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獣人の集落

 シーナは言っていた。

 

『めぇるかいは全ての感覚が平等になる空間(せかい)』だと。

 

 その様な空間を作れるとは、『私』には思えなかった。

 あるとすれば、末梢神経に障害をもたらす食用の草が存在し、地域に群生しているため、皆が口にするとか……?

 ただし、『毒』などが効きづらい獣人たちがソレに陥るのは無理があるともリアは考えていた。


 しかしその疑問は、現地にそびえ立つ巨樹を見上げた時に吹き飛んでしまう。

 幹周も高さも恐らく五十メートルを超えているだろう。元が何の種類の樹かは、『私』の知識ではわからなかった。少なくとも、日本には自生するタイプではないと思われる。

 その樹の前で立ち尽くしていたリアに、シーナが声をかけた。


「これは、生命(いのち)の樹と呼ばれています」


「いのちのき? ……創世記の?」


 獣人の――世界の概念の一つが『智慧の樹』と呼ばれている時点で、リアには引っ掛かっていた単語であった。

 『私』の時代では有名な宗教的名称だ。最初の人間が失楽園した原因であるのだから…。同時に『生命の樹』も外せない。


「……いえ、獣人の始祖が植えたとされていますが、世界が生まれた時にあったものとは別です…別と言いますか、その挿し木ですね」


「挿し木って…」


 シーナは表情を変えずに告げるが、その内容にリアは顔をしかめる。

 旧世界(過去)に神が存在していたのはテオスたちの存在から間違いない。

 しかし、それは多神教に出てくる神々が該当すると思っていた。唯一神と崇められていた神まで存在していたのだとすると、尚更、旧世界が失くなった原因ではないかと勘ぐってしまう。三つの宗教の共通神であり、世界の大半はその信者だった。


「『貴方』は少し、勘違いされているようです。ですが、私も完全に説明できませんので。確かなのは、獣人の各集落にはこの樹が植えられているということでしょうか。集落にするために植えたのか、植えてあったから集落にしたのかは不明ですが」

 

 シーナの言葉は、『私』の考えを否定している。確かに『生命の樹』という名称だけならば、別の神話や信仰でもよく使われていた。

 世界樹(ユグドラシル)や、聖樹(セイバ)、ガオケレナだってある。


 リアは『感覚平等』の原因は、この樹でないかと感じていた。

 この樹の根は想像以上にこの地を這っているだろう。周辺の木々と根が合体しているだろうし、もしかしたらその木々は子や孫()かもしれない。更に奥、山々の森林へ続いているとすれば、地質、水質にも影響を与えそうだ。

 シーナの話では、季節によっては花が咲き、その花にミツバチも群がるという。そのミツバチの蜜を獣人が摂取する機会もあるらしい。

 少なくとも『毒』ではないのだろう。


***


 めぇるかいに着いて、シーナに案内されたリアたちはまず、集落の現責任者とされる牛の獣人を紹介された。

 半獣化していた牛の獣人は、ヒト化したウィリディスよりも大柄な男性であったが、キャソックの様な黒い服を身に付けており、物腰は柔らかい。それでも威厳に満ち溢れていた。

 薄茶色い短髪の間から、濃色の角が二対主張している。そして黒真珠の様な瞳に、その顔はまたも美形。リアの『獣人皆美形説』に信憑性が増した瞬間であった。

 真の名は教えられないとのことで、『あぴす』と呼んで欲しいと牛の獣人は告げるが、その横でテトラが嗤ったのがリアには印象深かった。真の名が読めたのだろうと、リアはあまり考えずに あぴす を見直す。彼の笑顔は美しい。


