初陣
「神代様!神代様はおられますか!」
とある昼下がり、東馬の屋敷に男の叫ぶ声が響いた。
声の主は五兵衛。
城下町からほど近い所にある諸部村という漁村で東馬から塩作りを託された男であるが、それ以降も「獲りすぎた」「売れ残りだ」と言っては魚や野菜をただ同然の値段で置いていく、時には「もう売り物にはならねぇ」と言っては本当にただで押し付けるように置いて行く事もしばしばあった。
「どうした、五兵衛?」
「どうなさいました、五兵衛さん?」
ほぼ同時に東馬と雪が顔を出した。
「神代様!あ、その…」
東馬の後ろから赤木が顔を出すと、五兵衛はそちらをチラリと窺うと少し困り顔て言い淀んだ。
「大丈夫だ、赤木殿は口が硬い。」
「…へぇ、実は…」
五兵衛は少し急ぎ気味で話しだした。
話の内容はこうだ。
今朝方、見慣れぬ農夫が村の入口で倒れていたのを漁に出ようとした村の男が発見した。
相当腹を空かせていたようで、水と飯を与えると掻き込むように食い、涙を流しながら礼を言った後、こう言った。『俺の村を助けてくれ』と。
聞けば男は村を出て北に向かい一晩中山を走り続け、ようやく人里に辿り着いた所で意識を失ったという。
東も西も南も宛にはならず、北に向かうしか無かった、との事。
話から察するに、男の村があるのは江狩。八渡家の領地である。
しばらく前から村の者達で団結し、重い税にも、賊の襲撃にも何とか耐えてきたが、それでも生きていくのがやっと。しかも、昨今では病や怪我などで闘える者も減ってしまい、これまでの腹いせとばかりに賊共の襲撃も激しくなる一方。柵の外の作物も荒らされ放題で、今度の税も納められないのは確実。ただでさえ自分達の食う分すら足りていないというのに、税が足りないとあれば八渡がどう出るかは明白。女子供は売られ、男達は文字通り死ぬまで無休で重労働を課せられる事になる。
当然、事情を話し徴税を待つよう頭は下げたのだが、全くもって話にならず、むしろ『嘘八百並べたて私腹を肥やす算段であろう?』などと言いがかりをつけ逆に増税される始末。
北以外は江狩の地、もはや救いは北にしか無かったのである。
「だが、どうする?村の者を助けるったって、賊や八渡の兵と闘うのか?闘わずに村の連中をこっちに連れてくるのか?」
「高峰と八渡は今は険悪とはいえ一応は同盟を結ぶ中だろ?仮に敵国だったとしても、八渡は当然侵略と取るだろうよ。」
「コイツが此処に来たのがバレただけでもやべぇんじゃねぇのか?」
…
諸部村の者達が相談の結果『神代様に相談しよう』という事になったのだ。
東馬を選んだ理由は二つ。
一つは相談にのってくれそうな人物である事。そしてもう一つが高峰家臣では無い事が決め手だった。
「と、いうわけなんてすが、神代様、いかがしたら良いものか、お知恵を拝借させちゃくれませんか?」
五兵衛は話し終わると、冷めかけた茶を一気に喉へ流し込んだ。
「わかった。とりあえず直接その男から話を聞こう。赤木殿、すまないが、火急の要件が出来てしまった。」
「お供いたします。」
東馬はすっくと立ち上がると、赤木も立ち上がる。
「赤木殿、これは私が預かる。高峰家臣である貴殿は…」
「神代殿、もとより今日は非番、どこで何をしようと高峰とは一切関係の無き事。」
「…そうか。」
少し間を空け、中座していた雪が声をかけた。
「東馬様、馬の支度が整いました。」
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「成る程、それは酷いな…」
「どうか!どうかお力を!」
