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「たのも~!」


 視察の数日後の事である。

 凛とした、それでいてどこか力の抜けた声が東馬の屋敷に響いた。


「あらあら、今日は早いのですね。東馬様はまだお休みですのでこちらへどうぞ。」


 雪は台所から顔を出すと、寝癖もそのままで眠そうな顔をした女剣士を客間に案内した。


「お茶をお持ちしますね。」


「敵の施しは…温めのをお願いします。雪さ~ん、眠い~…」


「東馬様がお目覚めになられたら起こしますから。それまで横になっていたら?」


「ふん…わたしの…ねくびをかこうと……」


 女剣士はうつらうつらと舟をこぎだした。


 どれだけ眠っていたのか?

 女剣士が目覚めると、しっかり横になり、目の前には冷めたお茶、体には布団が掛けてあった。


「はっ!しまった!」


 部屋を出て廊下をドタドタと台所に向かって走り出す。


「も~!雪さん、起こしてくれるって言ったじゃないか~!」


 勢いよく戸を開けるが、そこに雪の姿はなく、代わりに、


「貴衣さん、こっちですよ」


 と、声が掛かった。


 声のした部屋の戸を開けると、そこでは二人の男女が朝食をとっていた。

 膳は三つ。


「やぁ、お早う。朝食はまだだろう?食べていきなさい。」


「神代東馬!私がこの日をどれ程待ち望んでいたか!」


「5日だろ?雪から聞いている。ほら、味噌汁が冷める。」


「そうだ!毎日毎日通っていたのに、貴方ときたらいつもいない!…ポリポリ…雪さん、この浅漬け美味しいね」


「あら、お口にあったかしら?帰りに持って行ってね。」


 雪は嬉しそうだ。


「うん、ありがとう!こないだの枝豆も『うまい!』って父上が、…いや、そうじゃなくて!神代東馬!貴方はいつも何処で何をしているのだ!いつきてもいないんだもの。さすがに悪いとは思ったけども、こんな朝から来る事になってしまったじゃないか!」


 貴衣はプンプンしながら味噌汁を口に含んだ。

 やや濃いめの味噌の味を、具材の大根が爽やかに薄めていく。そして広がる味噌の甘味。浅漬けと炊きたての米との相性もバッチリだ。味噌の後味が残る内に米を口に入れる。味噌の味が消える頃、米の香りが広がり始め、そしてそこに浅漬けを投入する。優しい塩気は米の香りを損なう事なく、更に野菜の爽やかな風味が加わり、米のまた違った一面を引き出す。それを飲み込み、また味噌汁を含むと少し強めの塩気が口に広がり、大根がそれを中和し…


「雪の料理の腕はなかなかのものだろう?」


 美味しそうに食べる貴衣に、東馬が声をかける。


「そんな、滅相もない。兄上が持ってきてくださった味噌や野菜が良いだけで…」


 雪が少し照れてモジモジする。


「いや、素材だけではうまくはならないでしょう!以前私が作った味噌汁なんてそりゃもう塩の泥水みたいで、とてもとても…父上は『疲れた体に良い』とは言ってくれたが、あれは絶対無理をして…あ…呑気に朝食を食べている場合ではない!私は貴方に再戦を申し込みにきたのだ!」


