ライバルは突然に
ご無沙汰してしまいました。
セドリック視点のお話です。
『帰って来ましたの』
たったそれだけの挨拶状だった。
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見覚えのある家紋で封蝋された淡い水色の手紙が届いた。それは半年前まで在学していた母国のクラスメイトからだった。
「よし! ようやく帰って来たか! これでまた試験勉強に張り合いが出るな」
僕は手紙を握り締めるとガッツポーズをした。
手紙の主は、この国の公爵令嬢からだ。名前をシュゼット・メレリア・グリーンフィールドと言って、隣国であるコレールから我が母国ダリナスに駐在していた外交大使の令嬢だ。
彼女は優秀な学生だった。転入してすぐの試験でいきなり高得点を叩き出し成績上位者となった。
「なっ!? 何で僕が3位!? 今回の試験の出来は悪くなかったはずだ! 何が起こったんだ!?」
「セドったら落ち着きなさいよ。あら? セドは3位なのね。珍しいわね」
発表された試験の結果は、廊下の先にある学年の共有ホールに掲示される。先日行われた試験結果を見る為、たくさんの学生達が集まっていたのだ。
「へえ。見掛けない名前が載っているね?」
「転入生でしょ? 凄いのねぇ、転入して直ぐの試験で2位につけるなんて。そう思わなくて? ねえ、エーリック」
僕を挟んで両隣から声がした。右にカテリーナ王女と左にエーリック殿下だ。このお二人は学院に入る前から親しくさせて頂いている。
「セド、お前 『今回の試験は殿下より良いはずですから!』 とか言っていなかったか?」
くるりと視線を寄こしたエーリック殿下は、明らかに面白がっている。何故なら黒い瞳が黒水晶みたいにキラキラしているからだ。普段は冷静で温和な雰囲気なのに、興味がある事や珍しいことには目の表情が変わる。こういう時の殿下はちょっと厄介だが、そんなキラキラした目で見ないで欲しい!
「うっ」
「そうね。確かにセドはそう言っていたわね。今回はエーリックより点数は上だって。でも……違ったわね。やっぱり1位がエーリックだったじゃないの」
言葉に詰まった僕に、更にカテリーナ様が追い打ちをかける。今回もエーリック殿下に負けた! これで2回連続でだ。
「まあまあ。それより、彼女凄いね。まだ学院に来てから7日位でしょ? 確かコレールから来た公爵令嬢だったよね? 優秀な令嬢なんだね」
エーリック殿下が感心した様に言ったけど、確かに言われる通りだ。
学院のクラス分けは成績順に決まっているが、彼女は一番成績の良いSクラスに転入してきた。学院は2ヵ月に1度行われる模擬試験の結果でクラスが変わる。
つまり、成績の出来不出来によってSからA、B、C、Dと在籍クラスが変わり、追試クラスのDになったら1学年度に6カ月間の在籍期間が決定した時点で留年になってしまう。
因みに僕、エーリック殿下、カテリーナ様もSクラスだ。入学してからずっと同じSクラスをキープしている。
「へえ。彼女、7教科中5教科がセドより良いのね? まあ、歴史学は他国の方なら仕方ないわね」
「本当だ。現代語と美術、音楽は彼女の方が私より上だ。凄いな」
「っくっぅうう! でも! 歴史学と数学は僕が1番です!」
「ええそうね。それ以外はエーリックと彼女の方が上ね」
「くうううっ!……はい……」
ざわざわと賑やかなホールで、僕達3人がそんな話をしていた時だった。
「それで試験結果ですが、このように結果は掲示されます」
「まあ!」
辺りのざわつきが一瞬シンっとなった。
女の子の小さな驚きの声が聞こえた。思わず皆の視線が一斉に声のした方に注がれたのが判った。
そこにいたのは……、担任の先生に連れられたあの、転入生だった。
眩く光るフワフワの金色の髪に、海の色みたいな碧い瞳の女の子だ。
「君達も来ていたのですか」
僕達に気付いた先生が、彼女を連れて近寄って来た。
「ええ。この前の試験結果を確認しに来ました」
「先生、御機嫌よう。ついさっき来たところですわ」
エーリック殿下とカテリーナ様が答えるのを聞きながら、僕の視線は先生の隣にいる彼女に向いていた。
彼女の視線は僕達を素通りし、試験結果の貼られた掲示板を見ていた。
珍しい。
そう思った。彼女は目の前にいるエーリック殿下とカテリーナ様に目もくれていない。普通の女の子だったら、まずはエーリック殿下に目を奪われる。
ダリナス王家特有の黒髪黒目の綺麗な王子なんだから。誰もが目を奪われる人形の様に綺麗な顔立ちと、その柔和な表情や優雅な身のこなしはさすがは一国の王子殿下だと思う。勿論カテリーナ様だってよく似た美貌のお姫様だけド……如何せんその性格が……強烈なのは一言でも言葉を交わせば判る。多分だけど……残念だけど。
そんな目立つ二人に全く目を向けず、彼女はじっと順位表を見上げていた。
そして、自分の名前を確認できたのか右手をお腹の辺りでグッと握り締めた。まるで『よしっ!』 とでも呟くように唇が動くと、同時ににんまりと唇の端を上げた。
それは、僕が女の子に初めて見る表情だった。どういう意味だ? アノ表情は?
