06 契約終了
――六月。梅雨の時期のせいか、憂鬱気味に雨の多い日が続く。今日も黒く厚い雲が空を覆う。
「……帰り、降るかな……?」
傘を持ってきてはいるが、降らないに越したことはないとレッスン場の窓から帰り道を心配しながら、空を見上げる。
今日はレッスンのない日だったが急に呼び出された。私以外にも見慣れた顔が十人ほど呼び出されたようだ。
急な呼び出しにも関わらず、心なしかみんなの表情は明るい。
だが、私もその表情の意味はわかる。
ほぼ初めてのメールでの呼び出し、これだけの人数、ここにいる娘達はまだデビューしてない。
……つまりこの人たちと遂にデビューが決まったのかなって期待してしまう。
思わず表情も和らいでいる。
「やっとだね……アイドルデビューする時が来たかっ!」
「……長かったよねぇ」
「よーしっ!これから頑張るぞっ!」
色んなところから期待する声が聞こえてくる。
嫌でも気持ちが高揚する。
(私の努力が実を結ぶ時がやっと来た。これまで以上に頑張らなきゃ……)
右手をぐっと握り拳を作ると、心の中で決心を固めている。
――ガチャとドアが開くと、相変わらず整ったスーツ姿の社長が部屋に入ってくる。その後ろには秘書の人もいる。
社長はみんながいるか、周りを見渡すとレッスンの際、トレーナーが座る椅子に腰をかける。
すると、秘書から何やら書類を受け取ると流し目に書類を見て、ちらっとこちらを伺うような視線も送って確認している様子を見せる。
だが、その書類を渡した秘書の顔は何だか申し訳なさそうな表情で俯いていた。
無言のまま、レッスン場は静寂が支配する。
この威圧感のある社長が、ずんとそこにいるだけで恐ろしさも感じるが、私たちはメールで大事な話があると呼び出された為、期待と緊張感混じりの複雑な心境の表情を浮かべる。
そして、確認を終えたのか、書類を秘書にばっと渡すと口を開いた。
「皆、ご苦労。集まってくれて感謝する。今日はここにいる十四名に大事な話がある」
「――はいっ!」
期待する気持ちが先走ったのか……みんな、力の入った返事をする。
社長は足を組み、肘をついて私達を見た。
私達はこの表情の変わらない鉄面皮な社長から、求めている言葉を目を輝かせて待つ。
心臓もドキドキと高鳴っている。
だが、社長はふんと小さく鼻を鳴らすと、呆れたように視線を逸らす。
「ここにいるお前達は本日を持って――」
望んでいたデビューがついに来ると、高鳴る鼓動が気持ちを焦らせる。
みんなも社長の言葉を望むように待つ。
だが、そんな私達の期待は残酷にも裏切られる。
「――契約を終了する」
気持ちが先走り、ガッツポーズをしかけた人もいた。だが、望んだ内容のものではなかった。
「は?」
「えっ……?」
出鼻を挫かれたように、みんな何を言われたのか、理解が追いつかないのか、言葉が出ない。
私も社長の手前、表には出さなかったが、聞き間違えではないかと、内心は酷く動揺している。
(えっ!?契約終了?は?えっ!?)
「……あの、聞き間違えですよね?契約終了って……」
この中で一番、ダンスも歌もできる娘が疑うように信じられないと声を震わせて尋ねる。
だが、社長はまるで当たり前のように軽く首を横に振ると、さらっと否定する。
「いや、聞き間違えではない。もっと分かりやすい言葉が欲しいか?……お前達はクビだ」
さっきまでの高揚感が一転、まるで心が黒いペンキで塗りつぶされるような感覚に陥った。
レッスン場の窓から見える黒い雲は、まるでここにいる私達の心を写しているかのようだった。
冷静な表情でその残酷な言葉を吐き捨てるこの社長の意図が分からない。
アイドルとして素質があるから契約してくれたんじゃないのかと、この社長の考えの理解に苦しむ。
さっき社長に質問した彼女が、先程の震えるような声とは激変、激しく噛みつく。
「何でっ!?どうしてですか!ちゃんと納得のいく理由を教えて下さい!」
激しく威嚇するように抗議するも、社長はモノともしない様子で見下すような視線を送る。
その視線は物語る……こいつは何を言ってるんだと。
だが、怯むことなく、自分の立場を語る。
「私はこの事務所に採用をもらって、レッスンも真面目に受けているのに、どうして不真面目なやつらと一緒に契約を切られなくちゃいけないのっ!!」
不真面目にやっていた練習生を指して棚にあげる。
その練習生たちは、棚に上げられたことに腹を立てて反論する。
「はあっ!?私達だってちゃんとやってますぅー!」
「そうそう」
見苦しくお互いを罵り合う喧嘩へと発展していく。
その喧嘩に仲裁に入ろうかおろおろする者、クビという現実にまだ頭が追いつかず、目の焦点が合わない者……みんな思い思いに落ち込む表情を浮かべる中、社長はまるでゴミ虫でも見るかのような視線で私達を眺めるように見ている。
喧嘩がある程度落ち着いた頃には、社長は呆れ果てていた様子。
「やっと終わったか?」
そう尋ねられると、喧嘩していた彼女達を含め、みんな社長を見る。
すると私達の将来にも関わる話にも関わらず、事務的な物言いで話を始める。
「……理由は単純だ。今のお前たちを見て分からないか?こんな醜いやつらが俺の望むものになるわけがない……必要ないから捨てる。それだけだ」
――ゴミは屑籠の中へと、まるでゴミを投げ捨てるようにそう冷たく語った。