帰還
男の襲撃もあったため、当然アイへの説得は無理であった。
それどころか、心配した町の人々がアイの同行に賛成し、逆にリアを説得し始めたので、彼女も漸く諦めがつく。
フロイドへのお土産は町の人に預かってもらい、リアはアイと共にウェイスト町を発った。
更に計算外だったのは道中途中、アイは「馬車だと遅い」と言って、リアと荷物を背負って走ったことだ。
馬車や馬単騎よりも迅速なアイに、リアは笑うしかなかった。おかげで日数は大幅に短縮され、四日後には王都に着く。
途中から届く手紙の間隔等がおかしいと心配していたグラベルに、まず報告のためにと向かって彼を安堵させた後、リアは他数名にも報告と挨拶に加え、アイを紹介した。
これは、アイからも勧められたことである。「リアの知り合いをうっかりのぞき見したくない」というのが彼の理由であった。
紹介した際、始めは警戒すれど、彼の人当たりの良い性格からか直ぐに皆、魅了されていくのが客観的に見られ、リアは苦笑いする。あのテオスですら気にかけているようであった。
シーナには何故か会うことができなかったため、最後に紹介することになったのが、ルートとリヒトだ。
リヒトに関しては就寝時間と重なっているかと思っていたのだが、タイミングが良かったのか彼は起床しており、食事を摂っていた。
邪魔をするのも悪いので、硝子越しに話をしながら、リアとアイはルートに報告する。
「無事に戻ってきたようで安心したよ」
「こちらこそ、色々ありがとうございました」
「まさか、某息子を連れてくるとは思っていなかったが…」
「まーたー。ルートさん、なんでオレのこと某息子って言うんだよ」
「名前を知らんからな」
「アイって呼べよ、言ったじゃん」
「真の名ではないだろう…」
リアとルートの会話にアイが割って入るが、その顔は蛸のような口になっていた。すぼめた口から小さく「一応一部だし」と聞こえてくる。
「それでリア、『やりたいこと』はできたのか?」
食事を終えたリヒトが硝子越しからリアに問いかけた。その声は前よりも元気そうに聞こえ、リアは安堵する。ただし、これから話すことは――彼にとっての糧になるのだろうか。
「この研究室の隣にもう一つ部屋がある。部屋を替えよう」
ルートが察し、立ち上がるがリアはそれを制止する。
「ここで話します」
「いや、しかし…」
「俺はかまわない」
リヒトが応えたことでリアは頷き、ルートを見る。ルートはアイに助けを求めようと目配りしたが、彼も同じくルートを見つめている。
暫く沈黙が続いた後、ルートは大きな溜め息を吐きながら腰を下ろした。
―――
一通り話し終わったところで、ルートが険しい顔をしながら沈黙する。
リヒトの表情は対称的であったが、その声は冷静だった。
「…なるほど、俺はテウルギアってヤツを身に付けた方が良いってことだな」
その宣言はリヒトがアイと同じ運命を撰んだことだと思い、リアの目が見開く。
「リヒト!」
「万が一の保険にもなるし、もし…そのキンセイシャだっけ? その人が命じるなら纏まってたほうが良いと思う…んだ…けど」
硝子に張り付いて叫び、リヒトを見るリアに、リヒトは驚嘆しながら答えるが、その語尾は消えてしまう。アイはリアの行動が余程ツボだったのか、笑い初めてしまった。
その笑い声に、リアは冷静さを取り戻し、漸くリヒトの言葉全てを理解する。
「そ、そ…だね… テウルギアでエメムを誘導するのは確かに必要かも…」
「じゃあルートさん、テウルギアを。取り付けならオレでもできるから」
笑いを抑えながらアイがルートに掌を差し出した。しかし、沈黙していたルートは呼ばれたことに驚嘆し、次にはその内容に声を上げた。
「も、持ってきて無いのか?!」
「え…だって、たくさん作って渡したよな?」
「…全部処分したに決まってるだろう…」
「「なんで?!」」
ルートの告白にアイとリアが声を上げる。アイは養父と共に作り上げた労力に対して、リアに至ってはその存在を消されたことに対する憤りだった。
「…仕方ないだろう、話ではそうするべきだと決まっていた」
「た、たしかに親父もオレもそう言ったけど、でもまさか律儀に全部処分するなんて…」
「なぜ…」
リアの疑問にアイがばつの悪そうに答える。自分のせいでもあると考えているのだろう。
「…オレ、異常だろ。力も速度も……『兵器』にもなる」
その言葉を聞いてリアは即座に納得した。
彼らが考えたこと、言ったこと、行ったことは何も間違っていない。
「で、テウルギアを作るのは難しいのか?」
リヒトの言葉で三人は我に返った。恐らくこの中では一番冷静なのは彼だ。
「…オレには作れないけど、工房に戻れば何点かはある…よ……ああああ持ってくれば良かったあああ」
応えながら頭を抱えるアイに、リアも同じく嘆く。もっと早く気づいていれば、否、ずっと冷静では無かったということだろう。
「…オレが全速力で行けば、一日で工房に戻れるからちょうど親父が帰って来る頃とぶつかるはず…そしたらもっと質の良いのだって……」
「いや、そこまで責任もたなくても…」
リヒトが苦笑しながら言うが、アイが本気だと思っていないらしい。勿論、リアとルートは本気だとわかっている。
「どちらにしろ、某息子は一度帰るべきかもな…あまり王族と拘わりを持たせたくはない…」
「テオスって人には会ったぜ? あの人は良い人そーだった」
「なっ!」
「私のせいです、すみません」
アイは口が軽いところもあるのだとリアは思う。だが、自分のこと、リアのことに関しては頑なであれれば良いのだ。彼は嘘を吐けない。嘘での誤魔化しはできない男だ。
――そう言うところも愛される要因なのだろう。
「……まあ、確かにテオス王子に会わないという選択は無いか…」
「あの人、すっごいリアのこと心配してたからな」
「都に戻ってきたのに、挨拶も無し。リアが男を連れているって情報だけ出回ったら大変ですからね」
ルートが嘆き、アイが応え、リヒトも応える。
しかしアイは別として、二人のテオスへの考えが一致していることからも、自分が居ない間にも何かあったのだろうかと、リアは考える。
(ウェイスト町で出会った指名手配犯の話もあったしな…)