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65. 魔法の余波

間が空いてしまいました。


 魔法術の授業が始まって半分位経った頃だろうか。


 今日は座学の為、一般棟の円形教室で席に座っていた。高等部の魔法術の授業は、1年生から3年生までの識別者全員で受講する。その為、この教室には20名程の識別者がいる。今日の講師は、魔法科学省の副師長だ。



 廊下からバタバタという音がしたと思ったら、いきなり教室の扉が大きく開かれた。


「兄上!!」


「エーリック様!!」


 双子王子のパリス殿とカルン殿だ。

 シュゼットと一緒に魔法術の導入教育を受けているはずだが?


 二人は全速力で走って来たように髪が乱れ、肩で大きく息をしていた。尋常でない雰囲気に、名前を呼ばれた私とフェリックス殿が席を立った。



「「シュ、シュゼットお姉さまが!!」」




 二人の口から彼女の名前が漏れた。


「落ち着いて。何があったの?」


 私はパリス殿の傍によると、腰を落として彼の背を撫でた。少しでも落ち着くようにと。


「お、お姉様が! 魔力の引き出しを始めたら、いきなり気を失って倒れてしまったの!! め、目を覚まさないの! それで、ハート先生がエーリック様に来て欲しいって!!」


「兄上!! レイシル叔父上を呼んで下さいって!! 早く来てって、連絡して下さい!!」


 カルン殿が、フェリックス殿に縋るように言った。

 

「「お願い!! 早くしてっ!!」」


 二人が半泣きになって訴えている。様子を見ていた魔法術の講師が緊急事態を察したようだ。シュゼットが光の識別者という事が判っているからだろう。


「フェリックス殿下、レイシル師長には私が伝えましょう。それからエーリック殿下は、ハート教授の所にお急ぎください!」


 彼はそう言うと、杖で出入り口を()(しめ)した。


「判りました。パリス殿、案内して下さい」


「エーリック殿、私も行こう。カルン行くぞ」


 走る双子王子の後を、二人で追う。


 中等部の魔法術教室まで。









「・・・授業は中断します。でも、その前に皆さんにお見せしましょう。応用魔法です」


 魔法術の講師は教室の真ん中で、ドンっと杖で床を強く突いた。



 コポッ。


 水だ。大理石の床から小さな噴水のように水が吹き上がって来た。その水は小さな雫を巻き上げながら、人の頭ほどの球体になった。鏡の上に浮かぶ大きな水滴のようだ。


 講師はその水球の中に、自分の耳からピアスを外して放り込んだ。小さなピアスは、それ自体が生き物のように虹色の眩い光を放ちながら、水球の中を動き廻っている。


「このピアスは私の識別章です。ピアスに使われている石は純度の高い鑑定石で、私の情報を記憶させてあります。この水球とピアスを使ってレイシル師長をお呼びします」


 講師はそう言うと、再度床に杖を打ち鳴らした。床に広がる水がさざめき、水球を囲むように伸びあがったように見えた。




「レイシル師長!」


 彼の呼びかけに、水球の中で激しく動き回っていたピアスが、水球の中央でピタッと留まった。まるで、呼びかけに反応するようだった。


 一瞬、激しい光が瞬いた。








『・・・何用か? カイル・エドワルド』



 カイルと呼ばれた講師は、その場に跪くと()のする水球に向かって言った。水球は鑑定石の色に合わせて虹色に煌めいている。言葉に合わせて表面が細かく波打つのが見える。


「レイシル師長、魔法術の導入教育を受講していたシュゼット嬢が、魔力の引き出し中に倒れたと。ハート教授が師長にいらして頂きたいと申されています」





『・・・そうか。承知した。()()()()()を使う。彼女の所に行けるよう、案内を頼むぞ』


「判りました。礼拝堂の泉でお待ちします」






 そう言って立ち上がると、固唾を飲んで見守っていた生徒達を見渡した。


「今お見せしたのは、水の識別者による通信魔法術です。そして、これからレイシル師長が実演するのが、高等魔法の水脈間移動です。お見せすることはできませんけれど・・・申し訳ありませんが、今日の授業はここまでです」


 水球に手を突っ込み、ピアスを掴む。そして杖を今度は軽く床に打ち付けると、生き物のように宙に浮いていた水球はザンッ! と床に落ちた。落ちた拍子に大きくしぶきを上げるかと、誰もが目を瞑って顔を背けた-。



