09 夢という名の絶望
「お茶の間の皆さん、こーんばんはー。可波 弘明、本名です。よろしくッス」
「はははっ、元気いいね」
ぺこぺこお辞儀しながらもしっかり自己アピール出来ている。座って下さいと手でジェスチャーされ、ゆっくりMCと同じくらいに座った。
「じゃあ可波くん、今日はよろしく!」
「よろしくお願いするッス」
「でも、本当に元気いっぱいだね。緊張してないの?初テレビなんでしょ?」
「いやぁむしろ、ワクワクして眠れなかったッス。緊張より今は眠気ッスね。あくび出ないか、はらはらッス」
大型ディスプレイからは楽しそうな笑い声が聞こえる。
今の私には不快だ。だが、映っているのが後輩だからか見入ってしまう。
「まずは可波くんがどんな人なのか?まずはVTRをどうぞ」
そこには中学からギターを始めたこと、ゴーチューブでの活動などが紹介された。
私は彼を見送った後、ゴーチューブで彼の動画を見た。明らかに私がいた頃より上手くなっていた。
「いやぁ赤裸に紹介されるとテレるッスね」
「デビューの声がかかったのはこのゴーチューブの動画?」
「そうッス、そうッス。是非、ウチでやらないか?って言われたんスよ。」
「へぇー、やっぱり時代だね。おじさんの時代なんか街中だけだよ、スカウトなんて」
そしたら彼は申し訳なさそうに……。
「言われはしたんスけど、断ったッス」
「!!」
「えっ!そうなの!」
私も驚いた。
「でも、向こうさん、よく考えてみてって言われて考えたッス。そしたら先輩を思い出したッス」
「!!」
「先輩?」
さらに驚く。
「そうッス。その先輩、アイドルになるって夢、全力で追いかけてたなって思い出したッス。そうだ、俺はあの先輩を見て全力を出す楽しさってのを教わったッス」
…………やめて。あなたの言う先輩は今、心が折れてるの……。
「動画に上げてたのは全力で青春してるぞってアピールだっただけなんスけど、必要としてくれるなら、全力で挑んでいいならって考えると、もう居ても立っても居られず、ソッコー連絡したッス」
「熱いねぇ」
……やめて。人の夢にここまで嫉妬を覚えるなんて……自分が惨めだ。
「先日は生意気言って申し訳ないッス。こっちからお願いするッスって感じッスね」
「そうなの?マネージャー?」
「ああー、今のセリフ、疑ってるッスね」
「ははははっ、バレた?」
やめて。何も出来ない自分が憎らしくなる。
「では、そろそろ歌の方に行ってもらおうかな?スタンバイ、お願いします」
ぺこっとお辞儀し、その場を後にする。
「では、歌っていただきましょう。曲はMy destiny」
軽快なギターの音が鳴り響く。明るく、アップテンポな曲調にお客さんのテンションも上がる。
私もこの曲は聴いた。久しぶりに会ったあの日……駅の待合室で録音してあった音源をイヤホンから聴いていた。
あの時はとても明るく、彼らしく元気になれる曲だと思った。
……でも、今は――。
大型ディスプレイに映る彼はあまりにも輝いている。
やめて、歌わないで……。
彼は楽しんでいる。映るその笑顔が証明だ。
やめて、そんな顔をしないで――。
「――俺の運命は、世界で一つだけーー〜♪」
「やめてよぉぉ!!ああああぁぁぁぁ!!」
雨は降らなかった。
私の叫び声をかき消してはくれなかった。周りの人たちはどよめく。
今の私をあの社長が見たらどう言うだろう。
「負け犬の遠吠えとはこのことだ」