるのだろう。
(まさか、レイ叔父上もコレに加わるなど無いだろうな? マズいだろう。ややこしさが3倍になるぞ?)
ふと、フェリックスは自分はどうなんだと思ったが、直ぐに掻き消した。
自分には自分の役割があるのだと。
(彼女には、許しを得られれば良いのだ。コレに関わってはいけない)
双子王子達もシュゼットを囲むように床に座って、彼女をじっと見つめている。その顔からは、心配している表情しか見えない。
(全く。アイツらは猫か!?)
フェリックスは只一人、この場を冷静に見ていた。
「待たせた」
レイシルが部屋に駆けこんできた。水脈移動をしたと言っていたが、髪も服も濡れている処は一つも無い。副師長のカイルも一緒だ。
「それで? どうしてこうなった? シルヴァ殿、説明願おうか」
シュゼットの元に膝を付き、様子を伺うように目線をシルヴァに向けた。
「その前に、ずっとここで寝かせる訳にはいかない。静養室に移動する。話はそれからだ」
そう言ってシルヴァが、シュゼットの身体の下に手を通すとスクッと立ち上がった。しっかりと彼女を横抱きにしてしている。
思わずエーリックが眼を剥いた。しかし、シルヴァが軽々とシュゼットを横抱きにした様子に、伸ばし掛けた手を引っ込めた。その広い胸に身体を預ける彼女に無理がないことが見えたからだ。
レイシルには見えた。一瞬だがエーリックが悔しそうな、残念そうな、諦めたような顔をしたこと。そして、ぐっと手を握りしめたのを。
「・・・それもそうだ。判った静養室に移動しよう。カイル、そこの鑑定石を持って来てくれ。それから、パリスとカルンは帰りなさい。お前達に出来る事はもう無い。ご苦労だったな。お前達のお陰で、早く対応できる。感謝する」
レイシルが双子王子に言い聞かすように言うと、にっこり微笑んで二人の頭を軽く撫でた。双子達は残念そうな顔をしたが、素直に帰ることにしたようだ。確かに、子供二人に出来る事はもう無いのだ。
「それで、どうだったのだ?」
静養室に移動し、シュゼットの身体をベッドに横たえる。これだけ周りで話をしていても、全く目を覚ます様子は無かった。
椅子に腰を下ろしたのは、シルヴァ、レイシル、エーリック、フェリックスだ。カイルはレイシルの後ろに控えている。レイシルが視線をシルヴァに向けた。
「鑑定石を持って魔力の引き出しを始めた。光の魔力がどんなものか判らないので、私の魔力を触媒として僅かだが使った。そして、その直後に手の隙間から光の雫が零れ落ちた。まるで、水が滴り落ちるように。それを見て、すぐに彼女は気を失った」
たったそれだけだ。何が彼女に起きたのか・・・
「・・・何が影響したのか。魔力の引き出しをして倒れたり、意識を無くした者など聞いたことは無い。あの双子二人はどうだったのだ? 出来たのか?」
「出来なかった。しかし、まだ始めて一回目だ。変化は起きなかったが、そんなことは当たり前のことだ」
「つまり、シュゼット嬢は、貴方の力が触媒に使われたとしても、稀に見る魔力の反応が出たという事か。魔力の雫が滴り落ちるなど、見たことが無い。私が魔力の引き出しをした時にも、そんなことは起きなかった。貴方は?」
レイシルが、唇に指を当てている。考えている時の癖だ。
「私やエーリックにもそんなことは起きなかった。フェリックス殿、貴方はどうだった?」
「私の時にもそんなことは起きませんでした。聞いたこともありません」
「カイル、貴方は?」
レイシルが後ろに控えていたカイルに声を掛けた。仮にもレイシルに次ぐ高位魔法術士だ。
「いいえ。私自身にも、他から聞いたこともございません」
やはり。というようにレイシルが頷いた。
いつまでもこうしていてはいられない。目を覚まさないシュゼットをこのままには出来ない。
「彼女は、魔法科学省の医術院に入院させよう。自身の力で目覚めるのか、外部から目覚めさせるのか調べねば」
とにかくそうと決まれば準備をしなければならない。シルヴァが、現状と入院することになった説明にグリーンフィールド公爵家に行くことになった。
レイシルはシュゼットを連れて、医術院に馬車で向かう。さすがに意識の無い状態で魔力の不安定な彼女を、水脈移動で運ぶにはリスクがありすぎると判断したためだ。
カイルは医術院に受け入れの準備をさせるため、通信魔法で連絡をすると、乗って来ていた馬車を寝台型に変更するため出て行った。
フェリックスとエーリックは、何も出来ずにそこに座っていた。二人が出来た事とはシュゼットの心配と、大人たちの動きを邪魔せずにいる事だけだった。
自分達が無力な事に改めて気付いた。
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早く学院バザーまで進めたいのですが
もう少しお待ちくださいな。
良いトコ無しの大人達に、少し頑張ってもらいましょう。
楽しんで頂けたらうれしいです。