僕がそう感じたと同時に、彼女の瞳とバッチと視線が合った。
『ゲッ』
気のせいかもしれないけど、唇がそう動いた様な気がした。ん? まさか?
「先生。彼女、転入生ですよね? 私達に紹介して下さいませんか?」
エーリック殿下がにこやかにそう言った。
クラスでは紹介されたけど、直ぐに試験が始まったから中々話も出来ない環境だった。その為、彼女とは全く話が出来なかったので、クラスメイトは遠巻きに様子を伺うしか出来なかったんだ。さすがに隣国の公爵令嬢だしね。誰が彼女に最初に声を掛けるか、皆が牽制をしていたらしいと知ったのは随分後のことだった。
先生に紹介を受けて、エーリック殿下とカテリーナ様が挨拶を交わしている。彼女もさっきの変な表情なんか感じさせないにこやかさで自己紹介をしている。
うーん?
「同じクラスの、セドリック・シン・マラカイトだ。転入して最初の試験で総合2位にになるなんて、君は凄く優秀なんだね? でも残念ながら歴史学は僕には敵わなかったようだけど、まあそれは君がまだこの国に来て間もないから致し方ないだろう。もし君が、どうしても望むのならば僕が教えてやっても良いが……とにかく次回の試験では僕は君には負けないからな。君も一生懸命勉学に励みたまえ。えっと、シュ、シュ?―ーー」
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールドですわ。セドリック様?」
「そ、そうだ。とにかく何か判らない事があったら僕達、僕に何でも聞き給え! いいか? シュゼット・メレリア・グリーンフィールド」
「……はい……?」
「セドリック……お前、何て言い方を……」
「セドったら、何でそんなに上から目線なのかしら」
目をぱちくりとしている彼女。僕を残念なモノを見るみたいな目で見ているエーリック殿下。そして両手を広げて肩を竦め、お姉さんみたいな口振りのカテリーナ様が僕を囲んでいる。
へっ? そんなに変な事言った?
「うふふ。セドリック様って楽しそうな方ですのね? もし宜しければ歴史学は一緒に勉強して下さると嬉しいですわ。それに、まだまだ学院には馴れていませんので、お友達になって頂けると嬉しいです。まだダリナスに来てから友人と呼べる方がいませんの」
「ん、まあ! そうなの? でしたら私達とお友達になりましょ? ねえ、シュゼットと呼んで宜しいかしら? 私が貴方の一番最初のお友達になるわ!」
「ええ、シュゼットとお呼び下さいませ。カテリーナ様」
「カテリーナだけじゃなく私とも友達になって欲しいな。いいかな?」
「まあ、勿論ですわ。こちらこそよろしくお願いしますね、えっと、エーリック王子殿下」
「ああ、エーリックで良いよ。私もシュゼットと呼ばせてもらうから」
「あの、さすがにそれは……。それではエーリック殿下と呼ばせて頂きますね」
「じゃあ、シュゼットこれから昼食にご一緒しましょ? 先生、宜しいですわね?」
さくさくと話が進んでカテリーナ様がランチに誘っている。気が付けばカテリーナ様が彼女と手を繋いでいる。少し困ったみたいに顔を赤らめながら、僕の方をチラチラ見ているけど何か言いたいのか? どうしたいんだろう。
ああ、そうか!?
「仕方ないな。さあ手を貸したまえ! 食堂は向こうだぞ」」
まったく世話が焼ける転入生だ。僕はカテリーナ様が握っている反対側の手を掴んだ。
「えっ!?」
「なっ!?セド?」
「あっ。おい!」
もう。さっさと食堂に行かなければ、シェフのお薦めランチが終わってしまうではないか。僕は彼女の手を引きながらエーリック殿下とカテリーナ様を振り返った。
「シュゼット・メレリア・グリーンフィールド! 僕が食堂に案内してやろう。さあ、殿下達も早く行きましょう!」
あれが彼女と言葉を交わした最初の時だった。
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あれから5年近く経った。
待っていた。本当に待っていた。近い内に母国であるコレールに帰国するとは聞いていたが、ようやく帰って来た。
よし! 彼女と離れている期間に僕がどれだけ精進し、いかに洗練された紳士になったか見せてやらねば。そして磨かれたセンスもだな。
「初めて訪れる公爵家本邸だ。ここはやはり気の利いた手土産を持って行かなければ」
何にするか? これこそがセンスの見せ所だ。そう言えばクラスの女子達が新しいキャンディーショップが人気だと騒いでいた。確かイチゴ味のキャラメルが一番人気だと言っていたような。
よし。多分彼女も帰国したばかりで知らないだろう。ここは一つ女子学生の流行も教えてやらなければ。
「我がライバルよ! 明日は待っていたまえ!」
そして翌日、僕とエーリック殿下は……。
女性だらけのキャンディーショップで自爆することになった。
ブックマーク、誤字脱字報告、感想も
いつもありがとうございます。
久し振りに更新した番外編ですが、
セドリック視点のお話です。
初めてセドがシュゼットに会った
時のお話です。
楽しんで頂けたら嬉しいです。