 あぴす は歓迎の意を表し、めぇるかい――獣人の集落について簡単な説明をしてくれた。

 シーナから聞いていたことがほとんどであったが、立ち寄って欲しくない場所、危険な場所は地図を交え、具体的に示して貰えたので理解が早かった。

 同時に、この土地をめぇるかいと呼んでいるのは少数で、ほとんどの人は『らい』と呼んでいることが分かった。


「…それで獣人の妊婦ですが、出産間近の者が五名程居りまして、皆半獣で…」


 突然の あぴす の言い出しに、リアたちは驚嘆する。

 彼女らの目的をまだ何も告げていなかったからだ。

 あぴす はリアたちの反応に当然首を傾げる。そして突然、はっとした顔をすると、申し訳なさそうに呟いた。


「――恐らく胎児は十五名以上…その数の臍帯ではやはり足りませんか…」


「い、いえ、違います! 何故、我々の目的を存じているのかと…」


 リアの弁明と説明に あぴす はシーナの顔を確認する。


「らいざ…否、今はシーナだったかな。彼女から手紙があったのでこちらは把握していたのですが」


「て、手紙って、どうやって…」


 リアも慌ててシーナの顔を見るが、彼女は呆けた顔をして立ち尽くしており、暫くすると「あ」と小さく声を発した。


「皆さんに伝えるのを忘れていました。そもそも届いているのかも怪しかったので。届いたのですね」


 手紙を送る手段がいかに普通では無いのか、彼女の様子からリアたちは察する。

 あぴす はそのまま口を閉じてしまったが、テトラがやれやれと呟き、彼に問いかけた。


「つまり、貴方は我々が来た目的を知った上で、歓迎し、協力してくれると?」


「はい」


「随分気前が良いな、だが、無償(タダ)ではないのだろう?」


 テトラが率先して話しかけた理由は最後の問いかけが物語っていた。経営を行い、その責任者である彼女らしい最もの発想であった。それはリアも心配していたことであり、シーナは『利用しろ』とまで言っている。リアとしては、事前にシーナに伝えたとおり『協力して欲しい』。当然、無償ボランティアとはいかないだろう。

 しかし、あぴす は目を瞬き、その後暫く考える素振りを見せたあと、やはり、困惑した顔で応えた。


「……とくには。ヒトもしくは半獣化している獣人は、臍帯も胎盤も破棄するものです。金銭的価値を見いだせない以上、譲渡するしかありません。ああ、皆さんの滞在中は、異人向けに建てた宿がありますので、其処を利用していただき、ご負担はいただくことになります。通貨に関してはアマンダ王国のモノで問題有りません。あとは…そうですね、この集落は現在、文明水準を落としています。もしかしたら皆さんが快適には過ごせないことがあるかもしれません」


「……」


 あぴす の言葉に今度はテトラが目を瞬く番であった。

 王都の組合では、獣人を宿している妊婦の発見、申告、臍帯の提供それぞれに対価を支払う流れになっている。人数にもよるが、軍事予算の二割は使用する予定らしい。

 それが無償。

 金銭のやり取りは集落滞在費のみ。


「そ、そうか…助かる」


 率直な感想だったのだろう。テトラはそれだけ告げて沈黙した。


「では、妊婦の住まいを案内しましょう。寮に住んでいる者、集落の離れに住んでいる者も居ます。ご足労かけること、ご了承ください」


 あぴす は言うと直ぐ、行動に移ろうとしており、その様子から彼が直に案内しようとしていることがリアにはわかった。流石にそれは――と言いかけたところ、シーナに肩を掴まれ、首を振られる。


「妊婦の警戒心を解くならば、長から紹介された方が無難です」


「確かにそうかもしれないけど…でもお仕事とか…」


「私と同じで優秀な部下が居るのだろう」


 シーナとリアの会話にテトラが口を挟んだ。彼女の言葉に頷きながら、シーナも応えた。


「はい、私の手紙を橋渡しできた程ですから」


「何が橋渡しだ。コウモリを運搬に使うなと通達しているだろう」


 女性三人の後方――出入り口の扉とは別に設置されていた扉から、男性の声が響く。


 少し空いた扉の隙間から見える部屋は、『事務室』と呼ぶのが相応しい、机と棚と書類に溢れる空間であった。先の発言から、この男性が『優秀な部下』なのだろう。

 男性は色白の肌にダークグレーの短髪と瞳、服装はグラベルの様な黒い背広であったが、上着は着ていない。印象的なのはシャツの袖の縫い目が全体的にほどけていたことだ。……剣ボロの長さが脇の手前まであると言った方が分かりやすいかもしれない。彼が腕を組むとその構造が際立った。

 あぴす の様な角も見当たらず、ヒトに固定している獣人なのだろう察するが、一見では何の獣か分からない。腕を組んだ時に一瞬見えた掌が大きいように感じたくらいだ。

 ―――そして彼も美形。まだこの集落全員の獣人を見てはいないが、それでも『獣人皆美形説』は揺るがないとリアは思っていた。


「…ですが、結果的には良かったでしょう」


「当然だ。だが、これっきりにして欲しいものだな」


 憤怒を隠さない男性とシーナの会話に、リアが不安から慌てていると、あぴす が仲裁に入る。


「まぁまぁ、くろー。獣人で飛翔できる一族はコウモリだけなのだ。それだけではない。反響定位が使える種も素晴らしいし…本当に頼りにしているよ」


 あぴす の発言にリアはようやく彼―― くろー が『コウモリ』の獣人であったことを理解した。

 同時に疑問も抱く。

 『飛翔』できる獣人が『コウモリ』だけだとするならば、『鳥』の獣人は居ないのだろうか…と。

 この集落に居ないだけか、それとも獣人として居ないのか、いつかシーナに聞いてみようと彼女は思った。


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