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テウルギア2

 宿に戻ったリアは、グラベルに一通り報告する。

 手紙の件も入れてしまえば彼女にはすっかりと日課になっていることだ。

 彼も真剣にリアの話を聞き、何か手伝えることが無いか都度探っているようであった。


 宿屋のロビーを借りて行っていた報告会が終わる頃、リアとグラベルに影が差す。二人が顔を上げ、その原像を確認しようとしたところ、驚愕のあまり思考が停止した。

 見覚えのある顔が二つ、見覚えなのない顔が更に二つ。計四名が二人の会話が終わるのを待っていたようであった。

 そのうち、見覚えのある顔一つがリアに声をかける。


「リア、今大丈夫か?」


「あ、はい。アイさん。今までどちらに…」


 呼ばれた男性――アイは、いつもの通り柔らかい笑顔でリアたちを見ている。

 その横にはアイの身長の半分程の男性と、奥にはアイよりもずっと身長が高い男性が、更に奥にはもう一つの見覚えのある顔――ヒト化していたシーナが居た。服はグラベルが用意したのだろうか、質素であるが清楚なワンピースである。履いている靴がサンダルなのはいつでも裸足になれるようにするためだろう。


「…えっとマリアさん以外はどちら様ですか…」


「マリア?」


 グラベルの前ではヒト化したシーナは『マリア』という名で通している。そのことを知らなかったアイは片眉を下げながら疑問形で応えるが、女性名の人物は一人しか当てはまらなかったため、残りの男性を紹介することに専念した。


「ああ、オレの隣に居るのが、親父。フロイドだよ」


「え!」


「で、奥の茶髪の男がウィリ」


「は?!」


 思わぬ人物の登場に慌てて挨拶しようと立ち上がったリアであったが、次の名前を聞いてまたも停止する。グラベルに関しては厳つい男性だらけになったこの場に対し、警戒しているようであった。


「ウィリさんは、ヒト化するんですか?」


 小さな声でなんとか応えたリアの発言に、驚嘆したのはフロイドの方である。隣に立つアイの胸倉を片手で掴み上げて、自分の顔へ近づけると、何とか抑えて声を上げる。


「おめぇ! ウィリディスのこと喋ったのか?!」


「喋る前にリアにバレたんだよ、シーナの件もあったし!」


「ぼ、暴力はやめてください、フロイドさん!」


 リアの訴える声に、直ぐに反応したのはシーナであった。即座にフロイドの側に寄ると、彼の肩に触れ、飛び出そうとしていた拳を押さえつける。痛みを与えぬよう上手く止めたため、フロイドはなぜ腕が伸びないのか不思議な表情をしていた。

 ホッとしたリアであったが、アイの安堵とした表情が気に入らなかったのか、フロイドはそのまま額をアイのそれに勢いよくぶつける。鈍い音が辺りに響いた後、続けてアイの唸り声が鳴った。涙目になりながら自身の額を擦り、「親父の石頭」とアイは嘆く。


「あ、あの…すみません、フロイドさん。私が軽率でした」


「あ、い、いや、すまねえ、みっともないとこ見せちまって。ウィリディスは訳ありでな…。普段は獣のままで生活してんだが、流石に王都へ獣のまま入れねぇから、ヒトになってもらったんだ。ただ、ヒトの言語は不得意でほとんど喋れないからあんまり話しかけたりしないでやってくれ」


 二人の間に入ってリアは頭を下げながら謝罪すると、続けて頭を下げる角度を変えて挨拶をし始めた。


「改めて…初めましてフロイドさん。私はリア・リオネと申します。アイさんには、大変お世話になっております」


「フロイドだ。あんたのことはルートや芸術矮星の奴らから聞いてるよ。立派な炎を生み出すとか、王子と仲が良いとか。炎に関してはお目にかかりてぇもんだ」


 炎の次が王子の話題とは…リアが苦笑しながら顔を上げる。

 その横でグラベルもまた立ち上がり、彼らに挨拶をして握手を求めた。フロイドは快く握手に応じ、笑顔を向ける。先程までアイに怒鳴り散らした男とは思えない程、社交性があった。

