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契約書

 リアの独り言でほとんどの時間を費やしたため、テトラへの対策として事前の打ち合わせは皆無であった。契約内容についてもリヒトと全く話していない。

 自身の閃きと、突然の訪問者と喜びに、この問題をすっかり忘れてしまっていたことを、リアは激しく後悔しているところであった。


 部屋の中央にある大きな長机。その上座にはテトラとテオス、下座にはリアとルートが座っており、更に彼らの後ろにアイとリヒトは立っていた。

 テトラは組んでいた足を崩すと立ち上がり、持ってきていた契約書を机の上に広げる。

 契約書は羊皮紙一枚でできており、大きさはA4サイズ程。書かれている文字は達筆すぎてリアにはよく読めなかった。


「先日のライオネとの契約内容を提示した。間違いがないか確認してくれ。問題が無いようなら下に署名を。私のは既に書き込んである」


 リア以外の男性陣が各々顔を出し、契約書を覗き込む。

 あの場に居たアイは契約内容に誤り、抜け、偽りが無いことを確認すると、直ぐに顔を戻したが、ルートとリヒト、そしてテオスは目を見開いて停止した。



 契約内容を簡単に提示するとこうだ。


一.この契約は、リア・リオネ(以下・リア)とテトラ・イディオム(以下・テトラ)間で交わされることとする。


二.内容:

・リアの名において、現エメム感染者と共に、テトラ管轄の組合で依頼がある化物を討伐すること。

・討伐は報酬後及び、リアが生きている限り継続されること。


三.報酬:

この契約が成立した時点で、テトラはリアが提示するエメム感染者一名の治療に協力すること。但し、その他追加の報酬は発生しない。


署名:(空欄)

署名:テトラ・イディオム


 

 そして、彼女らに近い男性が声を荒げてその名を呼ぶ。


「リア!」


「姉上!」


「この契約内容はどういうことだ! 俺は良いけど、なんでお前まで!?」


 座っていたリアの肩に後ろから手を置き、リヒトが彼女の顔を覗き込んだ。

 リアの顔は驚嘆、もしくは煩瑣な表情をしているかと思っていたが、実際は悪戯が見つかった時に誤魔化す子どもであった。


「リア…」


「良いの。私は『私』一人のモノじゃない。それはリヒトも同じ。『私』を救ったのだから、あなたにもその覚悟が無いとは言わせない」


 しかし、彼女の顔は大人の顔へと変貌する。十四年ではない、『私』も含めた年齢を彼女は自身の顔に刻み込んだ。だが、その言葉を聞いても納得できないモノが居る。テオスだ。


「ライオネ、君は『化物退治』を嫌がっていたではないか」


「私から申し出たのです。もし、足りないと言われた時のため、先に一番遠慮したいモノを提示しました」


「そうだったのか、それは惜しいことをした」


 テトラが実に残念そうに呟いた横で、テオスが怪訝な顔をしている。まさか、テオスも出席の場に来るとは思っていなかったので、リアにとって一番の計算外は彼であった。てっきり、ダリアが来ると思っていた。


「テオスはなんでそんなに怒ってるんだ?」


 今まで全く発言をしていなかったアイの言葉に、一同が彼を見る。そのうち数名は『相手、王子なんですけど?!』という畏怖からの牽制であった。

 言われた本人であるテオスは、全く気にしていないのか、深い溜め息は吐けど、アイに対して怒りを見せてはいない。


「…心配だからだ。彼女の身を危険に晒すのは賛同できかねぬ」


「リアが女の子だからか?」


「…そうは言っていない。だが、彼女も今『遠慮したい』とはっきり告げた。嫌なことを強要させたくないだけだ」


「別に、リアが独りでやるわけじゃないだろ?」


 その言葉にようやくテオスは気がついたのか、目を瞬いた。


「『リアの名において、現エメム感染者と共に、テトラ管轄の組合で依頼がある化物を討伐すること。』とある。リヒトの名は無いけど、『現エメム感染者』とあるから契約時点の話、当然リヒトが対象だ。それに、オレもエメム感染者なんだぜ? 勿論、オレも参加できる」


「!」


 まさか、自身がエメム感染者であることを明かすとは思わず、その場に居たほとんどの者が凍りついた。当然、テオスは驚愕のあまり声を失っている。反対にテトラは当事者であるのだから、悠然としていた。契約内容を書き起こしてきたのは彼女だから、アイがこの様な解釈をすることは想定できていたのかもしれない。


「それに、『共に討伐する』とあるだけで、他の人間が一緒に討伐しちゃいけないとは書いてない。報酬が『提示するエメム感染者一名の治療に協力する』だけだから、当然、手を貸す人は皆無だろうけど。無償で良いならお前が討伐に参加したって良いんだ、テオス」


「僕が…?」


「ああ、あと『リアの名に於いて』討伐すれば良いんだから、別にリアが実際にその場に居なくたって良い。オレが全部斃したって良いだろ? リアを危険に晒したくないなら尚更それができる」


「やれやれ、この契約内容でそこまで拡大解釈されるとは、私も計算外だ。まあ、困ることは無いがな」


 隣に居たテオスの瞳が爛々と輝いているを見て、テトラは悪態を吐きながらも、この出来事は『計算内』だったのだろう。相変わらず余裕は消えていない。

 彼女がテオスを連れてきたのもそれが理由だった。自分で気が付くことはできず、アイに促されるとは思っていなかったが、これで御膳立てはできたと、内心喜んでいるようであった。

 当然、リアの心境は複雑であった。全て自分とリヒト…できれば自分独りで行おうと思っていたことが、まさかアイやテオスまで巻き込むことになるとは思っていなかった。

 テトラに仕組まれたこととはいえ、彼女の契約内容に不備はない。拡大解釈を赦してしまう契約には問題があるが、テトラにとっては、『無償で化物の討伐』を達成し、『継続されること』が重要であるのだ。

 また、リアの負担が減ることからも、彼女が反対する理由が無い。契約内容だって、アイに言われるまではその様な拡大解釈を思いつきもしなかったのだ。


「さて…では、署名を。この後、他にも色々やることがあるのだろう? 獣人を宿している妊婦の探索依頼だったか?」


 テトラは実に楽しそうな声色で話しながら、契約書の端を指で弾いた。


***


 契約成立が無事に済んだ後すぐ、テトラに「依頼を出すか?」と尋ねられたが、リアには確認したいことがあったので、それを断った。

 あの場に居た誰もが獣人のことに対して素人であったためだ。

 リヒトはシーナとそれなりに会話をしたことがあるようであるが、リア以上の知識かと尋ねられると疑問である。アイに至っては、相手(ウィリディス)が獣の道を選択した男性(オス)であるからこそ、得られるものは無かった。

 獣人妊婦のことはやはり獣人の女性に聞くしか無い。

 リアは一番の身近な該当者に話を聞くべく、城を後にすると直ぐに自身の宿泊施設へと向かった。


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