該当者は気難しい
部屋を替えたリアとルートであったが、備え付けられていたテーブル席につくや否や、口を開いたのはリアであった。
「ルート様。『神が屍に 人として活きたモノ』の心当たりはありますか」
「…やはりな」
リアが人を求める際は、決まってルートを頼っている。彼の地位は勿論、人脈も確かだからだ。
「私も心当たりがあるのですが、確証は無いので」
リアの言葉にルートは沈黙し目を伏せる。この反応からルートの心当たりがある人物は、『王族』なのだろうと判断するしかない。
「まさか…テオス王子ですか?」
「いや、それは無いだろう。彼がそうならば、リアを『ライオネ』とは呼ばぬ」
確かにテオスはリアを『ライオネ』と呼ぶ。それは彼女の名前を文字だけで知り、読み間違えたからだ。
対して国の公的機関の受付担当が名前を読み間違えたことはない。彼女たちは正しく読めているのだ。
テオスが件の近誓者ならば、デイジーの様に初めから彼女を『リオネ』と呼んだであろう。
「ただし、ルート様の心当たりがある方は、王族であると?」
「……ああ、そして気難しい方でも在られる」
やはりと思うと同時に『気難しい』という言葉に引っ掛かりを感じる。
リアが出会ったことがある王族は、テオスとその他の王子たちと王だけであった。少なくとも『気難しい』人物が王では無いのは確かだ。リヒトだけではなく、庶民且つ女であるリアを城へ招待した過去がある。
同時に、テオス以外の王子たちが気難しいようには、余り印象をリアは受けていない。言葉を交わしていないが、一喝したテオスに驚嘆して絶句していた様子が物語っていた。
リアが会ったことの無い王族だろうか。
そう言えば、王妃はあの宴会には居なかった。男尊女卑社会であるが故、余り気にしてはいなかったが、明確にしたいとリアは考える。
「…ルート様、相変わらず常識不足で恥ずかしいのですが、王妃を含めこの国の王族とはどれ程いらっしゃるのでしょうか…」
「王都に住むモノならまだしも、町村への情報伝達不足は否めないからな……恥ずべきことではないよ。
王妃はテオス王子を産んで数年後に亡くなられておる。この国は王族の範囲を定義付けしていないので難しいが、少なくとも王には親兄弟姉妹、孫も居らん。王位継承権を持つ子供が五人居るのみだ。テオス王子はその末子、宴会に来ていた王子が二人…いや三人か。そして王女だ」
あの宴会に他の王子が数名居た認識があったが、人数が不明確だったのは何名かは鎧を身につけていたためだ。王子護衛の身形の良い軍人も紛れていると思ったが、テオスを含め四名も居たのだとリアは別の意味で驚嘆する。
しかし、王女……王族側の席に女性が居た認識は無い。やはり男尊女卑により、省かれて居たのだろうか。
「そしてその王女こそ、件の女性でありこの国の王位継承権第一位のお方だ」
「!?!」
真逆の答えにリアが驚嘆して目を見開く。王位継承権第一位であるならば、尚のことあの宴会に居なかったことが理解できないためだ。
「王太女殿下ということですか? 何故…」
「……本人は王位継承権の放棄を宣言し、現在城から出ておってな」
「……は?」
思わず漏れたリアの疑問符に、ルートは頭に手を当て一息吐く。経緯を思い出すのも辛いのだろう。
「…女性を優位な立場にしたいという思いは男側にもあるのだ。民の考えを覆したいと王も考えていた。王女は第一子であったし、聡明で文武両道であられた。反対する家臣も居なかった……が、王妃が亡くなられたことを切っ掛けに王女は変わられた。より多くのことを知り、見たいと王位継承権の破棄を宣言して飛び出し、各国を飛び回り……駻馬娘と言われてしまい……テオス王子の瞳が変異したのを切っ掛けに家臣の意見も別れてしまい、テオス王子が説得して王都へ連れ戻すも王女は相変わらず城には戻らず」
「ルート様、止まって、止まってください!」
