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リオネ家のネコと悪夢

 事典を枕元に置き、リアは寝転がりながら単語を眺めていた。

 そして一つ、また一つと確認しては深い溜め息を吐いて、頁を何度も捲る。


「ああ、頭に入ってこない…」


 まだリヒトに口頭で言ってもらった方が頭に入る気がした。

 

 『私』が前世で母親にまず教わったのは、学校の宿題の解き方ではなく、国語辞典での単語の引き方であった。「○○○って何?」と母親に尋ねると必ず、「国語辞典で引きなさい」と言われたモノだ。

 おかげで辞典や辞書を引くことに抵抗は無かった。

 

 だが不思議なことに辞書を引くよりは、他人に聞いた方が理解は早い。

 教科書を一人で読むより、授業を受けた方が覚えは良いのと同じだ。

 何故なら紙を重ねて綴じた本では、書きこめる文字数に限界がある。

 そして多くの項目を纏めたいなら、必然的に書ける内容は最低限になるしかない。

 

 つまり髄のみになる。

 我々は硬い骨から柔らかい肉まで全部、最期まで欲しいのだ。

 

 それでも確かなことは、文字を読むと忘れ辛いということである。

 そのため『私』は、リアの記憶を思い出したら、記録することに決めている。

 

 思考が逸れていたところ、首の周りや頬に違和を感じ、次には開いていた事典の上に何かが転がるように落ちてきた。

 当然、リアは驚嘆するが、その大きな琥珀色の瞳が見上げてきたため、直ぐに安堵する。


「シーナ」


 リアがその名前を呼んでも変わらず見上げてくるネコの様子に、リアはシーナが求めているモノがわかったのか、その指で額に触れて撫で始めた。

 シーナはうっとりとした表情をしながら、その指にもたれるように全身を預け始める。

 リアが飼っているネコを彼女は『シーナ』と呼んでいる。

 事故死した父親と入れ替わるように、ふらりとリアの家――リオネ家にやってきて、居座っている状態だ。

 全身、黄金色(こがねいろ)の短毛で、耳と目は大きく、体に比べて顔が小さい。

 額に英語のアルファベットの『M』に似た模様が色濃い毛で生えているので、前世で見かけた『アビシニアン』という猫種に似ている印象を与える。

 瞳は正に琥珀色で、よく観察すれば、黄緑がかった箇所もあった。

 リオネ家に来た時には既に成体だったので、結構な年齢だと思われるが、眼も耳も正常で足腰も健康そうである。


「シーナか…」


 額に『M』の模様があるトラネコは、リアの前世では『聖母が額に口付けした』『某預言者兼使徒が額に触れた』から付いた模様とされている。


「『私』だったらマリアって名付けたかな」


 この可愛い同居猫は、女の子だからだ。

 ずっとその額を撫でていると、シーナは眠くなってきたのか事典の上から離れてマットレスの上で丸くなる。

 しかし、撫でるのをやめては欲しくないのか、その手が離れそうになると頭を近づけ押し付けてきた。

 リアは暫くシーナの寝顔を見ていたが、今まで事典を眺めて疲れていたのもあり、何度か船を漕いだあと、すぐにそのまま深い眠りへと落ちていった。



***


 『私』はどうして他人を傷つけてしまうのか

 『私』はどうして他人に嫌われてしまうのか

 『私』はどうしてこうも成長しないのか


 幼い頃に人格形成がうまく行かなかったのは自覚している

 幼い頃に自尊心を大勢の前で傷つけられて、自分に自信がなくなったのを覚えている

 自分の欠点を指摘されたからこそ、他人に対しても寛容になれない自分が(にく)

 幼い頃の方が何でもできていた

 だからこそ、色々なことをしてきたし、色々な知識を身につけていたが、どれも実らず、他人の評価も乏しく、自信もつかなかった

 大人になるに連れて何もできず、衰えていくのが怖かった

 こんなにも心が傷つけられ、肉体にも影響が出ていたのに、薬で抑えることができるのは幸いなのか不幸なのか


 好きな人がいた

 でも愛してはもらえない


 好きな人たちがいた

 でも嫌われてしまう


 女でも男でも同じで、いつか家族にも棄てられてしまうのではないと不安だった


 『私』は頑張っている

 『私』は生きている

 『私』は欲している


 けれど未来が恐い

 ひとりぼっちで未来が無い


 こんなにも心がボロボロなのに、こんなにも肉体がボロボロなのに、それなのに驚嘆するほど健全なのだ


 人間だと思い込んでいる機械人形なのだろうか

 けれど血は流れるし、涙も流れる

 食事は摂取するし、排泄もする

 臭いもあるし、代謝もある

 嫌いなモノだってたくさんあるのだ

 仮に機械人形だったとしたら、なぜこんなにも不出来で未完成なのか解せない


 一つ試していないことがあるとしたらそれは『死』だ


 死んでしまえば、自分が人間か機械人形なのかわかるのではないだろうか


 …だが果たして『私』は―――生きていると言えるのだろうか


 『私』が生きていることを望む人が居ないのならば、それは死んでいることと同義ではないか



***


 ――ああ、やっぱり自尽だったのか。と夢を視ながらリアは涙を流したが、翌日目覚めてしまえば、夢の内容も忘れてしまっていた。


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