27. 馬車の中は秘密
シュゼットちゃんとシルヴァ様しか知らない
馬車の中の出来事です。
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ありがとうございます。
歌劇場からの帰り道。
身体の中心がぽうっと温かく、それに何だか足元がフワフワしています。馬車の揺れに合わせて、瞼が自然に落ちてきます・・・。
「大丈夫か?」
隣から、聞き慣れない声がします。誰でしたっけ?
「シュゼット? これを飲みなさい。冷たい水だ」
もう一度聞こえた声に、思わずお隣を見ました。ん? 黒い絹地の洋服に、紫色のサッシュ?
声は頭の上から降ってきます。顔を上げると心配そうに私を見詰める、シルヴァ様の瞳と目が合いました。
「せ・・・んせい? シルヴァ様?」
「さあ、これを飲みなさい。水だから、飲めば少しは楽になる」
私はシルヴァ様に寄り掛かっているようです。全く遠慮無しに脱力していました。少し身を起こして、冷たく冷えたガラス瓶を受け取ると、そっと瓶に唇を寄せました。
ですが上手く飲めません。馬車の細かな振動とフワフワして定まらない体幹のせいでしょうか。口から零れた雫が胸元にうっすらと染みを作りました。
「・・・貸しなさい」
ガラス瓶を持っていた指をやんわりと外されて、シルヴァ様はご自分で水を飲まれました。
白い喉元が、ごくりと上下してとても男性らしいです。こんな角度で男性のお顔を見上げたことがあるかしら? ・・・と、ぽわっと見惚れていました。
「ん、ンッ!???」
すると、シルヴァ様は、私の顎をその長い指先で支えて上向きにすると、キスを・・・・
キスをされました!!
正確には、口移しでお水を飲まされました!!
「飲めたか? では、もう少し飲みなさい」
そう言って、またガラス瓶から水を含んで、私にもう一度口移しで飲ませてくれました。
冷たい水が身体に流れ込んだけれど、頭がぼうっとするような熱で、これ以上は目が開けていられません。
「屋敷に着くまで眠っていなさい」
くったりと体中から力が抜けて、寄り掛かったシルヴァ様の身体が温かったのが、とても気持ち良かったのです・・・
歌劇の翌日、私は昨日の醜態をマシューから聞くことになりました。何と私は、誤ってお酒を口にしてしまい具合が悪くなって、結果シルヴァ様に馬車で送って貰ったそうです!
それに、眠っていた私を馬車からお部屋までお姫様抱きで運んで下さったとのこと!! いやー!!何てことをしてしまったのでしょう!!
「シルヴァ様が付いていながらお酒を飲ませてしまって申し訳なかったと。大変恐縮して、旦那様にもお詫びをして下さいました」
朝のお茶をサーブしてくれながら、マシューが教えてくれました。
「そう。お酒の事は私も判らなかったの。給仕が間違えてグラスを持って来て、たまたま選んだのが私だっただけなの。シルヴァ様は全然悪くないの。むしろ、観劇を途中に送って頂くなんて、ご迷惑をお掛けしてしまったわ」
馬車に乗り込んだまでは覚えていますけど、そこから先はうろ覚えです。
何だかとっても温かったような気がしますけど・・・。あと、冷たいお水を飲んだような? 飲ませて貰ったような? うーん。飲みましたよ、確かに。
でも、どうやって?・・・思い出すのは、何故かシルヴァ様のアップのお顔・・・黒い瞳に映る私の顔? そして、唇に記憶する柔らかな感触? うーん。どういうこと? はっきりしません。
「お嬢様、それでお身体は如何ですか? 大丈夫ですか?」
「大丈夫です。いつも通りよ。心配を掛けてごめんなさいね? あっ、そうだ、お父様は?」
昨日は結局お会いすることも出来ずに寝入ってしまったので、一応お父様にも昨夜のことを話しておきましょう。
「おお、シュゼット! 身体はもう大丈夫か?」
書斎に行くと、お父様が駆け寄って来られました。
「はい。ご心配をお掛けしましたわ。でも、もう大丈夫です。すっかり元通りです」
本当にいつも通りなので、安心させるようにその場でくるりとターンをして見せました。
「それで、シルヴァ様に、とてもご迷惑をお掛けしてしまったのですわ。後できちんとお詫びしないと。ところで、お父様は、シルヴァ様がダリナス王国の王弟殿下であることをご存じでしたのね?」
それは当然ご存じですわね。コレール王国の外務大臣だし、つい先日までダリナスに駐在していた大使ですもの。
シルヴァ様は、私より5歳年上の20歳だそうです。
テレジア学院で開校以来の天才で飛び級して卒業し、国立大学院でも最短で博士号を取得された稀有なお方です。ただ、ご本人は魔法術を研究したいと、魔法術の先進国であるコレールに2年前に教授として赴任してきたそうです。
「そうですか。優秀なお方ですのね? そんな方に重ね重ね失礼を働いてしまいましたわ」
不可抗力とはいえ、お酒の力って怖いです。これからは十分注意をしなければ。
「シルヴァ様には、私からもお詫びをさせて頂いた。私がお前をエスコート出来なくなったのが原因だからな。とにかく、済まなかった」
お父様が、私の頭を優しく撫でながら謝って下さいます。
「それで・・・お前はフェリックス殿下にお会いしたのか?」
「いいえ。開演前も休憩時間にもお会いしていません。もっとも、休憩時間は途中で帰ってしまったので。天覧席に来られたのは、何となく知っていますけど」
「そうか。まあ、昨日は仕方が無い」
「・・・・昨日は?」
「実は、婚約者候補が5人揃ったところで、顔合わせのガーデンパーティーを行うことになった」
「・・・社交界デビュー前なのに?」
「前なのにだ」
「表向きは、離宮の庭園改装記念パーティーだ。1年掛で造園していた庭がようやく完成したから、それを兼ねて行うことになった」
全く、面倒な事ですが、ガーデンパーティーは2ヶ月後に行うらしいです。その時に正式に発表とな。候補を5人発表してどうするのかしら? そっとしておけばいいのに!! 競えってか!?