出会った時と同じく興奮から話が止まらなくなっているルートに、リアは思わず声をかけて制止した。彼の話からその王女がルートにとって『気難しい』と思われているのも分かる。
恐らく自我が強く、自尊心も高い方なのだろう。否、それでも己の好きなように行動できているということは、もしかしたら近誓者の力も利用しているのかもしれない。
「そ、それで…王女はこの国のどちらに…」
ルートの話から王女が王都に居るのは確かだ。しかし、彼の溜め息は大きくなる。
「……住み込みで働いているよ、総合組合でな」
「私がお世話になったあの……あ、それでテオス様は組合と繋がりが深いのですか」
テオスの手回しが早かった理由も、デイジーが言っていた『不祥事に罰を与える能力者』とも繋がった。恐らくリアの思い当たっている人物とも同位だろう。
「…掛け合っていただくことは……。無理そうですね…」
途中まで言いかけたところでルートの表情が曇ったので、リアは直ぐに考えを改める。
むしろ、彼が次に言わんとしていることも察しがついたため、自ら拒否も交えて応えていた。
「テオス様を利用したくはありませんし…」
「喜んで手を貸そうとするだろうがな」
伝も後ろ楯も無く、王女に近づくことは可能なのだろうか。組合に向かうのは容易だが、謁見が叶い、しかも力を貸して欲しいという懇願が通るとは思えない。『気難しい』人なのだ。
「…一先ず、組合に行って相談してみます。王女だけが該当者であるとは限らないので…」
リアがルートに伝えた所で、入ってきた扉が叩かれる。ルートが返事をすると、外からアイの大きな声が響いてきた。彼の声色はよく通る。
「こっちの話は終わったんだけど、そっちはまだかかるか?」
「今、丁度終わったところだ。地上へ出よう」
―――
リアたちが地上へ出て城の廊下を歩いていたところ、その窓から一匹の黄金色のネコが姿を現す。
琥珀色の真っ直ぐな瞳がリアを見つめると、次には尾をピンと立てながら彼女の足に体を擦り付けてきた。
見慣れた愛情表現にリアは思わず微笑み返し、ネコの名前を告げながら屈むと、その頭を撫でる。
「シーナ、ただいま。探してたんだよ?」
「にゃー」
頭の手を背中へ流し、彼女が満足するまで手櫛をしようとしたところ、ルートに咳払いをされた。
リアは慌ててシーナを抱き抱えると、止めていた足を進め直す。シーナは首を傾げつつも大人しくしており、数日ぶりの飼い主の匂いを陶酔しているような顔で嗅いでいる。ふと、視線を感じた彼女が目を向けると、見知らぬ男がリアの後ろに付いていることに気がついた。
金茶の髪に黒い瞳、白黒な服に一部赤が目立つ。巨大な山刀を、男は何も感じていないかのように腰に掲げていた。歩みは軽く、翼でも生えているのではないかと思う程、だがエメムを全身に感じる重圧。
この様な人間が存在していること自体驚愕であった。
シーナの視線が戻らないのを感じ取っていたリアは、歩みを止めず小さな声で彼女に語りかける。
「あの人はアイさん。エメム感染者だけれどある方法で自身を維持できているヒトなの。私…リヒトの味方だよ、安心してね」
リアの言葉に安堵はしつつも警戒心は解かない。その様なシーナに苦笑し、リアは背中を撫でながら話を続ける。
「シーナが獣人ってことも知ってるから」
「!」
途端、シーナの全身がピンと伸びて硬直した。当然視線はリアへと戻っている。
琥珀色の両眼が真ん丸になっている姿は本当に可愛いとリアが思っていたところ、彼女は前足をリアの頬へと伸ばして肉球で叩き始めた。
怒るのは当然だ。だからこそリアは謝罪と弁解を即座に行う。顔は笑っていたため、緊張感と説得力は無かった。
「ごめんなさい。アイさんにも獣人の知り合いが居るから、その流れでつい…ね?」
「フー」
変わらずペシペシ頬を叩くシーナを見て、アイは仲が良いのだなと表情を和らげる。彼も愛獣に少し会いたくなったようであった。
令和初投稿