仕官
「私がこの国に仕官?」
城の本丸、謁見の間。
大名の高峰誠二郎宣頼、家老の北見源太郎信親、剣術指南役の瀬田正三郎宗晴の三名が、ただ一人、神代東馬を見据えている。
東馬の問いに口を開いたのは高峰だ。
「左様。この国はこれから自らの足で立とうとしておる。これまでは南の江狩との同盟を重んじる余り、思うように政事ができなんだ。国の守りを担ってもらう代わりにかなりの貢物を要求されていたからな。国が富めば、その分多く要求されてきた。それ故に、先代はあえて開発はしなかった。幾らでも要求をのめてしまうと知れれば、それは節操なく増え続けるであろうとな。だが、ワシの考えは先代のそれとは違う。要求は突っぱねるつもりじゃ。なにも江狩と事を構えようというのではない。ただ守ってもらってばかりで、実質従属するのみではいずれ限界も見えてこよう。ゆえに、国力を上げ、互いに対等な立場で話せるようにしたいと思っておる。それが互いの為なのだ。背負われてばかりでは足腰も弱り、いずれ己の足で立てなくなるであろう。背負ってばかりでは足を痛め、やはり歩けなくなる。共に立つことこそが肝要なのだ!」
高峰は身を乗りだし、東馬に強く迫るように力説した。
「いかにも、殿の仰る通りかと。しかし、何故どこの馬の骨とも知らぬ私などに?」
次に答えたのは北見だ。
「東馬殿、我が屋敷で酒を酌み交わしながら話した内容は覚えておろう?あ、いやいや、覚えておらずとも良いのだ。どれもまことに新鮮であった。そこもとにとっては取るに足らぬ事であろうと、我等にとってはちと異なるのじゃ。我等はあまりにも外の事を知らぬ。街の作りやら堤防の作り、街道の重要性から国の守り方ですら足らん。これまでの開発をしなかったのもそうじゃが、かつて当家にあったあらゆる書物は江狩に接収され、そればかりか人や物の流れすら制限されたしまったからの。かといって、北の珠水に頼るわけにもいかん。我等と対立こそしてはおらぬものの、珠水と江狩は敵対しておる。江狩の怒りを買うわけにも行かぬ。今ある人材で何とかせねばならぬというに、その肝心の我等が力不足では話にならん。だが、御主は違う。その知識と経験を、当家の為、能賀の為、ひいては民の為に生かしてはくれんか?」
北見までもが身を乗りだし東馬に迫る。
更に続けるのは瀬田だ。
「北見様の仰られた通り、我等には国力が足らぬ。物資は無論のこと、武力でもだ。質は悪くない。一芸に秀でる者は少なくないのだ。だが、経験がまるでない。先代の頃より戦がないからな。一見平和なようではあるが、そうではない。八渡めの策謀によって戦う体力も力も削がれているに過ぎん。現に演習ですら敵対行為として見られる始末。だが、貴殿はどうだ?先日の道場での試合、あの落ち着きにあの動き。実戦を知る者と見て間違いない。神代殿、貴殿が望むのであれば、指南役の座を今すぐに譲っても構わなん。どうかこの地に留まってはくれんか?」
瀬田はまっすぐに東馬の目を見つめた。
「大した禄は出せぬが…」
再び高峰だ。
「だが、出来る限りの事はしよう。」
「足りぬならワシの禄から削れば良い。千花と二人、暮らしてゆくには十分過ぎる程じゃ。」
と、北見。
「それはなりませぬ。ご息女はお身体も弱く、医者や薬と先立つ物も必要でございましょう?某の方こそ娘と二人、道場一つあれば何とでもでもなり申す。」
瀬田が北見を遮る。
「いや、しかし…」
「なりませぬ。家老としての品格も…」
「それよりもまずは…」
「さりとて…」
いつしか北見と瀬田の口論となってしまった。
「神代、当家のような田舎大名では不満もあろうが、僅かばかりでも力を貸してはくれんか?今この国は活気に満ちておる。その力の矛先を指し示してさえやれば、必ずや国は栄え、民は豊かになろう。この通りだ!」
高峰が頭を下げると、北見と瀬田もそれに続く。
「頭をお上げ下さい!御殿自ら私のような流れ者に頭を下げるなど、勿体のうございます…わかりました、私の負けです。そのお役目、僭越ながら勤めさせていただきます。」
東馬が苦笑しながらそう答えると、三人は顔を見合せ喜びあった。
「しかしながら、幾つか条件が御座います。」
「何なりと申すが良い、と、言えれば良いのだがな。お手やらかに頼むぞ。」
安心したのか、高峰は軽く冗談を言う。
