45. 決めました!
「彼女は、私の婚約者候補ですから」
一瞬、部屋の中が凍りついたようになりました。私は思わずヤツの顔を見ました。いえ、そこにいた全員がヤツの方を見ました。
今、このタイミングでそれを言う意味は? 意味はナニ?
「へぇ? ああそう。最後の5人目って彼女なの? そうか、グリーンフィールド公爵家って、アノ公爵家か?」
レイシル様が、思い出されたように手を打ちました。アノ公爵家ってどんな公爵家のことですか?
「彼女は、婚約者候補として学院生活を過ごします。ですから、レイシル様のご希望の様には、ならない可能性があります」
ヤツがレイシル様に聞こえるように身を乗り出して言います。私の事を見ていません。いない者のようにスルーされている感じですわ。
「ふうん。でも、婚約者候補だろ? 候補なんだから選ばなければ良いワケだし。そもそも、候補ってナニ? そんなの無くしてしまえば良いのに」
レイシル様は、さらっと王室批判の様な事をおっしゃいました。婚約者候補がどんなものかは、この方のお母様ご自身が、存在を証明しているでしょうに。でも、この件についてはレイシル様に何も言い返せませんわ。私もその通り! と、思っていますもの。
「レイ叔父上。まあ、おっしゃることは判りますが、この場では何ともいえません。とにかく、シュゼット嬢を魔法科学省にどうこうという話は、今現在は出来ませんから。それだけはご理解ください」
あくまでも、冷静にヤツがレイシル様に言います。
まあ、そうですわね。でも今、叔父上と言ったということは、神官長や議員を相手に言ったのでは無いという事。あくまでも、お身内間のお話という事になったのでしょうね。
そして、もしかして、ヤツは私の事を魔法科学省に縛られないように、少なからずですが・・・庇ってくれたのかしら?
何だか、変な空気・・・
「レイシル様? とにかく、私としても今は驚きと戸惑いしかありません。来週の導入教育の授業までは、気持ちの整理をさせて下さいませ。その後、詳しい講義などについて伺っても宜しいですか?」
このまま、レイシル様のペースで話を伺っていると帰れなくなりそうです。もう放課後と言っても随分時間は経っていますもの。マリも待ちくたびれているはずです。
「判った。でも、君が光の識別者であることに変わりはないから、正式な識別登録の手順を踏む。それは理解して欲しい」
「承知致しました。よろしくお願いします」
とても真面目なお顔でおっしゃた様子は、そうです。鑑定士長の顔ですわ。
「とにかく、今日の鑑定式は大変な結果を得ることが出来た。32人中、パリス、カルン、シュゼットの3名の魔力が鑑定できた。そして貴重な鑑定、錬金、光の識別者を発現することが出来た。魔法科学省では、この三名の識別登録を正式に行い、今後の事は追って沙汰をする。それでは、本日の鑑定式はこれで終了とする」
レイシル様が立ち上がって私達を見廻しました。私達も一緒に立ち上がります。
はあぁぁ。疲れました。
レイシル様は、部屋をお出になる前に扉の前で振り返って、私を手招きしました。にっこりと微笑んだ顔は、確かに神官長様の慈悲深さを持っていますわ。何でしょう? と近くに寄ると、小さな声で囁かれました。
『君、随分変わったね?』
「はっ?」
『白パンダちゃんだろ?』
「!?」
この方、私の5年前を知ってらっしゃるのね!? 見ていたの?
『俺は、今の方がイイケド?』
そう言うと、扉の後ろにいる皆様に向かって軽く手を振られました。
多分、私は間抜けな表情でレイシル様を見送ったと思います。皆様には背を向けていたのが幸いですわ。
こんな変な顔、見せられませんもの!!
扉の前で固まっている私の肩を、エーリック様が遠慮がちに揺すられました。
「どうしたの? シュゼット。レイシル様に何か言われた? 大丈夫?」
いつもの顔で。そう自分に言い聞かせて、後ろにいるエーリック殿下を見ます。心配そうな紫色の瞳にぶつかりました。
「はい。大丈夫ですわ。以前お会いしたみたいで。そのことをおっしゃたのですわ」
何事も無かった様に、微笑みながら答えます。エーリック殿下は心配性ですからね。
「エーリック。私は、レイシルと一緒に魔法科学省に行く。シュゼットは、気を付けて帰れよ? それでは失礼する」
ハート先生が、そう言ってヤツ達にも声を掛けると、レイシル様を追って部屋を出て行かれました。出て行く時に、扉の前にいた私の頭を大きな手で優しくポンと。
まるで、小さな子供にするようではありませんこと?