お父様に抗議しても仕方ありませんから、ここは黙っておきましょう。でもね。
「お父様、私はやっぱりフェリックス殿下の婚約者にはなりたくありません。ですから、ならないように頑張ります!!」
宣言させて頂きました!!
自室に戻って来ると、マリが王立学院の制服にブラシを掛けていました。
「おかえりなさいませ、お嬢様。旦那様とのお話は終わりまして?」
ブラシを掛け終わったグレーの制服をハンガーラックに下げてくると、マリはお茶の準備をしてくれます。
「ええ。お父様のお話はね。ああ、お手入れありがとう。明日からはこれを着るのね。テレジアより何だか装飾的ね?」
グレーの制服は、襟が大きく紺色のパイピングがされています。袖は白のダブルカフスでカフスボタンも紺色。それに、上着にペプラムが付いていて共布のベルトで締めるようになっています。スカート部分は細かいプリーツで、裾にも紺色のパイピングがされていますわ。
機能性重視で、平民も通っていたテレジア学院とは随分違います。やはり学生が貴族だけなので、その影響でしょうか。
「それに、このリボンが付きますわ。お嬢様は白のクラスなので白いリボンですわ」
そう言ってマリは、胸元にふんわり結ぶようになっているリボンを制服に当てて見せてくれた。
「いよいよ、明日から学院ね」
「お嬢様、お身体は大丈夫ですか? 昨日、お姫様抱っこで運ばれてきたときはびっくりしました」
おおう! マリにも見られていましたか。大丈夫ですよ?すっかり大丈夫ですよ?でも、聞きたい所はそこじゃありませんよね?
「あの方は、ダリナスの王弟殿下、シルヴァ様です。でも、それは内緒よ。表向きは王立学院のハート先生なの」
マリがポンと手を打ちました。
「そうでした! どこかで見たことあると思ったのですが、そうですね、あの案内をして下さった先生でした! 随分恰好良くなっていて判りませんでした!」
うんうん。と頷いてお茶をテーブルにセットしてくれます。
「まあ、学院生活もこれからだけど、色々何か起こりそうよね。でも、それよりもマリ」
「はい。何でしょう? 」
「2ヶ月後に、王室主催のガーデンパーティーがあるわ。婚約者候補のお披露目会ですって」
マリの顔が一瞬にして強張ります。眉間に皺が寄って、駄目よ、ブスくなっていますわよ! お止めなさい!
「・・・判りました。その時が本番の天使降臨ですね!? 腕が鳴りますわ! お嬢様!お覚悟なさいませ!!」
マリ、覚悟するのは私ですか? ちょっと違いませんか?
「シュゼットお嬢様、来客の先ぶれが来ておりますが」
マシューが銀盆にメッセージを載せて部屋に入ってきました。
「先ぶれ? どなたでしょう?」
マリと顔を見合わせて、メッセージを手に取りました。
「あらっ? エーリック殿下から? これからいらっしゃるの? どうしたのかしら」
昨夜会って、少しだけ話をしたのは覚えています。途中から、セドリック様が来たような・・・?その辺から記憶が曖昧です。
(何か、やらかしてしまったかしら? 聞くのが怖いのですけど・・・)
馬車の中って密室です。
すっごくイカガワシイ感じがしませんか?
普通はしないことをさせちゃう空間というか。
私はこのシチュが大好きなので、どこかの話にも
似たようなことが書かれていました。
いかんです。もっと想像力働かせないと。
1人で、シュゼットちゃんを訪ねてくるエーリック君は
何を考えているのでしょうか?