「はい、禄は己一人食べるに困らなければ良いので、北見様の分はそのままで。」
北見は何か言いたげであったが、とりあえず黙って続きを聞く事にした。
「いつまで勤まるかも分からぬゆえ、御指南役などと御大層なお役目は御勘弁を。」
瀬田は少し残念そうにすら見える。
「それから、屋敷を一つお借り願えますか?小さな庵で良いのですが…」
「いやいや、そのままワシの屋敷に居れば良いではないか?何か不満でもあったかな?あるならば…」
北見がやや慌て気味にまくし立てるのを、東馬がやんわりと遮った。
「いやいや、不満などあろうはずもございません。とても良くしていただいております。ですが、さすがにお役目を仰せ使っている者が居候では格好がつきませぬ。他の方々の目もございます。いつまでもご家老様の御屋敷にあっては、あらぬやっかみの種ともなりましょう。」
「ううむ…そうか…そうか…ん~……」
北見は煮え切らない返事をする。
東馬が出て行くとなれば、千花が寂しがると思ったからだ。
「それと、最後に一つ。先程申し上げた通り、いつまでお役に立てるかはわかりかねます。何卒、御容赦を…」
「理由を聞いても?」
「私は魑魅魍魎、悪鬼羅刹の類を呼び寄せる体質のようでして。あまり長く留まっては、御迷惑になりますれば…」
頭を下げる東馬。
「なんと!…まことか?」
三人は驚いて目を見張る。
「はい、嘘偽りはございません。旅を続ける理由の一つにございます。北見様の御厚意をお断りさせていただくのもその為にございます。」
唖然とする三人に、東馬は努めて明るく付け加えた。
「あ、でもご安心下さい!そうそう頻繁に現れるモノでもありませんし、多少のモノであれば問題ありません。皆様に御迷惑をおかけする程のモノなど、滅多な事では現れませんし、出てくるにしても予兆がございます。その際には、ご挨拶も無しに早々にお暇いただきますこと、お許しを。」
東馬は再度頭を垂れる。
嘘だった。
確かに手に終えない程の相手は滅多に出ない。
それこそ、何百年、何千年、はたまたそれ以上出て来ないのがほとんどではあったが、早くて数日と、日を空けずに現れる時もあった。
そして、前触れもあったり無かったり…
「神代殿は、悪鬼や羅刹といった物と斬り合いをなさったのか?」
「はい、幾度か。」
これも嘘。
数えきれない程の物怪と対峙してきた。
「成る程…それでは人が相手では動じぬのも納得だ。」
瀬田が半ば自嘲気味に苦笑する。
「御自身を卑下なさいませぬよう。瀬田様の技、実に見事であった事に間違いはありません。共に切磋琢磨できたならばと、悔やまれてなりません。」
東馬が真剣な眼差しで瀬田を見つめ、瀬田はその視線に己の浅はかさに気付いた。
『己を卑下するのは、己に敗れた者達をも卑下する事になる』
そう言われた気がした。
「すまん、お主に敗れ、少々卑屈になっていたようだ。いかんな。」
東馬が優しい笑顔を向ける。
「そうだ!空いている屋敷があったぞ!元の主は沢那というものなのだが、変わり者でな、ほとんど山中の別宅で過ごし城下の屋敷は使っておらん。今は婿に家督を譲って少し前に他界したが、その男も変わらずに山中におる。時折家の者が掃除に来るくらいのものだ。うむ、あそこならワシの屋敷からも目と鼻の先、貸してくれるよう、すぐに聞いてみよう!」
突然、北見が思い立ったかのようにまくし立てた。
「もしや、その婿とやら、二階堂龍厳では?」
「ん?知っておるのか?」
「はい、昨日まで共におりましたゆえ。古い友にございます。」
「なんと!と言うことは、志達村に行っておったのか!?いやはや、それは奇遇。なんと良き縁もあったものだ…」
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当然、屋敷の使用はすぐに許可された。
しかし、長年ほぼ放置されていた為、所々修繕が必要で、東馬が移り住むには一週間程を要した。
…はずだったのだが、龍厳が村の手の空いた者を引き連れ手伝いにきたり、北見が街中の大工を集めて突貫工事をしたりで、4日で修繕は完了した。
北見は千花から、「なぜそんな事して東馬を早く追い出すような事をするのか?」と静かに詰め寄られたりしたのだが、「早く公務に取り掛かってもらいたいから」と説明するより他無かった。