 そういうなり貴衣は、残りの膳を急いで平らげた。


「…モグモグ…勝負だ!神代東馬!」


 勢いよく立ち上がると、持参した木刀を東馬に突きつけた。


「おかわり、まだありますよ。」


 貴衣はスッと座った。



 _____________________________


「では、行ってくる。」


「行ってらっしゃいませ。」


「来客でしたか?なにやら声が?」


 赤木が迎えにきていた。


「瀬田様のご息女がね。でも大丈夫。用は住んだ。」


「あぁ、あの…」


 赤木はそれ以上何も言わなかったが、口振りから察するに、どうやら貴衣の元気な所は有名なようだ。



 玄関の方から所帯染みた声が聞こえ、少しして雪が戻ってきた。

 貴衣は裏庭で伸びていた。


「…ハァハァ…ねぇ雪さん…ハァハァ…あの人は…ハァハァ…強いねぇ…ハァハァ…手も足も…ハァハァ…出なかったよ…ハァハァ…本当に…ハァハァ…人間かな?…フゥ…」


「だと思いますよ。違うとしたら、きっと神仏の化身なのでしょうね。」


 貴衣はしばらく天を仰いだまま考え込む。


「ごめんください。」


 玄関から声がし、雪はそそくさと立ち上がった。

 そして貴衣は勢いよく起き上がると、


「決めたよ!やっぱり私は…あれ?雪さん?」




 ______________________________


 城下町から馬で約一時間程、城から一番近い漁村へと東馬と赤木は来ていた。


「へぇ、こいつは良いや!これなら確かにもっと塩が作りやすくなるわな。」


 この村で塩作りを生業にしている男達が感心しながら見つめるのは、塩をより効率よく作るための仕組みを描いた絵だった。


「こんなやり方があるんだねぇ…こっちの方が簡単そうだし、それで量が増やせるなら万々歳さ!」


「それで相談なんだが、仮にこれで大量生産ができたら、塩の価格を下げてはもらえないか?もちろん、無理のない範囲でだ。これから塩の消費が増える予定でね。価格を下げる事で、より使いやすくなって助かる者達も増える。そうなると更に塩もよく売れるようになるし、君たちにも損にはさせないから。どうだろう?」


 赤木が事前に話をつけ、関係者を集めて交渉の場を作り、東馬が改善策と交渉を進める。


「う~ん…今でも塩の値なんざ安いくらいだからなぁ。俺らも食ってかなきゃなんねえ。あんまり値が下がるのもなぁ…」


 塩作りの親分的な男が渋る。


「それなんだがな、塩の値が安いってのが本来なら異常なんだよ。塩というのは人が生きていく上で必要なものなんだ。塩が足りなくて命を落とすこともある。この国では塩が簡単に作れるからあまり実感はないだろうが、海の無い国では塩の確保は死活問題になる程重要なものだ。この国もいずれ他所の国と貿易することになるだろう。その時は今のうちに蓄えた塩作りの技術が必ず役に立つ。しかし、国の取引材料が塩だけでは駄目だ。それしか取り柄がないとなれば、きっと商人達は足下を見てくるだろう。他にも強みを持たねばならん。その為にもまずは国内で塩を使いやすくする必要があるんだ。だから、頼む!悪いようにはしない。力を貸してくれ!」


 東馬が頭を下げた。

 赤木も一瞬驚くが、東馬に倣い頭を下げる。

 男達は動揺した。

 当然である。自分達のような下の者に立派な身分の者が頭を下げるのだ。


「頭を上げておくんなせぇ。そんな事されちゃ話もできねぇや。」


 一人の男が声をかける。


「そもそも、他所の国じゃあ塩はいくらになるんで?それに、売れるようになるまでにどれくらいの辛抱が必要になるんですかい?何もわからねぇままじゃ俺ちゃどうにもできねぇよ。」


「そうだな、五兵衛の言うとおりだ。この新しい作り方にしたってどのくらいで身に付くのかもわからねぇし…」


「そうだなぁ…」

「大して作れねぇで値を下げられてもなぁ…」


 赤木が口を開く。


「心配はいらない。少なくともお前達の今の生活は保証する。その上で更に多く作れた分の買い取りもする。」


 東馬が続ける。


「塩の値だったな。これは一括りにいくらとは言えないが、高い所では米より少し安い程度くらいかな?実際に商人に売る時の値はそこまでにはならんだろうが、少なくとも、今よりも遥かに金になるのは間違いない。他国との取引もハッキリいつからとは言えないが、殿を始め、我等もそうした準備をしている。そもそも他国との取引がなくとも、今後は国内での消費も増える。間違いなく今よりも暮らしぶりは良くなる。作り方の指導も今後していくが、今と労力としてはさほど変わりはない。使う道具も特別大した物はないし、新しい道具作りもこちらでサポート…いや、何とかする。だが、まぁ、そうだな。少々事を急ぎすぎた。値がどうこうと言うのは後にしよう。まずはやってみてくれ。無論、給金は出す。君たちからの答えはその後で良い。それでどうだろう?」


 しばしの沈黙。

 最初に手を上げたのは、五兵衛と呼ばれた男だ。


「俺はやるぜ。悪い話とは思えねぇ。お武家様に頭まで下げられたんだ。ここでやらなきゃ男じゃねぇや。」


 五兵衛は東馬をまっすぐに見据えた。


「神代様でしたかね?信じやすぜ。がっかりさせねぇでくださいよ。」


 目は真剣そのものだった。


「当然だ。私も刀だけぶら下げているわけではないと証明してみせよう。」


 東馬の冗談に五兵衛は顔を綻ばせる。

 そして親分格の男が告げる。


「茂吉、六太、お前らも手伝え。他の奴等は今まで通りだ。皆でそっちにかかっちまうと今使う塩がなくなっちまう。神代様、それでよござんすね?」


「恩に切る。」


 東馬と赤木は再び頭を下げた。


「こちらこそ、よろしく頼みます。」


 男達も揃って頭を下げた。




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