 以前は冒険者であったらしいので、その時に身に着けた処世術なのかもしれない。


「そ、それでアイさん、何故お二人とマ…シーナが王都(ここ)に? 手紙や移動距離の時間が全く合いませんけど…」


 フロイドとグラベルが握手を交わしている間に、リアはそっとアイに耳打ちをする。リアの言葉で漸くシーナとマリアが一致したアイは、相変わらず額を擦りながらも応えてくれた。


「オレとリアが町を出て、割と直ぐに親父は帰ってきたらしいんだ。ウィリが片言で親父に話したら、ウィリに乗って直ぐにこっちに向かってくれて…シーナとは王都から少し離れた道端で偶然出会ったらしい」


「すれ違いになるところだったじゃないですか!」


「うん。本当、ごめん」


 思わず怒鳴ったリアに、素直にアイは謝罪する。リアの憤怒の声に、フロイドは「ほれみろ阿呆」とアイを詰った。ここまで来る間に随分と叱責されたのだろう、彼も深く反省している様子が今なら分かる。


「私がお二人を王都の何処にお連れしようか悩んでいたところ、アイが迎えに来てくれました」


「…あ、もしかしてテトラ様と居た時の?」


 二人の会話にシーナが加わり、その答えにリアは思い当たって声を上げる。

 組合の建物は王都の門に近いので、充分アイの『共感』範囲だ。範囲外に彼らが移動してしまわない内に、アイは向かわなければならなかった。だからこそ、『急用』で抜ける必要があったのだ。


「あの…それで、フロイドさん…テウルギアは作成できますか?」


 グラベルから離れたフロイドが、リアの方へやってくる。彼女の質問に対し、今までで一番良い笑顔で彼は応えた。


「おうよ! 実はルートから手紙をもらった時に、作成に入ってたんだ。その時は依頼も無くて暇だったしな」


 そう言いながらフロイドは小さな皮袋を取り出し、リアに渡す。


「見てくれ、今までで一番の自信作だ」


 その言葉にアイも反応し、皮袋の中身を確認しようと身を乗り出した。

 渡されたリアも皮袋に手をかけようとしたところで、ふと、このままこの場所でお披露目するのは不味いのではと考える。


「その…では、私の部屋で確認しましょうか」


「そうですね、それが良いと思います。扉の前には私と…ウィリディスさん、一緒に見張りをお願いいたします」


 リアの提案にグラベルが同意し、遠くに居たウィリディスに声をかける。ウィリディスは首を傾げて居たが、シーナがその手を取り、誘導を試みていた。

 遠目では茶髪の男性という印象しか無かったが、近くに寄られて彼がよく視認できる。

 茶色い髪は獅子の鬣の様に乱雑で長く、顔の周りを覆っているように際立っていた。

 その顔はとても整っており、シーナと並ぶと正に美男美女でお似合いである。獣人は皆、そうなのだろうかとリアは思ってしまう程であった。

 瞳は金緑石(クリソベリル)の様な色と輝き、肌の色は褐色、質素な服を身に着けているせいか、隆起した筋肉がよく栄えた。グラベルが用心棒を願いでたのがよく分かる。

 しかし、その動作は幼児の様であどけない。腰に巻いている獅子の毛皮に手を置き、常に護っている印象も受けた。アイの話では、『司る獣の毛皮が無いとその獣に変化できないため、生涯その毛皮を大切にする上、ウィリの場合、使命もある』とのことであった。彼にとってこの状態は気が抜けない状況であるのだろう。申し訳ないとリアは思った。


