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二十一回目

 アイが鞍を制作し終えて二日後、リアたちはめぇるかいへと向かった。

 

 シーナとウィリディスの走る速度は、体感で時速百キロ近かったと『私』は思ったが、正直なところ不明だ。

 道中の空気抵抗や呼吸に関する問題は、テトラとリヒトの術式で回避されたが、会話は当然できなかったので、リアはただひたすら先の予定を考えることで逃避した。

 シーナとウィリディスは何時間でも走るつもりであったが、途中、テトラの術式が維持できなくなることで、休憩した。――しかし、それでも彼女は、三時間は維持できる女性(ヒト)であった。

 リヒトも継続する術式は得意では無かった……はずだが、恐らくエメムの影響だろう。アイも全く息切れせずに付いて走っていることからもそれは容易に想像できる。


 テトラは世界を旅した経験からか、野宿に抵抗はないらしく、野外での就寝も食事も文句一つ無かった。

 アイが持ってきてくれた天幕(テント)と寝袋が良かったのと、彼の料理が上手だったこともあるだろう。

 リアも前世においてキャンプの経験はあったので、簡単な作業は手伝えた。火起こしに関しては、率先して行っていたので、「術式が使えるヤツが居て良かった」とアイは笑う。

 彼も近誓者の能力で、火を起こすことが出来そうだが、「炎のパンチして、火種の材料が吹っ飛んで親父に怒られて以来、やってない」との回答に、今度はリアが笑った。

 続けられた「だから燐寸作ったんだよなー」というアイの言葉に、テトラが即座に反応する。


「燐寸を発明したのはお前だったのか!」


「いや、オレじゃないけど…最近作り始めたのはオレ。親父にもいろいろ聞いて試行錯誤したからやっぱ、オレじゃないか…」


 アイの曖昧な答えにリアは苦笑するしかなかった。


 アイが旧世界のモノを作る切っ掛けは、主に『ソレ』が無くなってしまった時だ。

 彼の家には、彼が回収した旧世界の遺物が多く保管されている。この間、リアが発見した『USBフラッシュドライブ』もその一つであった。

 アイは『大いなる神の時計』が停止したであろうソレらを眺め、模倣するのが好きらしい。停止されたモノの中には停止が解除されるモノもあり、(アイは、解除されるモノは疑似近誓者の力だと思っているらしい)解除されたモノはやがて崩れて無くなってしまう。彼はそのモノの再誕を願い、再現を行うわけだ。

 王都の音楽家たちの楽器や、ルートの硝子道具、燐寸はその結果であり、産物であった。

 ……リアの弓もやがて大地に還るのかもしれない。嘆いていた彼女に、アイはいつか弓を作成してくれると約束してくれていた。

 

 テトラとアイの押し問答は、今度、組合で燐寸を木箱いっぱいの量で発注するということで話がまとまったあたりで、蚊帳の外になっていたリヒトは残念そうに告げた。


「『火』は自信あったんだけどなぁ」


 そうだろう。この世界ではまだ火起こしは難儀な作業だ。だからこそ、術式で火を起こすことは切望され、重宝されているのだ。

 リアの『炎』に関しては、術式ですらない。


「わ、私のは不正行為だから! リヒトは本当にすごいよ!」とリアは即座に反論し、リヒトの腕を取り、話の輪へと引っ張り込んだ。


 その言葉に当然、アイとテトラは首を傾げる。

 

 リアの事情を知っている人々の現状を整理しよう。


 リアが転生していることを知っているのは、リヒトとシーナとアイ、そしてテトラだ。その中で、彼女の前世の実情を把握できているのはアイだけと言える。

 そして、彼女が『天界の盗火』であると知っているのは、リヒトとシーナ、そしてルートだ。王族や近誓者に関しては、その事実を知らなくても対象者への好感度が上がる。今考えれば、気難しいテトラがこうもリアに親切なのは、この効果なのだろう。

 『天界の盗火』に関しては、これ以上知る人を増やす利点は無い。既に王族ではないと思っているテトラであってもそれは変わらない。

 だが、転生者であり、前世の知識を伝えることは辞さない。

 テトラの『理解』できる知識が増えれば、彼女が命じられることも増えるのだ。

 当然、彼女の脅威も増すことになるかも知れないが、それでもリアには分かる。彼女は道を踏み外すような人ではない、と。

 

 リヒトのエメムも取り除くためにも、テトラの力は絶対条件なのだ。


「……テトラ様、折り入ってお話があるのですが…」


「唐突だな。何だ?」


 傾げた首を逆方向に捻りながらテトラが応えると、リアは躊躇わずに続ける。


「私が転生している存在なのは…ご存じですよね?」


「ああ、『リア・リオネ』を完全に把握できない以上、そなたの『精神』は別人だろう。転生した(前世)者の意識なのだということは分かる。だが、『そなた』が何者かも解せないぞ? ライオネは少なくとも二十一回目の転生者だ。前世の名前が多すぎるし、読みとれない言語も多い。『そなた』が何番目かも分からないしな」


 リアとテトラの告白に、リヒトたちは驚嘆したが、それは『私』も同じであった。

 リアの前の生は当然、『私』だと思っていたからだ。


「偶然、『そなた』の『精神』が(まさ)ったのだろう。精神は統合・分裂するらしいからな。私も過去に精神が五人混在して現れる人間を見たことがある。男の肉体なのに女性や女子、赤子の精神まで居た。苦労しているようだったがな」


 『解離性同一性障害』の様だな、とリアは思う。

 だがあの症状は、長期間極度の精神的肉体的苦痛から逃れる手段として、解離しようとした結果、人格が形成される……といった分析がされていた。

 そこまで考えてから、『私』が目覚めた切っ掛けも大差無いことにリアは気がつく。

 ずっとリアは自分の存在に苦痛を感じ、喘いでいた。引き金(トリガー)が引かれた原因は、嫌悪する物体(クモに似たザトウムシ)の出現と死の自覚だ。

 もしかしたら、いつの日かリアが目覚め、『私』は眠る……もしくは消えるのかもしれない。


「…すまない、話の腰を折ったようだな。それで、『話』とは何だ?」


「…リヒトが元に戻る確率を上げるためにも、『私』の――前世の知識をお伝えしたいのです」


「私に理解して欲しい、ということか」


 テトラの機嫌は悪くなるどころか、上々しているようであった。

 未知のこと知りたがるのは『変人』扱いされると、リアに説いていた彼女であったが、どうやら彼女も例外では無かったらしい。


「構わん、『そなた』のことを知る良い機会だ。折角だ、『そなた』の真の名を教えてくれれば、理解も深まるぞ?」


「…それは、すみません。アイさんにあげてしまったので」


 返答とは裏腹に、リアは嬉しそうな顔で悪びれる様子はない。

 テトラは数度目を瞬くと、「本当に強敵だな…」と小さく呟き、リアの肩を叩いてアイたちから引き離した。



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