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志達村 ~後~

 翌日、東馬は忠儀と雪に稽古をつけていた。

 二人ともその腕前たるや中々のもので、忠儀は緩急織り混ぜた何とも捉えようのない、それでいて正確な技を次々と放つかなりの技巧派であり、また、距離に応じてアッサリと得物を手放し、近ければ懐刀、遠ければ手近な鍬や鋤、時には投石や目潰し等も仕掛けてくる大胆さがあった。

 雪はむしろその逆とも言ってよい程に実直な戦い方をした。腕力勝負になりやすい至近距離での闘いを避け、取り回し易いよう短めに切り詰めた槍や薙刀、杖を好んで使い、一定の間合いを保つことに長け、相手の攻撃に合わせた交差方を得意とした。


 早朝から半日ほど兄妹と打ち合っていたが、息一つきれていない東馬に対し、二人は既に痣と土にまみれていた。


「はぁ…まったく手が届く気が致しませぬ。父上の仰る"風雲雷雪"とはこの事なのですね。…ふぅ~冷たい!」


 熱くなった身体を冷やそうと、井戸水を頭からかぶりながら忠儀がぼやいた。


「"風雲雷雪"?」


 縁側に腰掛けた東馬が訊ねると、杖にもたれ掛かりながら息を切らしていた雪が答えた。


「父上が東馬様の技を語る時にお使いになられる言葉でございます。『打ち合おうともそれは風のように手応えがなく、攻めようにも雲を相手にするかのように見えども届かず、攻められれば見えずかわせず雷の如く、しかしてその心は雪の如く静か』…私共の目指す所ではございますが、未だ遠く及びません。」


 そう言ってまた項垂れた。


「そのように例えられるとは気恥ずかしいものだな。だがしかし、お前達も中々の達者だぞ。ここまでやれる者はそうそうおるまい。」


 東馬の率直な感想だった。


「はぁ、しかしかの風神様には勿論の事、当家の御老体にすら歯が立ちませぬ。我等兄妹、互いに工夫や鍛練を怠らず研鑽を積んでいるつもりではございますが…」


 忠儀は少し自信無さげに答えた。


「それは相手が悪いのだ。龍厳は師事するには逸材と言っても良いと思っている。…まぁ、少々言葉は足らぬが。教わるには良いのだが、試合うには向かぬ。」


「体格差、でございますか?」


「それもある。加えてあやつは技術もあるわりに加減が下手だ。故にあれにとって軽い一撃のつもりでも、それは受け手には重い一撃となる。それを止めようと思えば当然しっかりと踏ん張らねばならないし、流そうとしてもすぐに二の手、三の手を繰り出されてはやはり動けなくなる。詰まり、強すぎるのだ。」


「強すぎる?」


 東馬は小さく頷き、話を続けた。


「己より僅かに強い程度が良いのだ。互いに一本取られたら次は取り返す。そのくらいが互いの得手、不得手を学び体感するには丁度良い。龍厳相手では取られるばかりだろう?相手の強さばかりが目立ち、己の何処を正せば良いのか解りにくくなってしまう。ま、必ずしもそれが悪いわけでもないがな。あれも口頭や模範での指導は上手いのだが、加減がなぁ…」


 三人は顔を見合せ苦笑した。


「だが気にするな。解っていようが、お前達に求められるのは確実に生きて戻る事だ。何かを得た所で、それを持ち帰り伝えなくば意味がないからな。」


 雪はともかく、忠儀は隠密としても働いていた。

 本来、武家である二階堂家の者のする事でもないのだが、龍厳の「最も優れた者が棟梁であるべき」との信念から、忠儀は武士としても隠密としても勤めを果たしてきた。


「なに、殺そうと思えば手はいくらでもある。正面きって戦わずとも、奇襲、毒殺、集団で囲んでも良い。だが忘れるな。やるならば確実に屠れ。手負いだとしても決して油断はするな。死狂いの者ほど厄介な者はいない。逆も然り。敵わぬ相手から逃げられぬのであれば、いっそ腹を決めてかかれ。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあろうというものだ。」


「肝に命じておきまする。」


 兄妹は深く頭を下げた。


「いずれにせよ、敵わぬならば逃げるに越した事はない。戦略的撤退というやつだ。三十六計逃げるに如かずってね。」


 東馬は笑って見せたが…


「三十六計?申し訳ございません。不勉強ゆえ…」


 兄妹は顔を見合せ、教えを請おうとしたのだが…


「あ、いや、気にするな。さて、そろそろ休憩も終わりだ。続きをやるぞ。」


 半ば強引に話を逸らした。


 丁度そこに、龍厳が帰ってきた。

 早朝から山に行くと言っていたのだ。

 その背には腹を裂かれた大きな熊を担いで。


「どちらが龍厳だ?」


 東馬が小声で言うと、忠儀がプッ吹き出し、雪が後ろを向いてクスクスと笑った。



 _______________________________



 それから数日間、屋敷の庭のみならず、山や川、屋敷の屋根の上などでも昼夜を問わず稽古は続いた。




「明日、立つよ。世話になったな。」


 夕餉の最中、東馬が切り出した。


「あらあら、いつまでもおいで下さればよろしいのに。」

 と、春。


「母上、殿が東馬様にお会いしたいと仰せなので、いつまでもお引き留めするわけには御座いますまい。」

 と、忠儀。


「お兄ちゃん帰っちゃうの?次はいつ来るの?」

 と、東馬の胡座の上に座る甲太が顔を見上げる。


「おしゃけどーじょ」

 と、柚が酌をする。

 甲太よりも柚の方が一つ上なのだが、舌足らずなのを気にしてか、打ち解けた相手にしか自分から話そうとはしない。


「あぁ、お前達も元気でな。爺様に負けないくらい強くなるんだぞ。」


「しょれはちょとむじゅかちい。こーたはナスたべられないから」


「柚は肉食えないじゃんか?」


 子供二人の可愛い言い合いを皆が微笑ましく見守っている中、雪だけがチラチラと東馬に視線を向けていた。




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