 しかし、飛沫の一粒も上がらなかった。


 床には何も無かった。さっきまで大理石の床に水面が広がっていた。靴を濡らすほどの深さで水が溜まっていたはずなのに。




「それでは皆さん、ごきげんよう」




 カイル・エドワルドがローブの裾を翻して教室から出て行った。


 急がないと。礼拝殿の泉までは随分距離があるのだ。












 魔法科学省には、膨大な図書を収めている資料棟がある。別名、()()()()()の最奥にレイシルはいた。

 シュゼットが光の識別者であったことから、久し振りに足を踏み入れたその区画は、重い扉に封じられていて、光の魔法術についての貴重な資料が保管されているはずだ。




(ここに来るのも久し振りだ。師匠が亡くなってから・・・来たことが無かった・・・)





 小部屋に入って厳重な造りの書棚のカギを開く。黒い大きな革張りの本を()()()で引き出した。本には鍵が付いていた。4ヵ所もある鍵に内容の重要さが判る。それなのに表紙には何も書かれていない。タイトルの無い本だった。




()()()()()・・・古代文字で書かれたこの本に、書いてあれば良いのだが・・・)



 貴重本の保管の為、窓も無い小さな小部屋の中で、レイシルはその本を机の上にそっと置いた。歴代の光の識別者の事が書かれているはずだ。他国への情報漏洩を恐れて古代文字で書かれている()()()


 ()()()というのは、この本は光の識別者が発現しないと開けない。正確には、この本を開く鍵は、光の識別者の魔法術鑑定をした()()()が必要だからだ。


 つまり、光の識別者の魔力を感じた鑑定石で、この4ヶ所の特殊な鍵を開ける。あの時使った鑑定石だけがこの本の鍵なのだ。



(さて、開けるかな・・・この()の事がガセネタだったら・・・師匠の墓石に落書きしてやるか?)


 今は亡き師匠に向かって随分物騒なことを言っているが、その目元は優しく細められていた。唇にもうっすらと笑みが浮かんでいるように見える。まるで懐かしさを噛み締める様な表情だ。


 鑑定石を出して、鍵穴に当てようとした時だった。




『レイシル師長!』



 微かな水音と共に、聞き慣れた声が小部屋に響いた。乾燥を防ぐために置かれている、小さな加湿用のガラスカップの水が虹色に光った。




(水の通信魔法か)




「・・・何用か? カイル・エドワルド」


 ガラスカップを手元に引き寄せた。この声は副師長のカイルだ。今日は王立学院の高等部の授業に行っているはずだ。


(何かあったか?)


 一瞬、シュゼットの魔力を感じた。手に持っている鑑定石が反応しているようだ。


(まさか?)





『レイシル師長、魔法術の導入教育を受講していたシュゼット嬢が、魔力の引き出し中に倒れたと。ハート教授が師長にいらして頂きたいと申されています』



 やはり、シュゼットだ。彼女に何かが起きたようだ。

 今まで、導入教育の魔力の引き出しで倒れる者などいなかった。ただの一人も。


 自分の知っている限りは。




「・・・そうか。承知した。()()()()()を使う。彼女の所に行けるよう、案内を頼むぞ」





 今なら最速で彼女の元に行けるはずだ。普段は使うことの無い高等魔法、水脈移動を使うことにした。


 レイシルは小部屋から出ると礼拝堂に急ぐ。

 国中の礼拝堂や神殿は、同じ水脈で繋がっている。レイシルが神官長を務める王宮神殿を拠点にし、この魔法技術省にある礼拝堂も繋がっている。


 正式には ≪禊の泉≫ 。毎朝レイシルが禊を行うあの泉が、水の魔法術の根源となっている。自らが禊を行う事で、水脈にはレイシルの魔法術が行き渡っているはずだ。それにシュゼットの魔力を識別した鑑定石もある。

 引き合い、呼び寄せる力は強いはずだ。






 ()()()瞬間に移動できるはず。





 そう考えて、ふと苦笑が漏れた。


(そんなコト-・・・)

 

 何かを振り払うように小さく頭を振った。





 魔法科学省の礼拝堂は、資料棟の隣の建物だ。走り込んできたレイシルの姿に、礼拝を行っていた祭祀の一人が慌てたように扉を開けた。


 祭壇裏の地下室に泉はある。1階の床部分が天井となり、明り取りが出来るように彫刻が施されて柔らかい日差しが差し込んでいる。そして、大天井のステンドグラスから漏れる色とりどりの色彩が、白い大理石の床にモザイク模様を映し出している。




 泉は滾々(こんこん)と湧き出ているようで、中央部がわずかに盛り上がり四方に円を描いて広がっていた。






「参る」




 レイシルは白い大理石に囲まれた縁に足を掛けると、水面に吸い込まれるように一歩踏み出した。 









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