46. 鑑定式の終わりには
話なんて聞きません。
ヤツは茫然と立ち竦んでいるように見えます。そうでしょう。今まで王子である自分を拒む人なんていなかったのでしょうから。
でも、時間はあるか? と聞かれたので、無いと答えただけです。
「今日はお疲れ様でございました。パリス様とカルン様、来週の講義でお会いしましょうね? それでは、皆様、失礼致しますわ」
にっこり微笑み、軽く腰を落としてご挨拶します。ええ。ヤツの方は一切見ませんわ。でも、双子王子様には目を合わせて頷きます。本当に可愛らしいお二人です。真っ赤になってしまわれました。
挨拶も済みましたから、さっさとトンズラしましょう。早く帰って色々報告しなければなりませんもの。
「シュゼット! 待って!」
おおう? 後ろからエーリック殿下ですわ。
直ぐに追いつくと、彼は私と並んで歩き始めました。
「シュゼット。私が口出しすることでは無いのだけど・・・」
言いづらそうにエーリック殿下が、口を開きます。おっしゃりたいことは想像つきますね。
「シュゼット。フェリックス殿は、君に話があると言っていたよね? もしかしてだけど・・・君に謝りたかったのではないの?」
そう思いますわよね。エーリック殿下には、ヤツから酷い事をされたとしか言っていませんから。
「そうかもしれませんね。でも、時間があるかと言われたら、今日はもう疲れてしまったので・・・あの方とお話しするのは・・・」
少し、歩みを遅くして小さな声で答えました。察しの良いエーリック殿下ですから、皆まで言わなくても判って下さいました。
「まあ、確かに珍しい光の識別者だったし? いきなり魔法科学省に入省するだのって話もあったしね。でも、フェリックス殿は婚約者候補の話をして、暴走するレイシル様を止めて下さったのではないかな?」
「・・・」
エーリック殿下もそう思います? やはりそういう意図があったのでしょう。
「ねえ、シュゼット。これは私が口を挟めない事だから、一度しか言わないよ」
そう前置きして、彼はスルリと私の前に回り込みました。
「君はフェリックス殿と、話をした方が良いと思うよ」
目の前に立つエーリック殿下の紫色の瞳は、真剣な輝きで私をじっと見下ろしています。
「まあ、私としては君と彼が、仲違いしたままの方が都合が良いけどね?」
そう言うと、ふわっと微笑みました。何とも言えない優しそうな表情ですけど・・・
「忘れて無いよね? 私は君の事が好きなんだよ? 彼の婚約者になって欲しくない立場だからね?」
茶目っ気たっぷりにパチリと片目を瞑ると、そっと私の右手を取りました。
「さあ、もう戻ろう。セドリックが待っているよ」
エーリック殿下に手を取られて、私達は教室まで急いだのです。
「遅い!! 遅すぎです! 一体どんな話をしていたのですか!?」
教室に着いて扉を開けようとした瞬間です。向こうからいきなり扉が開きました。びっくりして、エーリック殿下と私は一瞬固まってしまいました。
そうです。セドリック様が仁王立ちで立っていました。足音で私達と判ったのでしょうか?
「エーリック殿下? それは?」
セドリック様が、冷たい声で指差します。はて?
「ああ。これ?」
エーリック殿下が私の右手と繫いだ手を前に持ち上げました。。
「てぃっ!!」
セドリック様が、いきなり手刀を当てて、繋いだ私達の手を離しました。
そして、フンッ!と鼻を鳴らすとエーリック殿下にこう言いました。
「まったく。油断も隙も無いのですから!」
ん? これさっき聞きましたよね?
とにかく、教室にはいつまでもいられませんから、エーリック殿下とセドリック様と馬車寄せ迄ご一緒します。因みにカテリーナ様には厳しい王太后様の門限がありますから、すでにお帰りになっています。もし、カテリーナ様がさっきのセドリック様をご覧になったら、また揶揄うことでしょうね。
すっかり遅くなって、薄暗くなった馬車寄せにはダリナス王国の馬車と、我が家の馬車、一番手前にコレール王室の馬車がいるだけです。まだ、ヤツは帰っていないのでしょうか? 早くしないとまた会ってしまいますわね。
我が家の馬車から、マリが直ぐに出てきました。私の顔を見るとホッとした表情になり、傍にいるエーリック殿下とセドリック様に気付いて腰を落として頭を下げます。
「それでは、エーリック殿下、セドリック様。今日はお付き合い頂き、ありがとうございました。それでは、また明日。ごきげんよう」
お二人に促されて、馬車に乗り込みます。
もう、今日は本当に、つ・か・れ・ま・し・た!
