55. 王弟は王に
54話について、王を【義兄】と表記しておりましたが、【兄】に文字修正を致しました。ご指摘いただきましだ読者様、ありがとうございました。
誤字脱字、使用違いの報告、ありがたく思います。
前話、後書でフェリックス君が登場と言いましたけど、すみません。書き切れませんでした・・・
このタイミングを逃すことはできない。未だかつて無い絶好のタイミングだと思う。
レイシルは、頭を下げて数秒待つ。王が自分からの申し出を聞かないということは無いはずだ。
「申してみよ」
跪いたまま、顔を上げる。
そして、冷静な声で伝えた。
「カテリーナ殿が婚約者であると、国内外に公式発表するのです」
それからもう一つ。
「この機会に、婚約者候補者による側妃制度の廃止をするのです」
想定していたのだろう。王の顔に驚きは無かった。
「お前がそれを言うのか」
側妃を母に持つお前が言うのか? という意味だ。
その母をずっと見ていた自分だから言えるのだ。
父親であった王は、ダリナス王国の姫を正妃として娶った。王にはすでにもう一人の妻がいて、正妃には現王の兄と二人の王女、第二王妃には第二王子と王女が一人いたが、第二王子は不運な落馬事故で早世してしまった。
第一王子である兄がただ一人の後継者になってしまったことで、保険の無くなった王室は、すでに正妃と第二王妃には子が望めないと判断した。それにより年齢が一番若く、伯爵令嬢で婚約者候補者だった母を第三王妃として乞うたのだ。
母は、長い間婚約者候補という制度に縛られていた。まだ幼さが残る年齢で、候補にされたのだから・・・
そして、第三王子として自分が生まれた。兄と16歳も年が離れていたのは、そういった経緯があったからだ。
母が自分をどう見ていたか。何を考えていたかは今となっては判らない。ただ、自分の顔は、王家の血統が色濃く出ている。髪も瞳も、誰が見てもコレール王家の血を継ぐ者だとはっきり判る。
悲しそうな目。寂しそうな瞳・・・自分を見る母から感じられたのは、それらの感情だった。
窓の外を眺め、遠くの風景を見ていた母。自分に多くの魔法術の識別があったことを知ると、かすかに微笑んで、もう大丈夫。と儚い笑みを浮かべ抱きしめてくれた。何が大丈夫だと思ったのだろう・・・
『これで、保険の第三王子と、無下に扱われることも無い』
そう思ったのだろう。優れた魔法術士になれば、国から粗雑に扱われることも、王位継承で火種になることも防げる・・・そう思ったのだろう。
そして、国の思惑に翻弄された母の精神は、少しづつ摩耗し擦り切れ、そして・・・
自分が鑑定式を受けた1年後に、事故で亡くなった。
バルコニーの手すりが、運悪く崩れて。
身を乗り出していたのが不運だった。
母は自ら空に跳んだのだ・・・
母の死後見つけた手紙の中に、最期の二日前に届いた手紙があった。
ある伯爵の死を伝える手紙だった。それ以外には何も書かれていない、ただの手紙だった。
しかしその手紙を手にした時に、母の気を強く感じたのだ。無意識に引きずられるように鑑定が展開した。
その亡くなった伯爵というのが、母が心に決めていた恋人だったのだ。母と伯爵は、婚約者候補の期限が何事も無く終了すれば、正式に婚約し結婚するはずだった。それなのに、期限を目の前にして父に引き裂かれたのだろう。
彼は失意のまま結婚せずに、病で亡くなったという。そして、心の拠り所を亡くした母は・・・彼の後を追った。
二人の悲しみが深く、それらを感じ取ってしまう己の能力が恨めしかった。
その後、手紙を燃やし、母の気持ちも自分の胸の中だけに収めた。
自殺ではなく、事故であった。
暗黙の了解の中、母の死はそっと伏せられた。
「陛下。いえ、兄上。私でなければ言えないでしょう。そして、側妃を持たない貴方であるから、ご決断が出来るかと」
王自身が制度を必要としない気持ちは、今も変わっていないはずだ。
なのに、息子のフェリックスには制度の適用を推したのだ。
「陛下。今、我が国に光の識別者が発現したのは、大きな変化の時なのです」
「それは判っておる」
「陛下は、ダリナスとの更なる友好関係の構築。そして、悪しき制度の撤廃をし、光の識別者の信頼を得て、最大限の効果を乞うべきです」
強い口調ではっきりと言う。王は判っているのだ。判っていて、自分に言わせようとしている。そうでなければ、この隠し部屋で話を始める訳はなかった。聞かれたくない者がいるのだろう。
「ダリナスから、正式な申し入れが来る前に手を打つべきか。光の識別者の公表もせねばなるまい。順を間違えてはならぬという事か・・・」
レイシルの肩に、王は大きな手を置いて立ち上がらせた。
「レイシル。お前の言いたいことは判った。ここから先は魔法科学省でも、王宮神官長の仕事でも無い。王に任せよ」
「御意」
王に、兄に試されているのかと思わぬでもない。自分がどう思って、何を考えているかを、確かめられているのかと思う。
それでも、思う通りに出来るのならば、使える力は上手く使う方がイイ。
王との密談を終え執務室に戻ると、すぐに気配を察した侍従が部屋に入って来た。
「陛下、カリノ財務大臣がお目通りをとのことです」
「・・・午後になると伝えろ。・・・この後、急いでグリーンフィールド外務大臣を呼んでくれ。但し、内密にな」
侍従が頷いて部屋を後にする。
「それでは、私も失礼します。一応、光の識別者発現については、他言無用と念押ししてありますが、発現に油断していたので、どこから漏れるか判りません」
もう一度、あの場にいた人間に念押ししておこう。レイシルはそう思った。
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重い話が続いたので、次こそは焦れラブなお話に
します!




