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雪解けの頃

  鬼の一件から二年が過ぎた。

  それ以降は以前とはうって変わり、一つの町や村に滞在する期間も長くなっていた。

  それまでは廃寺や空き家、時折安宿等で雨露を避けるのが常であったが、まともな宿での宿泊、農家の家に一宿、用心棒の仕事をしつつ立派な邸宅に滞在する事などが増えた。


「なぁ龍厳、旨い魚や野菜が食える土地を知らないか?」

「俺は食えれば味は気にしませんので…」

「ま、当てにはしてなかったよ」


  東馬はやれやれといった感じで苦笑した。


「寒い土地というのは旨い物が多い。というわけで、北に向かおう。そろそろ雪解けの季節だしな」


  道端では梅の花が綺麗に咲いていた。

  鶯が愛らしい姿と声で、道行く者達を楽しませていた。

  収穫期ともなれぱ、農作業の仕事が多い。

  食べ物の少ない期間には、略奪を警戒した用心棒や、既に略奪にあった物品、もしくは人間の奪還の仕事が多い。

  殺伐とした仕事の季節を過ぎ、二人の心はいくらか晴れやかだった。

  勿論、収穫品を狙う略奪への警戒は怠るわけにはいかなかったが。


  数日後、二人は海の見える山の山頂にいた。

  山頂と言っても標高は低く、日陰に僅かばかりの雪が残る程度の暖かさで、山の麓には開けた土地があり、山側には田畑が、海側には小さな漁村が見えた。そしてその間には小さな城と、城と同様小さな町。よく見ると、山の中腹にも小さな農村がある。


  「とりあえず、あの中腹の村に行ってみよう。開けた土地が余っているのに山の中で農業か。特産品かはみ出し者か…お前はどっちだと思う?」


 いたずらっ子のように笑う東馬に苦笑する龍厳。

 二人の時は、以前よりだいぶ砕けた表情を見せる事が多くなっていた。




「ここで作ってる物ですかい?何の変哲もない、どこにでもあるような物ばっかですぜ」


  やたら眼光の鋭い農民は答えた。


「ここにゃあ何もねぇ。物見遊山なら町の方に…いや、あそこにも何もねぇな。さっさと他当たった方が良いと思いますがねぇ」


  旅人が珍しいのか、他の畑で作業する者達もチラチラと二人を見ていた。


「残念でしたね。特産品はなく、あまり歓迎もされなさそうですな」


 東馬は口元に微かに笑みを浮かべて答えた。


「特産品にはみ出し者、両方当たりだ」

「見た所、本当にありふれたものばかりのようですが?」

「畑はな。面白そうだ。村のまとめ役の所で仕事がないか聞いてみよう」

「…」




「仕事、でござるかな?武芸者に依頼するような物は何もないがな」


  龍厳程ではないにしても、少々大柄な老人が、鍬を片手に大きな屋敷の前で二人を出迎えた。

  やや垂れた細い目は鋭く光り、小振りな鼻の右脇から大きな口を跨いで丸い顎まで割けた、古い刀傷が印象的だった。


「いえ、仕事の内容は問いません。収穫でも、壊れた農具の修理でも、それ以外でも。薬も作れますよ。ここには色々とあるようだし」

「……」

「ヨモギにフキノトウ、ニンニク、スズラン、ニラ、セリ、シャク、ヤマゴボウ、ノビル、ウルイ、ハッカク…他にもまだまだありますね」

「…何が目的だ?」

「では単刀直入に。ここは忍の村ですよね?忍の生活に興味があるだけです。何処の間者でもないですよ」


  驚いたのは龍厳だった。

  確かに農民達の雰囲気には違和感があったし、目の前の老人にしてもただならぬ気配は感じられた。

  だが、まさか忍の里で、しかも堂々とそこに入り込もうとするとは…まったく何を考えておるのやら…龍厳は眉間の皺を更に深め、東馬を睨んだ。


「東馬様、先程申された野草の数々、特に珍しい物とも思えませぬが?」


  それなのに忍と決め付けるのか?と龍厳は東馬に詰め寄った。

  東馬に何かしらの考えあっての事とは思うが、いたずらに忍を刺激して刃傷沙汰になるのは御免だった。


「フッ、面白い御仁よ。旅人のようだが、少し話を聞きたい。大したもてなしもできぬが、上がって行きなされ」


  東馬が言った野草の名前は全て誤りであった。

  どれもその野草によく似た毒草で、東馬はあえて違う名前を言う事で「わかっているのだぞ?」と暗に伝えたのだ。そして毒草に詳しくない、龍厳の本気で心配する姿を見せる事で身の潔白を証明したのである。

