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飽く気なし

 リアたちはまず、自分たちが泊まる宿屋へと案内された。


 生活水準を下げていると言っていたが、リアが王都で宿泊していた宿よりも、質はずっと良いと彼女は感じる。

 その大きな理由は、恐らく建物から漏れる気配の量だ。王都の図書館や城と同じく、建築に異人(ドワーフ)が携わっているのは明白であった。

 宿屋に私物を預け、あぴす に連れられて集落の各地へ足を運ぶ。

 ウィリディスはテトラの前ではヒトに慣れている普通の獅子となっているので、彼は獅子の姿のまま宿屋で留守番となった。日頃、工房第九番の番猫を努めている獅子だからか、とくに不満も見せずに、ちょこんと座って見送られたのが、とてもシュールで可愛いとリアは思う。


 向かった先で、種族様々な妊婦が笑顔で出迎えてくれたのは印象的であり、全員、美人であったのが更に拍車をかけた。

 ……が、魅せられていたのはリアくらいであったのが、彼女は解せなかった。

 リヒトたちは美人に見慣れているのが羨ましい。アイに至っては、皆同じ顔に見えているのでは無いかと勘ぐってしまう。


 あぴす の口から、できれば集落の診療所で出産して欲しいこと、胎盤と臍帯の譲渡を願い出たところ、妊婦たちは快く了承してくれた。

 リアは『診療所』があることに内心驚いていたが、恐らく『異人』向け、または怪我や、正に出産に備えた施設なのかもしれないと考え直す。



 件の診療所でリヒトも含め、皆待機していた方が良いだろうかという話の中で、早速、産気づいた妊婦が現れたと一報が入った。

 その一報を運んだのが、まさかの一羽のコウモリであったのが、また驚嘆であった。

 あれだけ「コウモリを運搬に使うな」と言っていた くろー からの手紙がコウモリの足に括り付けられていたと言うから、一同は苦笑してしまう。


「ああ、アレが『つんでれ』なのかな?」と呟いたアイの言葉を無視して、リアは皆と共に慌ただしく移動・準備を開始した。


***


 今回の『臍帯血』は使うことができなかった。

 テトラが名付けて命じたが、『臍帯血』がリヒトには合わないと判断し、示したのだ。示す手段として、彼女は液体から固体への相転移を選んでいたため、見た目で分かりやすい。


 リアは、改めてテトラの能力の範囲に驚かされる。

 彼女が認識した範囲ならば、液体であろうが()体になりうるのだ。

 この方法で振り分けをしていき、リヒトに合う『臍帯血』を得た場合、更に『臍帯血』に対し、移植に必要・不要な成分へ分離するよう命じることになる。『私』の世界では、特殊な成分等を加えて遠心分離機にかけていたことが、言葉ひとつで終わってしまうのだ。

 この命令が有効なのも、この集落にくるまでの旅で実証済みであった。

 そうして得たモノを術式で冷凍させる予定だ。

 そのための保管容器もアイが作成してくれている。

 リヒトへの移植時期は、一定量の臍帯血を得てから。そして、エメムの破壊命令と同時に移植することになる。


 幸いにも、後日以降も次々産気づいた妊婦が診療所に赴いてくれた。

 使える臍帯血は、多くは無かったが、着実に貯まり…リヒトは五日後に一度移植を受けることになった。


 王都への連絡等もできないまま、時はあっという間に流れていき

 

 ――八日後、リヒトの体からエメムは消滅した。



***



「……やっぱりゴ…エーテイア、返却した方が良いと思うんだけど」


 リヒトは本日、何度目かわからない同じ言葉をアイに言った。



 アイにテウルギアを装着してもらい、三日程で、真っ黒な異物が自身の体から生み出されたのを見たリヒトは、それは大変な衝撃であったのを覚えている。

 アイに泣きつくように質問したところ、それが結晶化した『エメム』であると教えられたのだ。

 結晶はエメムの侵食具合で変色し、初めは黒、次は白、やがて黄色になって最終的には『紅』になる。それは、体内を廻る血液を思い出させる色だが、比較してみると全く異なっていた。

 アイが実際に見せてくれた彼の『エメム』の結晶は、恐怖を感じる程の美しさであった。


「黒いなら寧ろ正常だよ。白くなった時点でもう、駄目らしいけど」


 アイの言葉が、リヒトは耳から離れない。自身の残り時間を心配するよりも、アイが既に時間切れであるという事実を痛感せざる得なかったからだ。



 テトラがエメムの破壊を命じてから七日経つ。テウルギア(ゴエーテイア)は、結晶化したエメムを吐き出すことはない。

 エメムが巣くっていた時に使い放題だった術式も、今では自身の気の保有量しか使えないことをリヒトは自覚していた。

 一度は離れた腕を失うかと思っていたが、移植された獣人の血のお陰か、はたまた毎日摂取している牛乳のおかげか、その絶望的な気配はない。むしろ、筋力は上がり、使いなれていた剣を軽く感じるほどだ。


 だからこその冒頭の発言であった。


 しかし、一見楽観的なアイは首を縦には振らなかった。「念のため、あと数年は身に付けていて欲しい」と懇願までする。

 エメムが居ない身体に、テウルギアは毒でも薬でも無い。少し厳つい装飾具だ。しかも普段は服に隠れている位置、私生活において確かに問題は皆無なのだ。リヒトにはこれ以上の意見はできない。

 本日何度かの「…わかった」という彼の不本意な返事に、アイは苦笑するしかなかった。



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