諸部村の村長宅でより詳しい話を聞いた東馬は顔をしかめた。
赤木はあいも変わらず無表情ではあるが、心無しか眉間に皺が寄っている。
諸部の者達から「神代様なら何とかして下さる。」と聴かされていた江狩から来た男、弥一は必死で頭を下げる。
諸部の村人達は、東馬が塩作りだけでなく、舟や土壌の改良、付近に潜む賊の討伐などをしていたのをとても感謝し、そして信頼していたのである。
そしてもう一人…
「許せません!先生、この人の村を我々で助けましょう!賊を蹴散らし、いっそ八渡の奴めの首を…」
「さすがにそこまでは無理だよ。」
涙目で激昂する貴衣を東馬が遮る。
東馬が出かけようとした所にちょうど貴衣が現れ、勝手に着いてきたのだ。
「そこまでは無理だとしても、その前までは何とかなるか?…」
思案する東馬に対し小首を傾げる貴衣に赤木が説明するように言った。
「賊を蹴散らす。までの事であろう。」
『なるほど!』といった貴衣に『どうか!何卒!!』と東馬を拝む江狩の男。
「賊云々は二の次として、そのままそこに住み着いた所で何にもなるまい。ならば連れ出すのが良いだろうが、何処にやれぱ良いものか…」
思案する東馬に口を開いたのは五兵衛だ。
「この村に住めば良いんじゃねぇですかい?幸い俺らは食い物に困る程貧しかねぇ。神代様方のお陰で広げられるようにはなったが、まだ手付かずの土地もあるこったし、そこで田畑を作りゃ良い。」
村長も同調する。
「そうだな。儂らは魚は捕れるが、長い事田畑は二の次三の次じゃったでな。野菜が少しばかり心許ない。人手が増えるのは良い事じゃろうよ。」
「おお、そうだ。それが良い!」
「俺らの長が言うならそれで良いべぇ。」
村人達が口々に賛同の意を示した。
弥一が縋るような目で東馬を見つめる。
暫しの沈黙の後、東馬が口を開いた。
「よし、決まりだな。」
そして歓声、弥一は「ありがてぇ!ありがてぇ!」と、東馬のみならず、そこにいる皆に頭を下げる。
「が、ただしだ、…」
東馬の言葉に皆ピタッと静まる。
「私一人でどうにかなるものではない。皆にも力を借りるぞ。」
「当然です!私も先生の一番弟子としてお供仕ります!」と、貴衣。
「手勢を出します。」と、赤木。
「いや、駄目だ。貴衣、君に実戦はまだ早い。連れては行けん。赤木殿、気持ちは有り難いが、さすがにそこまでしては赤木殿だけではなく殿にもご迷惑をお掛けする事になりかねん。」
「先生!」食い下がる貴衣を赤木が制する。
「師の言いつけを守れぬのか?」
「ゔっ!…それは……」
「弥一と言ったな?村に山を越えられぬ者はどれくらいいる?賊の数は?」
「はいっ、村には…賊は……」
「諸部から動ける者を……」
「なら俺が…」
「それはオイラに…」
東馬、弥一、諸部村の男衆での作戦会議が始まった。
「よし、では今宵、暗く成り次第始める。急だが、皆、頼むぞ!」
東馬の言葉に皆が静かにそして力強く頷く。
弥一が北に向かう所を見られていたとしたら、時間を空けるのは悪手となる。故に急ぐ必要があったのだ。
そしてすっかり暗くなった頃。
「神代殿、ご武運を。」
「…」
膨れっ面の貴衣の頭を押さえつけながら、赤木が頭を下げた。
「いざ、神代隊出陣!」五兵衛が声を張り上げる。
「神代隊って…」東馬が苦笑する。
「皆、すまねぇ!よろしく頼む!」先導する弥一が振り返り皆に深々と頭を下げる。
「頑張れよぉ~」「気ぃつけてなぁ!」「茂吉、足引っ張んなよお!」「父ちゃん行ってらっしゃーい!」「アンタぁ、しっかりねえ!」………諸部村の面々が見送る。
神代隊の初陣であった。




