61. 公爵軍vs王立軍・・・?
授業が終わった。
前方の席を見る。エーリックとセドリック、それにカテリーナが君の方に向いて何か話しかけている。いつもの放課後の始まりの風景。普段ならばセドリックの質問攻めがあるはずだが、今日は無いのか?
忘れていないよな? 今日、私は君の家に行くと言った。
君はそれを了承したはずだ。
少しだけ彼らと言葉を交わすと、君は席を立って会釈をした。
(ああ、帰るんだ。良かった・・・忘れていないようだ)
ほっとした。忘れられていないようだ。席を立って鞄を持った君を目で追っていた。出入り口の扉の前で、カテリーナに呼び止められると、笑顔で手を振ったのが見えた。そして、ちらっとほんの一瞬だが、
(あっ。目が合った?)
こちらを見た気がした。ほんの少し頷いたようにも見えたような・・・気がした。
今日、私が君を訪問することは、誰にも言ってない。この教室にその約束を知っている者は一人もいない。
はず。なのに、
振り返ったエーリックと目が合った。もしや、君の視線の先にいたのに気が付いたのか?
彼は一瞬だが驚いた様に眼を開いた。でもすぐにいつもの柔らかい表情になると、口の端を上げて微笑んだ。
『この前言ったこと・・・忘れるなよ』
確かにそう言っていた。
彼女から半時ほど遅れて学院を出る。いつも一緒に帰るオーランドは、学院バザーで行われる剣術大会に出るため練習をするという。彼は、クラス代表として大会に出るので意気込みが違う。優勝候補の筆頭でもある。
「グリーンフィールド公爵邸に向かってくれ」
馬車の中で何と言うか考える。とにかくこの機会を最大限に生かさなければならない。
「正直な気持ちを偽りなく伝える。それしかできないか・・・」
揺れる馬車の中で目を閉じる。落ち着かなければ。
「お嬢様、いよいよヤツを迎え撃ちますか?」
マリが腕まくりをしています。どんな迎撃をするつもりですか?
屋敷に帰ると、マシューが笑顔で迎えてくれました。勿論マリもですが、何とも言えない物騒な目つきをしていました。
『フェリックス第一王子様が、今日の放課後、屋敷にご訪問されます。準備をお願いします。』
その伝令を昼に出してありますので、お迎えの準備は万全でしょう。当家の一番いいサロンで、テーブルセッティングもバッチリ済んでいますわ。当家自慢のマカロンと、最近お気に入りのソルトナッツクッキーにチーズケーキ。完璧です。
お部屋で制服からワンピースに着替えている時に、先程のマリの言葉があったのです。確かにマリからしたら、聞かない、話さないの宣誓からのいきなりのターゲットのお宅訪問ですもの。
「マリ、今日彼が来るのは、5年前の謝罪がしたい。話を聞いてくれって言われたからなの」
今朝の事をざっと掻い摘んで報告しました。
「ええっ!? じゃあ、お嬢様はヤツをお許しになるのですか!?」
驚かれました。当たり前ですわ。昨日までと全然変わったのですもの。ええ。自覚はありますわ・・・
「・・・判んないの。今更何を言うの? って思いもあるし。でも、謝罪は本当に真摯な感じがしたから・・・あの時に言われた言葉が、私の思っていたのと違うような感じなのよね」
「違うとな?」
「そう。何か、ニュアンス? というか、意味合い?がね」
朝の彼の様子から、そんな印象を受けたのです。
マリは困ったように眉を寄せると、腕まくりをそっと元に戻してボタンを留めました。
「判りました。それが、お嬢様の本心であるならば。私の心はいつもお嬢様と一緒ですわ」
今日のマリは、≪ 令嬢と女従者、迎撃の午餐? ≫ だそうです。・・・ナニ、ソレ?
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールド嬢、今日は時間を頂き感謝する」
部屋に通し、椅子に座るよう促した途端のことです。しなやかな動きで近づいたと思ったら、いきなりそう言って、私の両手をしっかり握ってきました。
お茶を淹れようとしていたマシューが一瞬凍りついたように固まりました。ええ。フェリックス殿下の後ろに控えていたマリも、目を大きく開いています。ああ、口もですわ。
でも、さすがにマシューです。固まったのは本当に一瞬でしたもの。
それはそうです。マリもマシューも直接お会いすることは、今まで無かったでしょう。このキラキラしい銀髪緑目の方が5年来の宿敵、フェリックス殿下ですわ。
ちょっと? マリさん? 気のせいでなければ貴方、頬が少し赤いように見えますけど?
ああ。マリは美形男子にヨワカッタのでしたわ。
「急な申し出に済まなかった。でも、どうしても話を聞いて欲しかった。それに、あの時の詫びもしたかったのだ」
見たことの無いやんわり笑顔で見下ろされています。エーリック殿下より少し背が高いのかしら? 多分そうですわね? って、いつまで手を握っているのかしら? いい加減離して下さい!!
