神に最も近く、誓わされた者
落ち着いたアイから受けた説明は次のとおりであった。
近誓者とは、『触れる神』の力を持つ者、または『触れる神』そのモノが具現化した者のことで、誰かが存在を祈願したために誕生する。さらに『触れる神』とヒトの子孫も含まれる。
『触れる神』とは、星を作成し、命の息吹きを与えし造物主のこと指し、当然、何かによって『認識されている』神となる。『私』の知識から言えば、神話や宗教で崇められていた神たちだろう。
物語だと思っていた魔法等が『私』の時代から存在していたのだとしたら、彼らも確かに存在したのだ。
現在はその『認識』が無いため、必然的に新たに近誓者が誕生することはない。
しかし、子孫は別だ。『私』の世界では、神話によっては神と人間の混血児が英雄になっていた。王族だって居る。つまり、血は薄まっているが彼らは確実に生き残っている。
近誓者は通名で能力が把握されており、アイが知っているだけでも十はある。
その中で彼が口にしたのが、『大いなる神の時計』と『神が屍に 人として活きたモノ』だ。
前者の主力は『時間』の操作、後者の主力は『名前』の支配であり、『神が屍に 人として活きたモノ』ならば、『エメム』を消滅させことができるのではないかとアイは思ったらしい。
エメムは体液感染するとおり、体内物質でより多いモノに取りつく。
タンパク質――赤血球等に含まれる酸素結合タンパク質だ。特に鉄、節足動物なら銅――金属に寄りやすいからこそ、テウルギアがあると言える。
ヒトの赤血球が造られ、無くなるまでのサイクルは約百二十日。
エメムに侵食されて崩壊が始まるまでの猶予期間と一致していることから、造血直後の赤血球と置換し始めるのでは無いかと、ルートは考えているらしい。
因みに、赤血球のサイクルを伝えたのはアイだ。母親がエメムに侵食された時に、独自に調べた知識をたまたま彼が覚えていたのだ。
この世界では、血液に『赤血球』『白血球』『血小板』等が含まれているとは考えられていない。赤い液体が全身に存在し、大量に流れ出ると死ぬ。その程度だ。
エメムが体液感染するという知識も、調べ始めたルートがアイと出会って確信を得た結果、彼が国に広めた情報であった。
「オレはとっくの昔にエメムが全身を巡ってたし、身体のほとんどがエメムになってる筈だから、近誓者に『エメムに死ね』と命じられたら、オレ自身が死ぬことになると思う、だから諦めてた。でも君の大切な人ならまだ…」
「あの、私の大切な人の名前は『リヒト』って名前なので、リヒトって言ってくれませんか…」
「?」
とても大事な話をしている最中だったが、リアは遮ってアイに伝える。流石に何度も『君の大切な人』と言われるのは事実であるからこそ羞恥だ。
「そ、それで、そんなことできる近誓者なんて本当に居るんですか?」
「居るよ。むしろ近誓者の中では多いんじゃないかな。『神が屍に 人として活きたモノ』は、王都ならソレこそ出会える確率が上がる」
紅潮する顔を隠すように縮こまっていたリアだったが、アイの言葉に背筋が伸びる。
王都に――『名前』を支配する近誓者――
「…公的機関に常駐している…受付の人とか…」
「もちろん、全員が『神が屍に 人として活きたモノ』とは限らない。疑似近誓者もいるだろうし」
「あるこーん?」
「疑似近誓者。正式な近誓者じゃないけど通名の力は使えるんだ。ただし、肝心なナニかが欠けていて、それは近誓者の能力を総て把握していなければ気付かない程、些細らしい。擬似近誓者本人にも正であるのか擬似であるのかは判断出来ない…この世界やこの国に居る近誓者の殆どは疑似だと思う」
「つまり、『疑似』ではない『神が屍に 人として活きたモノの近誓者』を見つける必要がある…と」
