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懐かしい臭気

 リアは思考を直ぐに戻し、斜め向かいに宿屋を見つけると、駆け込むように入り込む。

 昨日町の人たちにアイのことで一方的に話されたロビーは、閑散としており暗くなっていた。

 カウンター奥には二度目の手紙を預けた男性従業員が居たが、女主人は見当たらない。一先ず彼に挨拶しようと、リアはカウンターに近づいた。


「リオネ様、無事帰られたんですね」


「はい、おかげさまで。でも明日にはここを発つつもりです」


「! …そうなのですか…」


「それよりも、町にアイさん来てますよ? 行かなくて良いんですか?」


「生憎、私は数日前にこの町に来て、雇われた身でして…町の人たちが敬愛して噂する『アイ』という人にはまだお会いしてないんですよね」


 『アイ』を目的に町に来て住み着く者もいるという話であったが、彼は違ったらしい。

 王都と異なりこの町には組合等が無い。それでも腕試しに森に入るという冒険者がいると言うことであったが、目前の男性は冒険者には見えなかった。

 

 宿屋で働いているのだから当然か――しかし違和感も覚えていた。


 無論、会ったばかりの男性に色々模索することは憚られる。アイも言っていたが、人にはその人の事情があるのだ。


「それに、女将さんも集会場へ行っちゃいましたからね、流石に私も居なくなったらまずいでしょう」


「それはまずいですね」


 危機管理能力が欠如していると思ったリアであったが、本来望むべき姿とも言える。

 この町はリアの村と同じく、今まで本当に平和だったのだろう。むしろ盗られて困るモノは無いと、高を括っているのかもしれない。個人的に防犯とは、要らぬ疑いを避けるためにもしておいた方が良い策だ。

 その要らぬ疑いすら無い世界が有れば良いが、それは理想論だろう。


「留守番、頑張ってください」


 リアは男性に軽く会釈すると、そのままカウンター横の階段を上がり自室へ向かった。



 始めに、空気(におい)が違うことリアは気がついた。


 後ろ手で扉に鍵をかけ、一呼吸置くと部屋の隅に置いていた荷物を開け、中身を確認する。

 貴重品は工房第九番に向かった時に身につけていたため、この荷物には着替えと、手紙を書くための封筒と紙、フロイドへの土産くらいしか入ってはいなかった。

 全て無事だ。

 無事に見える。


「……開けられてる、土産(コレ)


「気づいちゃいました? でも安心してください。中身はちゃぁんと無傷で無事です」


 突然返された男性の声に、リアは然程驚嘆する様子もなく、ゆっくり振り替えりながら音源を確認した。部屋の中に先程の男性従業員が笑顔で立っている。


「売っても高くなさそうな工具だったので戻したんですよ」


「…ドワーフ作成、ダマスカス鋼で出来た金槌だったんですけど」


「おや、私の目利きもまだまだですね、ダマスカス鋼なら高値がついたな…いや、やはり刃物でなければ価値は低いか…」


 残念そうな顔をした後、考えを改めたのか途端に元の嬉々とした顔に戻る。その手には話題にしたシースナイフが握られていた。


「それで…なぜ気づいたんです? 綺麗に剥いて戻したのに」


「…煙草の臭い、嫌いなんです」


 顔をしかめたリアに、更に嬉しそうな顔で男性がオーバーアクションをしながら告げる。


「あっちゃー! 接客業とか慣れないコトはするもんじゃないですねぇ…本数明らかに増えてたしなぁ」


 煙草が嫌いな事実は嘘ではない。

 正確にはリアではなく『私』であるが、非喫煙者だからこそ煙草の臭いには敏感になるものだ。

 煙草の臭いは染み付き易く落ち辛い。

 例え、その時は喫煙していなくても、移り香するモノだ。

 勿論、煙草に限らず『臭い』とはそう言うモノだろう。

 

 身体の中から外に臭うもの、外から内側に染み付くもの、その違いだ。


「…私、手持ちもそんなにありませんよ?」


「そうですか…では、足りない分は『身体』で払ってもらいましょうか」


 男性――男の言葉にリアは目を瞬いた。

 彼の発言は性的面ではなく、物的面であろうと察したからだ。

 だからこそ、医療技術の乏しいこの世界に臓器売買の線はないので、奴隷等の人身売買か。

 この国では奴隷というものを見かけたことはないが、他国ならば存在するのかもしれない。

 だが、そう言う『臭い』は男から感じられない。


「落ち着いてますね」


「騒いだところで、助けは来そうにないですし。貴方の目的が不明確過ぎるので…」


「なるほど探ってるのですか」


 男の言うとおりであった。

 もし人身売買が目的なら単独犯の可能性は低い。

 だが、この平和な町に外部の人間が大勢来れば目立つ筈だ。

 全員がこの男の様に職を持ったのかも知れないが、利点が思い付かない。同時にそれはリアを狙ったという事実も含まれる。

 彼女を知らない人間が、彼女を狙う利点があるとすれば、『この町の部外者である若い女』というコトぐらいだ。

 更に、今、この瞬間を狙う理由が不可解なのだ。

 そこまで考えたリアが出した結論は一つであった。


「……王都で会いしましたか?」


「会ってはいないね、でも知ってますよ。君は少し自覚が足りなかったね」


 テオスに言われた言葉を思い出し、リアは噛み締める。思っていたよりも『噂』になっていたようだ。


「化物を炎で殲滅し、その炎がドワーフ工房(芸術矮星)に認められ、たらふく金を溜め込んでいる…… 王都(オライオン)では金髪の女に邪魔されたが、独りで旅立ってくれるなんて本当に好都合だったよ。目的地も後を付ければ直ぐにわかったしね」


 金髪の女――シーナのことだろう。

 デイジーとデートしたあの夜ならば、男の言うことも思い当たる。

 また、隣国の境へ真っ直ぐ向かっていれば、それは確かに目的地を教えている様なものだ。

 そして男の目的をリアは漸く理解する。


「…私の手紙を読んだんですね」


「ああ、書きかえてグラベルさんに送りましたよ? 活字みたいで真似し易く、助かりました。その手紙に書いたことと辻褄が合わなくなると困るんですよね」


「それで私の『身体』が必要だと」


「そ、あとは町の女たちが女将に言ってたのが聞こえたんで…。『アイがリアちゃんについて行く』って。それは困るんだよ、だから君には『ついてくるな』と説得して欲しいんです」


 それはとても難しい。だからこそ、今、この瞬間なのだ。


「私が断ったら?」


「そうですねぇ…、まあ、町の人間を何人か殺せば君も気が変わってくれるかな? 昨日の様子を見る限り、君も町の人間に情が湧いてそうだし」


 嬉しそうに嗤う男を見て、むしろ『町の人たちを傷つける』ことに意味を見出だしているようにリアは感じた。

 断れば当然実行するであろうし、逃げて放置しても結果は同じ。

 この男は金と煙草とナイフに付く血を愛している。


「…分かりました」


「物分かりが良くて助かるよ」


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