104. 移動魔法は役得
魔法科学省の礼拝堂。医術院とは正反対にあるそこは、白くて重厚な感じの建物です。さすが、王宮神殿の神官長様が兼務しているだけの事はありますね。
「さあ、ここの地下にある泉から移動するよ。ポイントは二つだけ。俺に良く掴まっている事と、学院の礼拝堂に行きたいと願い、思い浮かべる事」
「でも、私は礼拝堂に行ったことが無いのですけど?」
ポイントの内一つは難しいですわ。
「大丈夫。君はパイプオルガンの映像も見たのだろう? それを思い浮かべて。それから、途中で俺から離れるな? 途中にある泉に落ちる可能性があるから」
そう言うと、礼拝堂の階段をスタスタと降りて行きます。地下と言っても随分明るいですわ。
「よし、それではシュゼットは俺に掴まれ。何度も言うが、絶対離れるな? カイル、シルヴァ殿とエーリックを頼んだぞ」
聖なる泉は白い大理石で囲まれています。そして、静かに湧き出ているのか、中央が僅かにぷくりと盛り上がっては丸い波紋を広げて水面を揺らしていました。
「水。ですわね?」
湧き水ですよね。冷たそうですけど……大丈夫でしょうか?
「それじゃあ先に行く。シュゼット、俺の首に腕を廻せ。しっかり掴まってくれ。入る瞬間だけ、息を止めれば後は普通でいられる」
レイシル様とまるで抱き合うような格好になって、思わず恥ずかしさに腰が引けました。けど、
「途中で落とされたいの? 俺、力が無いから自力でも掴まってて欲しいんだけど?」
マジか。
やっぱり見た目に違わず筋力は無いのですね。魔法移動で落とされるなんて、シャレになりません。私は遠慮しつつも腕に力を入れました。
「そう。その方が良いね」
クスリとレイシル様は笑って、片手で私の腰を支えます。
「レイシル様。まったく、貴方も油断も隙も無い」
呆れたような表情のエーリック様が、レイシル様の首に回した私の腕を外して、普通に手を繋がせました。
「これで良いよ。じゃあ、シュゼットは先に行って? 私達も直ぐに後から行くから」
レイシル様のブーイングが聞こえましたけど、これで十分なら問題ありません。
「……シュゼット。じゃあ、行くよ」
泉の縁にレイシル様と手を繋いで立ちます。どこから出したのか、レイシル様が金色の不思議な鈴の音がする杖を出しました。
コンコンと縁を数回突いて、小さく何かを呟きます。
「ああ、やっぱりこっちの方が良い」
ふいに手を引かれてレイシル様に抱き締められると、爪先が縁から離れました。
(ひえぇえっ⁉)
「息を止めて」
レイシル様がそう言って、泉の中に一歩足を踏み出しました。
目の前に広がる不思議な光景。
泉の中にとっぷんと落ちたのに、水に濡れた感じがしないのです。寧ろ、肌の上を滑る水がとても滑らかで、水であって水でない。不思議な感触なのです。
『もう息をしても大丈夫』
しっかりとレイシル様に抱き締められる格好で、泉の水流に身を任せています。結構な速度だと思いますけど。
『君には初めての水魔法の移動だから、すこし速度を落としてある。周りが見えるだろう? この先が王宮神殿の泉があるところだ」
恐る恐る小さく息を吸ってみます。本当です。陸上と同じように呼吸が出来ます。
そうしていると天井が明るくなって、光がキラキラと降り注いでいる場所が見えました。
『あそこが、王宮神殿の泉? 光が降り注いでいますわ』
私に合わせて速度を緩めて下さっている? 速いと思っていましたけど、これでも遅い方なのですね。
『もう少しだから。逆走なら位置的に速いんだけど、慣れない君達だと目が廻るから水流に沿って移動しているんだ。それでも、フェリックス達より早く到着できる』
『ええっ? フェリックス殿下や、ロイ様より先に着いて良いのですか?』
必死に探している二人より先に着いて、良い物なんでしょうか?
はてとレイシル様の顔を見上げます。
レイシル様は、一瞬言葉を飲み込んだ。というより、選んだ様な感じで口を噤みました。
そして、
『シュゼット。君に頼みがある。
彼等より先にローナを見つけ出して欲しい。
このまま、ロイとフェリックスが見つければ、彼女は不敬罪で拘束される。仮にも王子の命で自宅謹慎になっていたのを破ってしまったしな。
これ以上彼女を追い詰めても良い事は無い。君に対しての悪意も、君が光の識別者であることは伏せられていたし、彼女にとってはクラスメイトに対するモノだった。実際のところ、結界に弾かれて実害は無い。
それに、セドリック殿の怪我についても、彼の善意に因るところが大きく、彼女が直接何か起こした訳では無いからな』
その顔はとても真剣で、思いつめた様にも見えます。
『どうしてレイシル様は、そこまでローナ様の事を心配しているのですか?』
ドライに切り捨てそうなレイシル様なのに、その瞳は憂いに沈んで見えました。
『忌まわしい制度があったが故に、引き起こされた。これ以上苦しみを負う者を出したく無い。それだけだ』
その声は、私の知らない重さを持って聞こえました。
『そろそろ着くな。シュゼット、浮上するときは息を止めてくれ。溺れないでくれよ?』
さっきまでの真面目な様子から、少し戯けた口調でそう言うと、レイシル様は光の差し込む天井を目指して顔を上げました。
ザンッ‼
そこは、初めて見た場所でした。入った時と同じような大理石の四角い囲い。レイシル様が私を持ち上げるように、泉の外へ押し上げました。
「濡れていません……わ」
泉の縁から一歩床に足を踏み出し、くるりと回ってみます。髪もドレスも全然濡れていません!
「これが、上級の移動魔法。君に水の魔法術があれば一人でも移動できる。まあ、出来なくても俺が一緒なら大丈夫だけどね」
最後の方はもう、面倒ですからスルー。でも、水魔法って、上級魔法って凄いのですね。いつか、私も使える様になるのでしょうか。
「さ、ローナ嬢を探そう。パイプオルガンは、壁一面に設置されている。高さは1階から3階位だ。彼女を刺激しない様に見つけよう」
地下から1階に上る階段を、二人で静かに進みます。頭に浮かんだローナ様は、金属管の間に座り込んでいました。
「素直に出て来てくれれば良いのですけど……ダメなら、私のやり方でやらせて頂きますわ」
意を決して、一階への扉を開けます。
私の言葉に、レイシル様が驚いた様に振り返りました。
皆様。お忘れでは無いですわね?
私は、自称悪役令嬢です。そして、ローナ様は私の上を行く悪役っぷりでしたでしょう?
「ローナ様には、諸々色々吐き出して貰いましょう。無理やり詰め込んだモノで、身体も心も重くなっているのかも。ですからね?」
さあ! 行きますわよ!!
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レイシルと一緒に移動です。
可哀そうな彼に、少し役得をあげました。
次話シュゼットvsローナになるのか、ならないのか。
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