ガラガラと馬車は進む。
シュゼットを見送った後、エーリック殿下と共に馬車に揺られている。
目の前の殿下は、ずっと考え事をしているようだが、時折唇の端が微妙に上がる? 気のせいではないはず。
「殿下? 鑑定士団とのお話で何か良いことがありましたか?」
一応、探りを入れてみる。
気が付いた殿下が、片眉を上げてこちらを見た。
「ああ。良く判ったね? 聞きたい?」
もったいぶった言い方に多少はイラっとしないでもないが、こういう顔の時の殿下は結構素を見せてくれるのだ。
「お前に教えないということは、フェアじゃないからな」
「そうです。フェアじゃない? ということは、シュゼットに関わることですか?」
頷くエーリック殿下は、思い出すように目を瞑ったが、
『少し、話がしたいのだが、時間はあるだろうか? ありませんわ』
そう言った。
「はっ? 何ですか、ソレ?」
「フェリックス殿の意を決した問いかけに、シュゼットが間髪入れずに答えた」
なんと。仮にも自国の第一王子で、婚約者? になりそうな相手に対して?
「そう答えた後、直ぐに場を辞したから。フェリックス殿がどのようになったかは見ていない。まあ、私には見られたくない姿だろうから、シュゼットと一緒に出て来てしまったけどね」
それはそうだ。要は、自分の婚約者候補に断られたということだから。でも、そんなことをして彼女は大丈夫か?
心配顔が殿下にも判ったのだろう。
「大丈夫だと思うけどね。だって、今日は鑑定式で、彼女はグリーンフィールド公爵家初の魔法術士で、尚且つ貴重な100年振りの光の識別者だからな。色々あり過ぎでしょ? それに、レイシル様の暴走で魔法科学省に入省させられそうになったしね」
それは・・・大変だった。
えっ? レイシル様とは、あのフェリックス殿下そっくりの鑑定士団長?そう言えば、あの方は魔法科学省の議員だった。陛下の異母弟として王宮神殿の神官長も兼任されている方だ。
「そう言えば、シュゼットが言っていたけど、レイシル様から以前会ったことがあるって言われたと」
「・・・それ、不味くありませんか? 殿下にもちょっかい出す方ですよ? ややこしくなる気配がしますが」
そうなのだ。あのレイシル様は、貴重な識別を持つエーリック殿下が大のお気に入りのようで、事あるごとにちょっかいを出すのだ。術式の研究の手伝いとか、論文の検証とか、その他諸々口実を作って呼び出すし、来る。尤も、エーリック殿下も魔法術の研究の為に、コレールに留学に来たようなものだから断ることは無いが。
それに、シュゼットも加わるという事か・・・
・・・何で・・・
・・・・・・なんで・・・
・・・・・・・・・ナンで・・・
「ちょっ!? セドリック! お前、まさか泣いているのか?!」
どうして、私には魔力が無いんだ。
じわりと目の前が滲んで見えた。
ほんの少しでも魔力があれば、彼女と同じものが見えたかもしれないのに。
どこにいても、彼女を近くで守れたかもしれないのに・・・
「泣いてなどいません! 前髪が目に入っただけです!! ああ、うっとおしい!」
エーリック殿下は、じっと私の顔を見ていたが、ふっと溜息を漏らしていつもの笑顔になった。
「セドリック。お前、やっぱり前髪を切れ。切って、良く見えた方が得だぞ?」
「言われなくても、切るつもりです!!」
そうだ。彼女の姿も、顔も表情も、はっきり見えたほうが良いに決まっている!
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魔力の無い自分が悲しいセドリック君です。
ところで、別話の「妖精姫である私の婚約者は超ハイスペック・・・」
(※タイトル長すぎ)が完結しました。宜しければそちらも
お楽しみいただければと思います。
初投稿作品が完結って、感慨深いです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。