『まったく。油断も隙も無い』
エーリック殿下がポソッとそう言うのが聞こえました・・・?
部屋に残されたのは、私、エーリック殿下、ヤツ、オーランド様に双子王子様。
そうだわ。ヤツの爆弾投下! まともな話もしたこと無いのに、よくあの場であんなことが言えましたのね! それが、例え魔法科学省への入省阻止が目的であっても!
チロリとヤツへ目線を上げようとし・・・
「「シュゼット嬢! 初めまして、パリスとカルンと申します。来週の講義はご一緒できますね!? よろしくお願いしますね!」」
おっと! パリス様とカルン様が、私の傍に駆け寄って来られました。キラキラした瞳で、私を見上げてきます。何でしょう。とっても可愛らしい!!
「ええ。パリス様とカルン様、こちらこそよろしくお願いしますわ。私の事は、シュゼットとお呼び下さいな?」
そう言うとお二人は、ぱあぁっと目を輝かせて、私に手を差し出します。ここは、可愛らしい子猫王子と握手でしょう。
「「いいえ! 高等部の先輩ですから、そのようには呼べません。良ければシュゼットお姉様と呼んでも宜しいですか? 天使の様な綺麗で素敵な方だと、貴方は中等部でとても有名なのです! これから仲良くして頂けますか?」」
この子猫ちゃん達、結構グイグイ来ますわ。イマドキの子供ですわね? 私と5歳違いとは思えない無邪気さですわ。
「おい。二人とも。シュゼット嬢が驚くだろう。少し、落ち着け」
オーランド様が、私から二人を引きはがすように、二人の襟首を引っ張ります。背の高いオーランド様に掛かれば、二人は本当に子猫のように扱われます。
「「でも!! 折角、こうしてお会いできたから!!」」
ジタバタと暴れていますけど、本当に子猫ちゃんです。
「お姉様か。 私もそう呼んでいい? シュゼットお姉様?」
何でしょう。エーリック殿下も悪乗りしていますわ。確かに、私の方が少し早く生まれていますけど!
扉前のスペースで、わちゃわちゃと話し込んでいると、ヤツが近づいて来ました。思わずビクッとしましたわ。
何よ? なんか文句あって?
「シュゼット嬢。少し話がしたいのだが・・・時間はあるだろうか?」
「ありませんわ」
瞬殺です。
天使170%の笑顔で答えました。本日最高値ですわ。
こんな、なあなあの流れで、話がしたいとは言わせません。第一聞きませんわ。
まさか、断られるとは思っていなかったのでしょう。ヤツのグリーントルマリンの目が大きく真ん丸になりました。何を言いたいのかは判りませんけど。聞きません。
そう。ヤツへの仕返し。今決めました。
それは、ヤツの話を聞かない。こと。
多分ですが、ヤツが5年前の事を万が一にも謝罪したいというなら、他に人がいる衆人環視の場所で謝ることは無いでしょう。
もし、そんなことをしたら、再度私の怒りを買うことは一目瞭然ですもの。それすらも判らなければ、どうしようもない阿呆という事でしょうね。
そして、そんな態度でいる私と、ぎくしゃくしたまま2年間を過ごす訳です。だって、直接の謝罪も受け取る気配の無い相手など、婚約者にしようなどと思わないでしょう? 普通ならば。(普通でなければコマリマスケド)
でも、忘れていない雰囲気はバリバリ出しますわよ! 執念深く怒っているのを、表面上は天使の皮を被って隠しながら!
ドロシア様達は、ヤツがあの時の事を反省しているようだと言っていましたが、本当かどうかは判りませんわ。だって、本人の気持ちを直接聞いているわけではないでしょうから。
ということで、ヤツからの謝罪の言葉は、聞・き・ま・せ・ん!!
ようやく、シュゼットとフェリックスの直接対話
と思ったら・・・
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