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魔王「その剣、ちょーだい」

魔王「その剣、ちょーだい」-5-



「ねぇねぇ」



時空は正しき元へ、回帰しようとしている。


時を運ぶ風は――渦巻き――流転し、時に優しく私の体を縦横無尽に通り過ぎる。



目の前には幼女が一人、宙に浮かんでいた。



天井も壁も床もない。


ただ、真っ黒な空間に私と彼女だけが、揺蕩っている。



目の前の彼女の全身の輪郭だけを切り取って、そこに置いてあるように

―――その姿だけが、はっきりと目に映った。



彼女は、手を前に差し出した。


その手の平は上を向き、開きかけのままで――こちらに何かを求めているかのようだ。




「どうしました、魔王様」




この場に、音は響かない。


空気が存在しないから、私の喉の振動が彼女の鼓膜を揺らすことはない。



しかし、何度となく繰り返された、そのやり取り――彼女と過ごした764日の年月が私たちの時間の蓄積。


私の唇の動きと、その表情を見て―――彼女は満足そうに笑みを浮かべている。



私は、その両目から自然と涙が溢れるのを、留めることはできない。




彼女はその私へと向けた手のひらを、指先を、胸の前に戻した。


そして、いたずらっぽい笑みを満面に浮かべ、小さく唇を動かした。




――やっぱり、 いーらない



彼女は踵を返すと、私からゆっくりと離れていく。




憎み合った日々も、愛おしかった時間も、ただ当たり前にそこにあった。


本来なら、私たちはすぐにでも”こう”あるべきで――きっと誰もがそう、望んでいた。


仕方がないことだったのだ。


いつかは、どちらかがどちらかの命を奪うことでしか終わらない。


歴史は繰り返され、また最初からやり直すだけのこと。




(もしかしたらって、思ってた)




もしかしたら、人類は彼女達と共存することができるかもしれない。


昨日までの私と彼女のように、姉妹みたいに、友達みたいに、笑い合ったり、ときに喧嘩をしたりしながら――


でも、私には出来なかった。 ただ、それだけのことだ。




私は手に持った短剣を強く握りしめた。


―――私の母が持っていたそれを。





遠ざかり小さくなる彼女の姿を、私はじっと見つめていた。


彼女は小さくなっていくが、その姿は本来の在り様へと戻り始めていた。


既に、幼子の可愛げはそこにはなく、成人した女性の肉体へと変化していく。




もうあと数刻もすれば、時空は是正され、私たちはその決定的な瞬間をやり直さねばなるまい。



私は、遠ざかっていく彼女の背中に向けて、最後の言葉を贈った。







――やだよ











魔王「その剣、ちょーだい」-5-  終












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