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・「勝才」、我々がそう呼称する当該の特異体質について。
この特性の詳しいメカニズムは未だ解明されていないが、勝才を持つ彼らは勝利という結果を導出することにおいて類稀な才覚を有している。
発見者は不明。発見方法も不明。先天的なものか後天的なものであるのかも不明。すなわち発現条件についても不明。
彼らはただ尋常ならざる結果を導出するにおいてのみ、その特性を示す。しかし、その結果には適格者個々人によって程度があり、ある同じ状況を設定した場合にも、全ての適格者が望ましい結果を得られるわけではない。実証結果の詳細は、巻末資料を参考のこと。
余談であるがこのことは逆説的に、今まで勝才を持つと判断されてきた者達の中には、当該特性をそもそも有していない不適格者を誤って選出してしまう可能性について示唆していることが分かる。効率性の側面からこれは解決すべき事案であり、精度の高い適格者発見のメソッドを確立しなくてはならないだろう。
・転用、応用の展望について。
ある部署では、如何なる状況においても勝利できる最強の兵士を創り出そうとした。ある部署では、適格者が勝利するまでのその特異な手順を解析し、革新的な諸法則を見出そうとした。ある部署では、宗教的、寓話的な側面からのアプローチを試みている。また俗な部署では、単純なる営利の追求に利用しようとしていた。他にも様々な運用方法が検討されているが、守秘度が高いため、ここで述べることはできない。
出所:共通ファイル NO.1
「あれがヘイムスか。ボールみたいな形の島だな」
窓からヘイムスの上空を見下ろしながら、イング・ミスティは呟いた。彼はヘリコプターに乗っていた。
「本当に行くのか?」
そう尋ねるのは、ヘリのパイロットだ。
「ああ、行くさ」
答えながら、イングは何かを背負い始めていた。
「『剣脚』達が戻ってこないのはたまたまだろう? まだ――」
「いいや、ネオーネは負けたんだ。これ以上は待てるもんか」
「あれほどの男が負けるかよ。お前だってアイツがそんなタマじゃないっていうのは嫌というほどにわかっていることだろう?」
背負い終えてイングは、傍らに置いていた長い棒を手に取ると、その表面全体をためつすがめつ眺めながら、
「ああ、そうさ。そして、俺はお前の知らない事も知っている。あいつが約束を破らない男だということを知っている」
「なんだって?」
「俺はネオーネと決闘の約束をしていたんだよ。なのに、あいつは待ち合わせ場所には来なかった」
言い終えるとイングは立ち上がり、左手で器用にヘリの扉を開け放った。右手には先程手に取った棒を依然そのままに掴んでいた。
「何やってんだ! おい!」
そう叫んだのは、イングの真向かいに座っていた男だった。イングはその彼に振り返り、
「あばよ。また会えるときを楽しみにしてるぜ」とそう言い置いて、ヘリから飛び出た。その背を追うように男はヘリの扉へと近寄っていった。扉の把手に手を掛けた際、彼は地上へと降りていく巨大な傘を目にした。
「まったく無茶するぜ、イングの奴。結構いかれてるとは思ってたがよ。こんなところで何かあったらどうしようもないぜ」
男は完全に扉を閉めて、パイロットに何かを払うような手振りを見せた。後退のサインだった。
ヘリがヘイムスからどんどんと遠ざかっていく。