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少し日を遡る。
雨が降った午前中
薬草摘みや洗濯が出来ない日は、みんなで勉強会をするのが日常となっていた。
この2年近くでマイクと私はだいぶ仲良くなった。
最初は、年齢差のせいか距離があったマイクだったが、
私とユーガが、兄の勉強に興味を示し、
色々と聞いたりしていくと、
得意になって、先生役を買って出てくれることさえあった。
「計算が、出来ないんだよ………」
マイクが愚痴ってきた。
教会で習っている勉強も、そろそろ大詰め、
10歳になった兄は、奉公先を決める時期に近づいてきた。
読み書き、計算が出来れば冒険者でなく、
商人に住み込みで雇ってもらえる。
マイクの手元には宿題として出された岩板があった。
岩板は引っ掻いて使う蝋を塗った板
表面をこすると、何度でも書けるものだった。
「えっと、3桁を3回足すんだよね。前にやったひっ算じゃダメ??」
私が算数が得意な事は、すでにマイクも知っている。
昼間、家にいて、やることがないから、
算数を勉強している。って言ったら納得してくれた。
素直な10歳児。
ついでに九九も覚えさせた。
「あのやり方、場所を取るからダメだ。って言われた。
仕事すると、大事な紙を使うから、あんな無駄はダメなんだってさ」
それは、ただの嫌がらせだよ………
「う~ん、じゃリンデンとやった遊びをやってみる??」
ベッドの奥にあるドングリを持ってきた。
ドングリは5個ずつ紐に繋がっているのを何本か用意した。
「あれ??この間、拾ってきたドングリだね。
リンデンと一緒に遊んでたヤツだ!
それで、計算なんて出来るの?」
横でリンデンと遊んでくれていたユーガもやってきた。
「リンデン、アーチャと勉強しているんだよ。足し算だって出来るんだから!!」
思いっきり胸を張って、リンデンが加わった。
私の事をアーチャと呼んでくれるのはリンデンだけ
本当にかわいい!!
手製で作ったソロバンもどき
穴をあけたドングリを紐に通した簡単なものだ。
「見てて!!」
リンデンが、ドングリを上に1個、下に4個にして間を枝を置いた。
「3+3」と言いながら、
最初に下のドングリを3つ枝に近づける。
その後上の1個を下ろし、下のドングリを2つ下におろした。
「6!!」
二人の兄は「??」
うん、わかんないよね。
「リンデル、じゃ、お兄ちゃんに問題出してもらおうか??
マイク兄さん、2桁の足し算を、出してあげて」
「えっ、じゃ15+12」
「はーい」
右から2目のドングリの下の段を1つ上にあげ、
右側の上のを下におろす
そこから、2列目を1つ上にあげ、右側の2つを上にあげる。
「27!!」
兄2人は目も見開いて驚いた。
何にも出来ないと思っていた末妹のリンデルが計算が出来たのだ。
「えっ!!何それ??
そんな簡単に出来るの??なんで?」
リンデンと私は2人で胸を張った。
「驚かそうと思って、秘密でやってたの!!すごいでしょ。
まだリンデンには無理だけど、大きな数の足し算や引き算、
掛け算や割り算も覚えれば簡単に出来るんだよ」
兄2人は飛びついた。
ユーガは算数が得意だったけど、大きな数はになると、不安だったからだ。
「じゃ、説明するね……」
ソロバンの内容を説明して、実際に使用してもらう。
兄2人は競うように、練習を始めた。
リンデンにさえ、教えてもらっている。
「アリア、ドングリもっと拾ってくるから
俺用に作ってくれるか??教会にも持って行きたい!!」
2時間ほど真剣に勉強した後に言ってきた。
ドングリに穴開けて、紐とおしただけなんだけど……
「僕も欲しい!!」
ユーガも言ってくる。
兄2人が手伝ってくれるのなら、ちゃんとしたソロバンが作れるかもしれない……
とりあえずドングリは拾ってきてもらって、
簡単ソロバンを作ろう。
で、木を削って本格的な物も作ろう!!
そうすれば、ドングリの中から出てくる虫にも悩まされない。
兄たちは器用だった。
木を削り、同じ大きさの楕円の球を作り、
真ん中に穴をあけて木を通し中に境いのある枠を作って、
それに指していく。
本気の兄たちの作業は早い。
午前中は野草の採取もせず、ドングリのソロバンで練習もしつつ数日で作り上げた。
横は10列
かなり大きく重たくなってしまったけど、
掛け算 割り算をするには、それでも足りない。
私たちの分と4個も作ってくれたので、
もし、大きな数を掛けるなら、問題と答えで分けても良い。
そうして、出来上がったソロバンを、
意気揚々と兄二人は教会とギルドに持ち込んだ。
あいかわらず午後はリンデンと二人だ。
掃除を軽くすませると、ソロバンの練習をした。
リンデンは重く大きな木のソロバンよりも、
ドングリの方がお気に入り。
二人で問題を出し合いながら、
そろそろ九九も覚えさせようかなぁ~。
なんて考えていると、ユーガが勢いよく玄関のドアを開けた。
「アリア、明日、俺と朝一でギルドに来てくれ!!」
まだ帰ってくるには少し早い時間帯。
きっと走って帰ってきただろうユーガはゼーゼー言いながら言ってきた。
「兄さん、私は朝一で外出なんて出来ない。
父さんと母さんが仕事に出て行った後なら、行けるけど………
リンデンも一緒で良いの??」
「あー!!リンデンも一緒で良いよ、
ドングリのソロバンも一緒に持って来い。って」
「持ってこい??誰に持っていくの??
おもちゃが欲しい子でもいるの??」
ドングリのソロバン??
