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日本から東の、アメリカハワイ州オアフ島から北西の、北太平洋沖にある小さな島。そこに国際的に認められていない国、国でない国、世界外れの国ヘイムスがある。
ヘイムスはセイネイ、ハレッティ、ケイクァー、サイホック、そしてナーレ、その五つの県から構成されている。それぞれの県の、それぞれの街には様々な商店がレンガの通りに立ち並び、その通りを外れたところには住宅地もある。些か頼り無いながらも国政や地方自治というのも機能している。
国としてまとまる前のその島のことを現地人たちは「空っぽの丸縁」と喩えている。島自体が円のような形をしており、地上は、指すための針が無く無法、指すべき数字も無く無統治、そして、そもそも動力が働いていない無気力、というさまからなぞらえたものだった。
「ヘイムスなんて碌なもんじゃないさ。なにせ時計が無いからな」などと(ヘイムスのことを知る数少ない)外の人間には揶揄されることもある。
かつてのヘイムスは世界の流刑地だった。様々な国から司法処理の難しい人間が秘密裏にヘイムスとなる前の島に捨てられていたのだ。そのような吹き溜まりばかりが集まった島だったが、一応の発展はあった。数が増えるにつれて様々な人間が増えていき、様々な技能を持った人間たちのおかげで島は人が暮らしていくための生活空間が形成されていった。だが、それまでだった。いざこの島をまとめようとするにあたって、島にはいくつもの派閥、組織が出来上がり、幾度もの抗争が繰り広げられた。生活の場は何度も破壊され、破壊された数だけ再生しようとする。その無益な円環は、五十年間にわたって続けられた。
しかし、リットー・イーエン・コーカスの登場以後、現在に到るまで五十年、つましくはあるが安定した国として発展していくこととなった。
以上がアサネ・ニシモトに与えられたヘイムスの情報だった。
「業務については既に? 」
強い潮風が吹いた。アサネは頭に乗せているつばの広い帽子を手で押さえながら、海の方に目を向け、電話の相手をしていた。相手は彼女の上司であるイーバ・エイテックだ。
「聞いています。頂いた資料にある人物のスカウト及びサポート、ですよね」
「ああ、そうだ。ヘイムスの情報についてはすまんな。あまり参考にならないだろう」
「いえ、でもどうして、こんなにも情報が少ないのですか? ヘイムスがあまり外界の接触が無いというのは理解しているんですけど」
アサネがそう聞くと、電話口の相手は一度嘆息を吐いた。
「厄介なのだよ。内部調査が難しいんだ。まったく、もし仮にあの国の歴史を編纂するとしたら難儀するのだろうな」
「それはどういう意味ですか?」
「機会があれば話そう。いや、あるいは行ってもらえれば私よりもよく分かることだろう。頼んだよ」
「はい、尽力します」
アサネがそう答えたのと同時だった。海の向こうから船の汽笛が鳴り響いた。それが聞こえたからか、イーバは「船酔いには気を付けたまえよ。良い旅を」と言って、電話を切った。