そう思ったタイミングで、マシューがお茶をサーブしてくれました。グッジョブですわ。
「フェリックス殿下、どうぞお掛けになって下さい。お話はそれからでも宜しいでしょう?」
この部屋には、私、マシュー、マリのグリーンフィールド公爵軍とフェリックス殿下と扉前に控える従者の王立軍。人数的にはこちらの方が有利ですけど。ホームですしね。
「シュゼット嬢・・・できれば、ここからは・・・二人だけで話をしたいのだ。許して貰えないだろうか?」
何ですって!? いきなり単騎で一騎打ちですか!?
どうしましょう。フェリックス殿下は、真剣? そうな目で私を見詰めています。答えあぐねていると、今度はマシューの方を見て、二人だけで話がしたいともう一度言いました。
困りますわね。お父様もお母様もまだ屋敷に、お戻りではありませんもの。二人だけにするにはちょっと問題ありですわね。無理でしょう? っと私はマシューの方を見て頷きました。
「畏まりました。フェリックス殿下、それでは、私達は部屋外にでますが、扉は少し開けさせて頂きます。それはご承知頂けますでしょうか?」
おーいっ!! マシューさん? そう言った意味で頷いた訳ではありませんですわよー!!逆!!逆ですわ!!
「承知している。未婚のご令嬢と、二人きりにして欲しいという無理な願いだ。判っている。それでいい」
なんだか、随分常識人? っぽいですけど。フェリックス殿下って普段からこうなの? イヤ、知りませんわ。まあ、確か、イザベラ様とドロシア様が随分改心したとおっしゃっていましたけど。
一人でグルグル考えている間に、マシューが深く礼をして出て行こうとしています。
えっ? やっぱり行っちゃうのね? マリも心配そうな顔で、振り返りつつ部屋を出て行きました。
マシューは言った通り、扉を少し開けてその前に後ろ向きで立っているようです。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・5年前は、酷い事を言った。君が傷つくなんて思わなかった。いや、傷付けようとして言ったわけでは無いんだ。本当に済まなかった」
フェリックス殿下は、私の目をしっかり見つめて言います。その目に蔑みや嘲笑の類は、感じられませんけど・・・
「・・・白パンダみたいだって言われました」
言葉にすると胸の奥がキリっと引っかかれたように痛みました。あの時の記憶がはっきりと蘇ります。
「ごめん。そう言った。白パンダみたいだと」
フェリックス殿下は少し眉根を寄せて、苦しそうな表情になりました。言われたのは私ですけど!?
ああ。もういいです。
聞かない、話さないではなく、逆に、言いたいことを言って、聞きたいことを聞いてしまいましょう。仕返しの方向転換ですわ!
それで、無礼だとか? 不敬だとか? 言われたとしても、話を聞いてくれと無理に訪問して来たのはあちらですし?
「フェリックス殿下。あの時、私の体形がパンダの様だったから、それを揶揄ったのですね? 太った女子には情けは不要と思ったのでしょう? 華やかなあの場所に、不似合いな姿を笑ったのでしょう?」
言っていると悲しくなってきました。あの時の気持ちが沸き上がってきます。目頭が熱くなったような気がします。
フェリックス殿下は、私の言った言葉を聞くと、その鮮やかなグリーントルマリンの瞳を思いっきり見開きました。
「違う!! そんなつもり、これっポッチも無かった!! そんな風に思ってなんかいなかった!!」
立ち上がって大きな声でそう言いました。その気配に、扉の向こうのマシューが振り向くのが見えましたが、私はそっと頭を振って制しました。
「・・・す、すまない」
見上げるフェリックス殿下の顔は、頬が赤く幾分興奮したように、眼のふちも赤くなっていました。私は、その権幕に少しだけ驚いて、少しだけ・・・
「驚かせて悪かった。でも、これだけは、はっきり言わせて欲しい。私は君の姿を揶揄ったり、貶めたりするつもりは本当に無かった。ただ、出た言葉が君に誤解をさせ、傷付けるなんてあの時の私は気が付かなかったんだ。本当に馬鹿だった。ガキだった。女の子の気持ちなんて全く考えられなかった」
その表情はとても辛そうに見えますけど。
「普通に聞けば、良い意味にとれる言葉では無かったのに・・・私の考えが足りなかった。本当に済まなかった。ごめん・・・」
力が抜けたように、椅子に静かに座ると目の前で頭を下げました。
普通に聞けばって、白パンダってその見た目以外に、何の意味がありますの? 白・パ・ン・ダ ですわよ? 一般的な白黒パンダじゃないのですわよ?
ええ!!聞きますとも!!
「・・・白パンダ・・・」
「えっ?」
フェリックス殿下が顔を上げました。
「フェリックス殿下にとって、白パンダってどんな意味ですの?」
さあ!! はっきり言ってみなさいな!!
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