ソロバンって前に言ったのを覚えていたんだ。
名称はソロバンで確定だね♪
「いや、そうじゃないんだ。ギルドマスターがアリアに会いたいって。
いや、ソロバンを作った子。って意味なんだけど……
とりあえず、明日、連れて来いって
で、出来ればマイク兄さんには、
教会に持っていくのは止めてほしいだって」
ギルドマスター??
それって偉い人だよね?
私に会いたいって。まぁ、行かないとダメなんだろうけど
「それって、断ること出来るの?」
いちおう、聞いてみる
「いや、断るのは無理だと思う。
俺でダメなら、父さんに連行させるぐらいの勢いだったぞ」
はぁ~、ダメか……
原因は、間違いなくソロバンだよね。
ダメだったかなぁ~
教会に持っていくな。って事は、宗教的な禁忌が何かあるのかしら??
とりあえず、明日行ってみますが、
朝ならマイク兄さんも一緒に行ってくれるし、、
リンデンも一緒だ。
あら?リンデンとお出かけなんて初めてだわ!!
兄さんにお願いして、どこかお店に寄ってもらおうかな
洗濯の小遣いもあるし
楽しみだわ
のんきに浮かれている場合では、ないことが
いまギルド内で起こっている。
~~~ギルド内~~~
「これが、洗濯坊主が持ってきた計算する道具か??」
眼力のある男がその道具を持ち上げた。
彼が、この領地のギルドマスター
現役のS級冒険者で剣士
竜種も倒せる数少ない者である
友人であるカイン伯爵のたっての願いで、
ギルドマスターを引き受けている
もともと文官の貴族の出身の突然変異
堅苦しい貴族、騎士の地位を嫌がって冒険者になったはずが、
カイン伯に捕まって、ギルドマスターを押し付けられている。
「ただの、玩具に見えるんだが??」
この部屋の中に、
ギルドマスターである彼、ブライアル・ファンド
いちおう子爵の貴族位も持っている
サブマスターで侍従でもあるエスター
受付のマリー
事務のサンダーバード
ギルドを実質的に牛耳っている4人がいる。
「これが、良く出来ているんだよ
上の部分が5下の部分が1を表しているらしい
足したり、引いたりは
何桁の数字でも、すぐに出来るらしい………」
サンダーバードが答え
「そんなに、すごい道具なのか??
小僧が作ったんだろう??」
「ああー、そうなんだよ。俺も信じられなかったよ
ブライアン
ちょっと、やってみるか??
適当な数字を出してくれ、足すのと引くのは方法は聞いた
マリーは、それを控えて計算してみろ」
「385+2465」
ブライアンより先に問題を出したのはエスターだ
「2850」
すぐに答えたサンダーバード
マリーは、まだ岩板に数字を書いている状態だ
「マリー、答えは??」
「えっ、ちょっとおまち「あってる」ください」
言葉がエスターと被った
ブライアンが、目を見開く??
「はぁ、あってる??マリーは数字をまだ書いている途中だったよな??
どういうことだ?魔法か??」
問題を出したエスターが座っていた席から腰を上げた
「いや、こういう道具みたいだ
今日は仕事をせずに………睨むなエスター……
ずっとユーガから道具の使い方を教えてもらった
ユーガは何回も数字を足すことも出来てた
さすがに、俺にはそこまでは無理だが………」
サンダーバードは数字が得意だ
王都の中でも、彼よりも正確で早い職員は知らない
それが、これだけ言うのだ
信じないわけがない
「掛けることも、割ることも出来るらしい」
続けて、信じられない言葉が続いた………
ただの木の玩具にしか見えない
お世辞にも上手だと言える木でできた道具
ユーガたち子供が作った、そのままの物である
「はぁ~………
なんて物を持ち込んでくれたんだ
下手したら争いがおきる代物だぞ!!」
ブライアンの言葉に、皆が納得する
「森の賢者殿に使いを出せ
噂の妹も明日は連れてくるように伝えたんだろう??
俺たちだけでは、手が余る」
手でソロバンを弄びながら支持を出す
「賢者なんて言うと、怒られるぞ!!
もう使いは出した。
きっと来てくれるはずだ」
エスターが答える
「サンダーバード
俺にも、使い方を教えてくれ!!面白そうだ」
「俺にもだ!」
「私にもお願いします」
興味深々なのは、全員のようだ
(もしかして、俺、今日は寝れないか……)
サンダーバードは密かにため息をつく
(しかし、あの坊主がねぇ~
洗濯……、魔法を使っているのはわかっている
普通に洗っただけでは落ちないワインの汚れまで落とした
坊主には魔法の気配がないから、カマかけたら妹の仕業らしい……
坊主は教会にも通ってなくて、読み書き、計算も出来た
試しに冒険者への報酬の計算をやらせたら、問題なく出来たし
ブライアンも気にかけているようだったな
はぁ~
いったい何者なんだ
父親のハイチも母親のエスタも、普通の貧民街の住民だ
なんだ、あの兄妹は
まぁ、明日になれば判明するか)
そんな事を笑顔の下で考えると、ドアがいきなり空いた
ギルドマスターの部屋をいきなり開ける事が出来る人は、そうはいない
その少数の人間の一人がドアに前に佇んでた
「おう、賢者!!来たか」
今日は寝れない事が決定した
そこには賢者キンドリー・ハイネがムッとした顔で立っていた
「賢者って言うな!!
そんな事より、新しい魔道具だって??
噂の少年が持ち込んだ?妹と会える??
なんだ、それ
説明しろ!!」
賢者と呼ばれる男は、ズカズカと部屋に入り込んできた
長い夜になりそうだ