ここはどこ?
この獣人の集落は、古くからヒトとよりも異人との交流がある。
代表格はドワーフであり、建物・施設・設備の多くは彼らの作品だ。ドワーフたちが現地で作業しやすいようにと、集落には工房も備えられている。
この集落に来てからアイは、専ら件の工房へと足を運んでいた。
リヒトの移植に向けて、予備にと色々用意と作成をしていたが、それらが杞憂であったのは幸いである。
だが、そのおかげで彼は工房の勝手が分かるようになった上、思い出したのだ。
最初の養父のことを。
そして、この集落が彼の第二の故郷であったことを。
残念ながら、彼の名前は思い出せないが、それでも彼が愛していたモノは思い出す。
そう、だからこそアイも執着していた。
「リアが日本人をやめて、ウィリが毛皮を誰かに託したら…寂しくなるな」
――最初の親父が仔獅子と日本国を愛していたから、相山鏡人は救われたのだ。
リアと二人っきりでこの工房に来ていたアイは、初めてこの事実を彼女に告げていた。
「え…じゃあ、ここは…この地域は、元日本ですか?」
アイの告白にリアが驚愕の声を上げるが、彼は直ぐに首を横に振って否定する。
「違うよ、日本は消滅したんだ。この地域は日本じゃない。ただ…えっと、どこだったかな…最初の親父に連れられて…船だったのは覚えてるんだけど…多分一ヶ月くらいかかったんじゃないかな」
『消滅』という単語にリアは反応しかけるが、アイが言うならば、恐らく物理的になのだろう。
「だからさ、洞窟もいくつか心当たりあるんだ。地形なんてそうそう変わらないし」
「日本人らしからぬ発言ですね…地震とかあるじゃないですか…」
「地震! そっか、あれはたしかに地形が変わるな…なかなか怖いし。……でも何で日本人?」
「日本は地震大国だったんですよ」
恐怖の顔の後直ぐに、アイはキョトンとした顔へ変化し首を傾げた。
どうやら彼はあまり地震を体験していないようだ。
リアの前世では、何万もの死傷者を出した規模の大地震が、彼女の記憶だけでも六つはある。津波と火災旋風の恐ろしさを知るきっかけにはなったが、幸いにも被災を体験したことはない。
日本は火山地帯でもあった。火山の噴火の恐ろしさもまた、彼女は体験しては居なかったが、富士山の麓の市町村に住んでいた頃は、『噴火と溶岩の夢』でよく魘されたモノだ。
日本人ならば、大人になるにつれて嫌でも地震は自覚し、馴れていくモノだろう。
「そう考えると尚更、この地域は地震なんてほとんど無いから、地形は変わってないかも」
「そ、そうですか」
アイは安堵したのか笑顔になるが、彼の発言と気候で大分地域が絞られる気がした。
地球の地軸の傾きが変わっていなければ、この地域は元ブラジルかアフリカ大陸の可能性が高い。
そういえば、刺激毛を飛ばすオオツチグモは南北アメリカに多かったはずだ。
もしかしたら、元ブラジルなのか…?
そこまで考えて、リアは王都の図書館で世界地図が載っている資料を読んでいなかったことに気がついた。
この世界の人は『他に興味を示さない』。
地図の作成は高度な技術を要するに上に、赴かなくては基本できない。そのことを考えると、この世界には『世界地図』は存在していない可能性もあった。
――三十八万年くらいでは、大陸移動はほとんど起きていないだろう。
せめて今リアが居る場所だけでも分かる、旧世界の地図を見る機会があればと彼女は思う。
「あと、化物の具体的な大きさが知りたいんだけど…偵察に行くしかないか」
「意外です。『共感』するかと思っていたのですが」
「それは無理だよ。脅威に遭遇した人は、目をそらしたり、閉じたりしちゃうからさ。勿論、本職の人は違うだろうけど…だったら自分で見に行った方が速いし、確実だ」
リアの疑問にアイが即座に応えてくれる。同時に、彼ならば偵察時に化物を斃すこともできるはずなのだ。そうしないのは、リアとリヒトのためにはならないから。化物を退治する商いを良しとはしていないからだろう。
「すみません、アイさん」
「へ? 何が?」
「全部です。アイさんを巻き込んでしまっていて…」
最初に出会ってからずっと、リアはアイに助けられている。彼が居なくてはリヒトを救えなかったし、化物に対してこうも落ちついていられるはずがない。
だがそれは、アイに負担がかかっていることに違いなく、彼の正体を晒す危険を孕んでいることに他ならない。
リアからアイへの謝罪は当然であったが、彼には享受できなかった。
「オレが好きでやってるんだぞ。それに、オレこそリアにお礼を言わなきゃって、ずっと思ってた。色々な景色を久しぶりに見られたし、たくさんのモノを作成できた。そして最初の親父の故郷にも戻ってこられたんだ。こんな最高なこと無いぜ? 大切な思い出だって再認識できた。オレはリアが大好きだ。リヒトも大好きだ。リアに出会えて本当に良かった」
真っ直ぐな彼の言葉にリアは驚嘆し、目を見開く。そして微笑みながら、改めて彼に言った。
「ありがとうございます、アイさん」
「オレこそ。ありがとう、リア」