 六人という大所帯が一斉に移動を開始する。そのうち一人は異人で、二人は美男美女であるからとても目立った。――テオス等の耳に入らないことを祈るばかりだ。


 リアの部屋の前に着くと、グラベルの図らいどおり、入口をグラベルとウィリディスが立ち、他の四人が部屋の中へと入って行った。グラベルには後で報告するからと、扉は閉めさせてもらっている。ついでにアイも『共感』で見回り(ヽヽヽ)をしていた。

 よって、この場でまともな会話が可能なのは、リアとシーナとフロイドだけとも言えた。


 皆の準備が整ったのを見計らい、リアはそっと皮袋の中身を左掌へと落とし込む。

 皮袋の重さよりも重圧な金属塊が落ち込んできた。

 色はアイのゴエーテイアより、金を帯びており、それでも流動している金属のように生きているようであった。厚みは変わらないようであったが、その形は異なっている。

 アイの話では全てのテウルギアは正七角形に近い形とのことであったが、此度のこれは十三角あった。どちらにしろ、三百六十度()を十三では割れないので、正に近い十三角形となる。

 表面には相変わらずリアには読めない文字が刻まれているが、以前アイに見せてもらった文字とは少し異なっている様に思えた。


「アイさんのと少し違うようですが…」


 リアの第一声にフロイドは驚いたようであった。


「アイのヤツ見せたのか。そいつはすまねえ、えっと『セクハラ』だな」


「なんで『セクシャル・ハラスメント』を知っているのかは、この際無視しますが、男性の裸体等は見慣れているので大丈夫です。気にしないでください」


 『リュック』という単語を養父と通常使っているとアイは言っていたので、恐らく、彼が独自に言っていた単語を使い合って自然と覚えていくのだろう。リアはそう判断しつつ、フロイドへ深く追求せずに応え、感想も述べた。


「ああ、で、形の件だな。アイのゴエーテイア(テウルギア)で使っている鉱物はどうしても手に入らねぇ。一応、これも稀少な鉱物を使ってはいるが、遠く及ばない。だから、独自に組み直してみた。殆ど俺の勘だから、同じものを二度作れと言われると困るが…間違いなく、良いできなのは確かだ」


 試しにアイに埋め込んでみるか、とフロイドが言うが、リアは首を横に振る。

 芸術矮星で多くのドワーフと接したからこそ分かる。彼らはどのような小さな仕事にも誇りを持ち、妥協はしない。そして決して自惚れない。


「いえ、信じてますから。こちらはおいくらで…」


「そうだなぁ、まあ、実際役に立ってからの請求にするよ。ルートの時もそうだったしな」


 リアの勝手なイメージであるが、三種の神器等(レガリア)に値段が付けられないのと同じだろう。

 値段が付けられない――と考えて、ふとフロイドと以前のアイが言っていた言葉を思い出す。

 

 ――この星では希少な鉱物(金属)――

 

 この星を地球と知るまでは疑問に思わなかったことであるが、稀少な鉱物とは何か。地球で稀少な鉱物…元々地球には存在しない鉱物……――?


「あ、隕石か」


 口に出したことでリアは確信した。

 ヒュパティア、ワキテイトなどは地球には存在せず、宇宙由来とされている物質で、確かダイヤモンド程の強度があったはずだと記憶している。テウルギアにそれらの物質が使われているかは定かでは無いが、もしかしたら『私』の時代ではまだ発見できていない、宇宙由来の物質が存在していたのかもしれない。

 紀元前十四世紀、古代エジプトのファラオであるツタンカーメンの短剣が、隕石から作成されたという発表があったのだから、テウルギアも可能性として普通にあり得るだろう。


「そう、隕石だよ」


 突然のアイの返答にリアは驚嘆して声を上げた。

 『共感』により、会話に入るのは難しいと思っていたこともあるが、彼女のつぶやきだけから内容まで把握されるとは思ってもいなかったからだ。

 驚嘆の声が悲鳴に聞こえたグラベルとウィリが慌てて顔を出す。その様子も含め、途端、羞恥と同時に笑いがこみ上げてきたリアは、テウルギアを握ったまま彼らと談笑した。



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