60. 揺れる想い
レイシル様とシルヴァ様です。
「ここの調理人は相変わらず良い腕だ」
生徒が居なくなって、静かになった食堂ホール。レイシルとシルヴァが、少し遅めのランチを摂っている。
「魔法科学省にだって食堂はあるだろう。それよりお前は、ちゃんと食事をしているのか?」
ランチのカリーを食べながら、シルヴァが正面に座るレイシルを見た。日に当たることの無い白い貌に、年相応の生気が感じられない。が、不健康と言うより日陰の岩場に、ひっそりと咲く花のような感じがする。
はっきり言って、血や肉感が無い。薄くほっそりした身体。体温も低そうだ。
「うー・・ん? 食べているかと言われれば、昨日は食べてない? でもお茶を飲んだか?」
「死ぬぞ。それにそんなに食べていないのに、カリーなどと。刺激物は止めておけ。まずはこっちを飲んで胃を慣らせ」
自分の分のヨーグルトドリンクをレイシルの手元に置く。
「大丈夫だよ。でもコレは貰っておこう! 甘酸っぱくて美味しいから」
シルヴァからのドリンクグラスを受け取ると、嬉しそうに一口飲む。子供のような笑顔が眩しい。
人の事は言えた義理ではないが、レイシルは魔法術の研究姿勢や、議員の仕事に関しては物凄く無理をする。無理を無理と思わず追い込んで取り組む姿は、認めるところであるが大変危なっかしい。限度を知らない、子供の好奇心を満たす様な取り組み方をすることが多々あるからだ。
「無理せず食べろ。具合を悪くして苦しむのは自分だぞ」
「だいじょーぶ。まったく、どんだけ俺の事が好きなの? 心配症のオニーチャン?」
茶化す。照れ隠しなのだと判っているが。
「さっさと食べて、部屋に戻ろう。お前は話があって来たのだろう?」
ああっ!と、レイシルが思い出したように声を上げた。そうだった。と。それで来たんだったと。
食事を終えた二人が、シルヴァの研究室に戻って来た。レイシルがソファに胡坐をかいて寛いでいる。神官長様の振る舞いでは無いと思うが、ここには二人しかいない。シルヴァは大概甘いなと思いながら、お茶を淹れようと席を立った。
「貴方には、婚約者はいないの?」
唐突に何を言っているのか。以前聞かれた時にそう言ったと思ったが、ポットを持ったまま振り返った。
「いない。以前も言ったろう。もしかして本国で決まっているかもしれないが、今現在私の耳には入っていない」
「ふーん。エーリックは? 彼はどうなの? 彼も以前聞いた時は、いないって言ってたけど」
何が言いたいのだ。コポコポとカップに紅茶を注ぐと、レイシルの前に置く。
「何が言いたい? 何が聞きたいのだ? 遠回しの探りは止めろ」
シルヴァはレイシルが言いたいことの察しは付いている。しかし、敢えてそれを言わない。レイシルの方が切り札を持っているからだ。
「お願いがあるんだ。まずは、シュゼット・メレリア・グリーンフィールド嬢の魔法識別を正式発表をするまで伏せて欲しいということ。俺もまさかの事に、あの場で鑑定発表してしまったからな。知っているのはあの場にいた鑑定団以外の貴方と、ダリナスとコレールの数名。本人と家族には内密にする旨は伝えてあるが、それ以上には広めたくない。正式発表まではね」
「それは承知している。あの場にいたダリナスの人間には念を押しておこう。あくまでもこれは貴国の問題だ」
静かに言うシルヴァを、じっと見つめるグリーントルマリンの瞳。サワリと耳裏を撫でられるような感覚がした。
「鑑定を展開するのは止めろ」
シルヴァがレイシルの額をピシッと弾いた。
「・・・してた? 俺」
我に返ったような表情でレイシルが小さな声で呟いた。赤くなった額に手をやると、コシコシと指で擦っている。
「無意識か? 本当に無意識で術を展開しているのなら、相当疲れているはずだ。気を付けろ。本当に死ぬことになるぞ?」
「疲れているのかな・・・俺は?」
「知らん。ただ、お前ほどの術者が無意識に術が展開されるようなら、コントロールが効かないという事だろう? お前は識別が多いから、特に張られている気が人より多い。だから疲労も多いはずだ」
