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今から五十年前、リットー・イーエン・コーカスは、「空っぽの丸縁」の大衆の面前で建国の演説を行った。内容は以下の通りである。
「自らの意志を排されて、この地へと流れついた者達よ。しかし、君たちはこれから国民となる。栄誉ある『ヘイムス』の民となる。我々は世界に属さない、ただこの国に属するだけだ。それは我々が唾棄されるべき存在であるからという訳では無い。我々は神によって選ばれたのだ。というのも君たちを送り出した方舟は俗物の醜い手からではなく、我らが神の、その御手によって我々のため、創造されたものなのだ。この地で子を成すために。誉れ高い神の民を生み出すために。君たちがこれまでに繰り返した艱難辛苦の円環はそのための試練だったのだ。そして、その試練に生き残った君たちを私は等しく尊敬している。君たちは誉れある者達だ。確かに、この世界各地の者達に比べて、君たちには欠けていると思えるものが沢山あるのかもしれない。信頼、思いやり、愛、友情、尊敬、忠節、そして、粋な、あるいは垢抜けた振る舞い。もしも君たちがこれらを取り戻したく、またかつてよりも強くそれらを手に入れたいと思ったのならば、それぞれの内にくすぶる誉れの種火を一層燃え上がらせるように努めるのだ。際限なく熱く、何よりも猛々しいその炎で以って自身に降り積もろうとするあらゆる不義を灰塵にするまで燃やし尽くし、いつまでも気高い自分を保つのだ。気高き民よ、君たちはこの地で誇りある歴史を記す権利がある。なぜなら、この国は我々のものだからだ。この国こそが真に神が作りだした聖地であり、我々は気高い意思でもってその神聖さを保ち続けてゆくのだ。胸を張れ、諸君。今この瞬間から我々にとって栄誉ある日々が始まろうとしているのだから」
この演説内容はナーレにあるヘイムス国政議会の前、大理石製の記念碑にも彫り刻まれている。記録として残っているのはただそれのみだ。また、リットーについては写真なども残されておらず、現在となっては記憶の中の、あるいは伝説の中の人物であるに過ぎない。それでも彼の考え方は、今のヘイムス国民にとってかけがいのないものとして残っている。
以上が、アサネが自分で調べたヘイムスの情報だった。
「私です。アサネです」
「アサネ君? いったいどうしたんだ? 定時でもないのに連絡を入れてくるなんて珍しいじゃないか」
「早急に解決しなくてはいけない問題が発生したのです。ニックス・ハットについて」
「ほう。続けてくれ」
「まずは報告として、本日ニックス・ハットが二アナの刺客と接触しました」
「想定より動きが早いな。それで彼はどうなった?」
「心配には及びません。彼は二アナの刺客を全て撃退しました。計四人。うち一人はネオーネ・ワンクーです」
「ネオーネ……聞いた名だ。確か、剣脚のネオーネだったか?」
「はい」
「そんな男を倒したのか。逸材だな。あるいは『彼女』以上か」
「かもしれません。それでここからが本題なのですが、現在、私は彼と交渉をしています」
「なるほど。急ぎとはそういうことか」
「はい。しかし、彼はあらゆる報酬も受け取らないとのことで。ただ、条件次第では我々への助力を検討してくれるようなのです」
「条件?」
「はい。金銭類は要らないけれども、フリーランスとして扱ってくれるのであればとのことです。また私の支援継続を要求しています」
「ふむ……まあ仕方ないな。いいだろう。但し、サポートとともに彼の監視についても君に任せる」
「監視ですか?」
「ああ。監視とはいってもこまめにコンタクトを取ってくれるだけでいい」
「分かりました、彼に伝えます。それではまた、定時に連絡させていただきますので」
「よろしく頼む。彼についての報告は逐一に」
「はい。それでは」