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ウェイスト町3

 アイはウィリディスに伝言を残すと、外で待機していたリアに笑顔で駆け寄ってきた。


 正直、ウィリディスの説得を期待していたリアは、落胆の表情を隠さずアイを眺める。

 だが、毛皮が無いと獣化できない彼が、その毛皮を生涯大切にし、更にフロイドに頼っている時点で、可能性は無かったのだと結論付けることも容易であった。

 ウィリディスは獅子()として生きることを選んだ獣人だ。

 本来そこに、ヒト的な感情、思考を持ち合わせる必要はない。リアの愛猫シーナだって、他より賢いくらいの普通のネコだったのだ。

 それが分かっているからこそ、自分がアイだったらきっと――


「王都までちょっと行ってくる。帰りは最高で八十日後、それまでは洞窟に保存されている肉を適当に選んで食べるか、森の獣を食べてくれ。帰ってきた親父にはなんとなく伝えてくれれば良いから。じゃあ、よろしく!」


 …と言った形で済ませてしまうだろうと、リアは想像する。

 彼女が王都からウェイスト町に向かった時、シーナに告げたことはこの想像と大差ないのが証拠だ。


 アイはリアの元に辿り着くと、彼女の手を取って器用に自身の背中へ乗せる。工房まで着た時と同じく、リアを背負って森を駆け、山を降り始めた。

 時間が相当惜しいのか、アイが突然崖を飛び越える形で森の上空を浮遊した際、流石に恐怖を感じてリアは悲鳴を上げた。難なく木々をくぐり抜け軽やかに地面に着地すると、直ぐに元の形で駆け出す彼に、リアは更に恐怖を増す。

 『裏技』『エメム感染者』『疑似近誓者』『兵器』と、自分のことを包み隠さず、しかし断片的に語っていたアイ。

 『恐怖』を感じるモノを『敵』と認識するリアは、『安心』を得るためにも、彼の情報が欲しいと、改めて思う。

 肝心のアイだが、リアがその様なことを考えているとは露にも思わず、嬉しそうな声色で話しかけている。当然、音は速度に負けて流れてしまい、リアの耳には殆ど届かない。

 彼女がわかったことと言えば、これは『狼煙』で『早く着て欲しい』と言われた時に使う近道なのだろうということだけだ。


――――


「フリーフォールとかのアトラクション…苦手だった『私』…」

 

 町の入り口に着いて早々、リアはそれだけ告げて地面に四つん這いでへたれ込む。

 落ちるタイミングが分かるだけまだマシだったか、と思うが、アイの背中で悲鳴を上げまくった事実は、相当に恥ずかしかったらしく、真っ赤な顔をその腕で隠して更に地面へと伏せた。


「ふりーふぉーる? えと…汚れるぞ、リア…」


「リバースするかもしれないから、このままで居させてください…」


「りばーすって… リア、オレ、君が思ってる程、わせいえーご? とか詳しくないんだけど…」


 リアの背中を撫でながら、アイが呟くように応えていると、黄色い悲鳴が聞こえ始めてきた。

 アイの来訪に喜び名前を呼ぶ者、リアの帰還を喜ぶ者、二人の現状を見て勘違いして叫ぶ者、様々であるが、この町の人々は本当に元気だとリアは思った。


「みんな、十日振り? 何か変わったことあったか?」


「変わったことって言ったら、そのリアちゃん一択でしょ!」


「ちょっと、なにそれ、なんでそんなに親密になってるの!?!」


「あ、皆さん、私、アイさんに惚れませんでしたので…うぅまだぎもぢわるい」


「うっそでしょ!? アイの魅了が効かない人間が居たの!?」


「気持ち悪いって何!? あんたたち何したの!?」


「え? 何その会話?」


 リアたちは町の入口で揉みくちゃにされ、そのまま集会場へと連行された。

 集会場は三十人程収容可能な平屋で、机と椅子が並び黒板の様なモノもある。一見学校の教室を思い出すそれは、想像どおり以前は学舎の代わりに使っていたとのことだ。


 椅子に座り机に伏せて身体を休めるよう女性に言われ、リアはそのとおりにした。

 流石にその頃には、アイアトラクションへの吐き気を催す恐怖は消えていたが、リアの顔色は蒼白い。数名の女性が介抱してくれる中、離れた場所で複数名の紳士淑女はアイに質問をし、説得をしていた。

 彼がしばらく町を離れる関係で、学校の講師を受け持つことができないと告げたからだ。


「子どもたちすげー楽しみにしてたのになぁ」


「そんな……愛の逃避行なんて…」


「え? 逃げないよオレ! 帰ってくるって!」


 「違う」という否定をしたいが気力の無いリアは、同時にアイが勘違いしていることに気がついたので、やはり突っ込まなくて良いかと悟る。


「最高で四ヶ月は留守にするかもだけど、親父も居るしさ」


「でもフロイドさんはこのこと知ってるのかい?」


「だ、だいじょ…ぶ、伝言…残したし、手紙も書くし…」


 ウィリディスのことを告げられないため、アイは暈したが、少々苦しい。嘘を吐くとボロが出ると、彼も自覚しているのだろう。

 同時にリアは手紙と聞き、大事なことを思い出した。

 机に伏せていた身体を起こし、アイに聞こえるようにと、できるだけ大きな音量で声をかける。


「アイさん、私、荷造りと報告の手紙を書くので、一度宿に戻ります。フロイドさんへのお土産を渡すためにここにまた来ますので、その間に気持ちを落ち着かせておいてください」


「ゑ! ちょっと待って…!」


 一緒に行くと言いかけた彼の言葉は見事に町の人たちの声で掻き消された。少しは聞こえていたが、リアは無視して宿屋に向かう。

 集会場を出ると出入口は見事に人で溢れており、昔見た映画で、立て籠った人間(エサ)に群がる食人鬼(ゾンビ)たちをリアは思い出し、ひきつった笑みをした。


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