「・・・そうだな。確かにそうだ・・・気を付ける」
心配されたことが嬉しかったのか、胡坐を崩して姿勢を正すとシルヴァに笑顔を向けた。
「シルヴァ殿、コレールは正式にカテリーナ姫を、フェリックス第一王子の婚約者として発表したい。暗黙の了解として双方準備を進めていたが、正式に2ヵ月後の園遊会での発表を検討している」
「園遊会では、婚約者候補として5名が正式な発表をされる予定では無かったか?」
当初の予定ではそうだった。そして、その後に行われるデビュタントで婚約者候補は2年後の17歳になるまで、フェリックスと親交を深め己が資質を磨くのだ。そして、婚約者として王妃になる者が決まり、他の者は、望まれれば側妃として娶られる。
長くコレール王国に続く制度だった。レイシルの出自もその制度に沿ったものだと聞いていた。
「それは、ダリナスへの正式な申し入れか?」
「はい。多分明日にも陛下から貴国に使いが行くでしょう。我が国としても、ダリナスとの友好関係は強固にしたい。双方の目的は、王族の婚姻による正統なる密な関係の継続ですから。問題は無いかと思いますが?」
「それはダリナスとしても願うところだ。しかし、随分と急に進めたな? シュゼットの存在がそうさせたか?」
レイシルが敢えて言わなかったシュゼットについて、シルヴァが突っ込んだ。
「・・・」
一瞬、レイシルが口を閉じた。
「・・・そうです。カテリーナ姫とシュゼット嬢を天秤にかけました。次代の王妃はカテリーナ姫が相応しい。それは貴方も思うところでしょう?」
レイシルは、はっきりと天秤にかけたと言った。
「それから、婚約者候補の側妃制度の廃止をします。我が国は、カテリーナ姫のお立場と尊厳を守るため、正式な婚約発表と共に、この制度の廃止撤廃を宣言します」
その決定は、シュゼットの存在と立場を守ることにもなる。コレールとダリナスの不穏な火種になることを避ける目的だ。
「という訳で、シュゼット嬢を縛る彼女にとって不本意な鎖は無くなります。但し、公爵令嬢であり光の識別者という唯一無二の存在ですけど。でも、まあ誰にとっても等しく平等になりますね?」
そんなことがあるかと思うが、コイツの考えていることが手に取るように判った。
「そして、レイシルお前は、シュゼットに結婚の申し込みをするつもりか? 私やエーリックの婚約者を気にする辺り、そんなところではないか? お前に婚約者がいるなど聞いたことも無い。年回りも丁度良いし、王弟と言う高位の身分と魔法術士の最高権威。彼女に求婚するのに、何の不足も無いからな。違うか?」
「そっくりそのまま貴方に返すよ」
「シルヴァ殿。言ってて可笑しくならない? 俺の事はそっくり貴方のことだよね? 俺も貴方もよく似ているよね。身分、立場、環境、能力・・・。エーリックはまた少し違うけど、大雑把に考えれば同じようなモノだよね」
レイシルの言い方は若干自虐気味に聞こえた。
「儘ならないね。俺達には心も気持ちもあるのに、生涯の伴侶を選べないなんて。好きな女に好きだともいえない身分なんて邪魔なだけだ」
シルヴァはじっとレイシルを見詰める。この男から好きだ嫌いだなどという言葉を聞いたことが無かった。もしや、シュゼットに本気なのか?
「でもね、だからと言って、シュゼット嬢をみすみすダリナスに連れていかれるのは困るんだ。それは判ってくれるよね?」
レイシルは笑顔で牽制をするとシルヴァに釘を刺した。
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大人は面倒臭いですが、若者はもう少し
シンプルに動きましょう。
皆さんの推し熱量を感じつつ、
彼等が可愛がってもらえることに
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感想もいつも楽しく読ませて頂いております。
ありがとうございます。
さて、次話でいよいよフェリ君が公爵家に
行きます。
楽しんで頂けたら嬉しいです。