  忍の長はそれを演技ではないと見抜き、東馬は忍の長のその洞察力を計ったのだ。

  龍厳は後にその説明を受けた。眉間に皺を深く寄せ、目を閉じ、口をへの字にしながら。





「確かに我らは忍。この地を治める高峰家に代々仕えている」


  長の名は沢那栄蔵といい、かつては自身も旅の武芸者であった。

  見た目通りの腕前で、縁あって高峰家に仕官し、影働きで頭角を表した為、今は忍の長として働いていた。

  が、ここ数年、南側諸国の情報が得られていなかった。

  もとより情報収集に長じていたわけでもない上に、最近勢力を強めつつある南の国が、忍に対し非常に警戒を強めていたためだ。

  とはいえ、その南の国は高峰家とは同盟を結んでおり、北側の国は同盟こそないものの、敵対関係にもなく、至って良好。西は海、東は険しい山脈で隔てられ、当面の危機というものもない平和な状態だった。

  なので、いたずらに忍を送り南の国を刺激するよりは…という理由で、独自の情報収集を控えたのだ。

  しかし近年、南の国からは、その更に南側諸国からの防衛支援を理由に食糧や金などを要求され、大した軍事力を持たない高峰家にとっては、断るに断れない悩みの種となっていた。

  更に、関係良好な北の国は南の国とは敵対こそしていないが、互いに危険視しており、南の要求の援助は頼めない状態だった。


「と、いうわけでな、南側諸国の現状を聞かせてはくれんか?それと、お主達の事もな」

 

  簡単な自己紹介と高峰家の現状をかいつまんで話すと、栄蔵は東馬達に話をふった。

 

  東馬はただの旅好き。龍厳は武者修行。南側諸国については、知りうる限りでは仲の悪いもの同士がいがみ合う程度で、大きな動きはない事などを説明した。


「申し訳ない。各地の政にはあまり関心がないもので、大した話も出来ず」


「いや、なに。とりあえずの状況が知れただけでも良かった。となれば、気になるのは南の情報封鎖と援助の使い道だが…昔から南の考える事は今一つ……」


  その後もしばらく愚痴が続いた。

  客人がかつての自分と同じ旅人だった為か、もともと話し好きだった為か、いつしか内容は他国の情勢から毒草に変わり、武術、魚、山菜、刀剣、獣の罠、農具の改良等々、気付けばもうとうに日も沈みかけていた。


「長く引き留めてしまったな。貴殿らの話が面白かったのでな、ついつい。どうだろう?しばらくこの村にとどまっては?忍の生活に興味があるのだろう?寝泊まりもこの屋敷に住めば良い。この広さに娘と二人なのでな。部屋ならいくらでも空いとるわ」


「それは願ってもないが、突然ではご息女も困惑されるのでは?」


「失礼致します」


 襖が開き、若い女がにこやかに言った。


「私なら大丈夫ですよ。父も久しぶりにお話相手が出来て楽しんでおられますし、もしよろしければもう少しお付き合いくださいな」


 娘は盆に乗せた酒の徳利と御猪口を三つ、それと輪切りにした大根の漬物を栄蔵に差し出すと、東馬達に深々と頭を下げた。


「ご挨拶が遅れました。娘の春と申します。もう少しで夕食の支度が整いますので、それまで年寄りのお相手よろしくお願いいたしますね」


「また年寄りと言うたか?まだ48だ。まだまだ若い者達には負けんぞ」


「「え!?」」


  老人かと思っていた栄蔵が48歳だったのには、東馬も龍厳も驚きを隠せなかった。


  それを見て、春は口元をおさえ、ケラケラと笑った。

  まるで無邪気な少女のようなその姿に、龍厳は心の中で何かを感じていた。




  殺伐とした冬が終わり、収穫の春が訪れる。


  高く積もった雪が静かに溶けだす季節が始まった。

  暖かな陽射しによって。


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