「――いや、さっきも言ったとおり、疑似近誓者でも些細なら、もしかしたら効果があるのかもしれない…オレも詳しいわけじゃないし…」
可能性としてゼロではないとアイは考えた。
リアも一人、会ったことすらない人物が思い当たるため、その考えに共感できる。そしてその人物の存在を教えてくれたデイジーもまた、近誓者もしくは疑似近誓者だ。
「アイさんの話はよくわかりました。早速、王都に戻ろうと思います」
「ああ!」
「……あの」
そう一つリアには気がかりのことがあった。アイの突然の動向だ。
「もしかしてアイさん、王都に行くつもりですか?」
「え? 当たり前だろ?」
両眼を瞬きながら首を傾げてアイは応える。その様子にリアは頭に手を当てながら言葉を続けた。
「すみません、全然理解できないです」
テウルギアのこと、この世界の正体、近誓者のことを知れたことは、リアにとって大きな収穫であった。
だが、リヒトとアイは赤の他人である。
アイがリヒト――リアのためにこれ以上、拘る道理も情けもない。
「乗りかかった船って言うだろ。リアたちのこと放っておけないさ」
「…ことわざ結構知ってるんですね、アイさん…」
町の人々も言っていたアイの特徴の一つ『お人好し』。まさかここまでの威力を持っているとはリアは思っていなかった。
現にアイに全く利益が無いのだ。否、もしかしたら報酬を寄越せと遠回しに言っているのだろうか。
「それに、オレも疑似近誓者になってるから、少しは役に立つと思うんだ」
「…え?」
「通名は『神に等しき劣る者』かな…たぶん」
「ぇぇ…」
「あ、あと王族と契約できれば、『兵器』にもなれるんだけど、あまりやりたくは無いかなソレは…」
「ワケガワカラナイヨ」
アイはリヒトたちと違い、自分に自身が無いこと、詳しく知らないことに関しては大分言葉が足りない。否、実父に報告をしたリヒトもきっとこの様な対応だったのだろう。『ツッコミ』って大事な役割なのだなと、『私』は再認した。
「えっと、アイさんがすっごい存在なのは分かりました…が、やはりこれは私たちの問題なので…」
「気になってたんだけど、どうしてリアの問題なんだ?」
「…言いましたよね? 大切な人が」
先程、『大切な人』ではなく、『リヒト』と呼んで欲しいと改めておいて、またこの話題に戻ると思っていなかったリアは、更に頭を抱えて応える。
「うん。でもその前は友人って、リヒトって人は…ん? もしかして男の人? じゃあ恋人?」
「ちがいます!!」
盛大に話が逸れるのを感じ、リアが憤怒に近い形で否定した。アイはやはりどこか抜けている――これも町での情報収集で上がっていたなと彼女は染み染み思い出す。
だが、リアも確りとアイに説明してはいなかった。
リヒトというヒトがエメムに感染したという事実しか、アイは知らないのだ。
「経緯は省略しますが…私のせいで、リヒトがエメムに感染してしまったんです」
「そう。それだよリア」
アイの言葉にリアの言葉が途切れる。彼女の困惑する顔を見て、これ以上刺激しないようにと笑顔を向けて彼は続ける。
「自分のせいだ、大切な人だ、ってリアは言うけど、結局みんな赤の他人だよ。血を分けた親兄弟だってそう。だからこそオレには全部同じなんだ。元を正せばオレという存在が居たのに、エメムの驚異は未だ変わらない。だったらリヒトって人がエメムに侵食されたのはオレのせいだと言える。それにリア。オレにとっても君は既にとても大切な人だぞ? そのリアの大切な人も同じさ。だからオレも手を貸したいと思った。…理由にならないか?」
アイの嘘偽りの無い言葉とその笑顔に、町の人たちが魅了されている事実が痛い程分かる。だからこそ、彼の発言とこれから行おうとしている行動は、町の人たちの思考から逸脱しているのだ。
「アイさんの気持ちはよくわかりました。でも、学校の先生の話はどうするんですか? 近誓者として該当しそうな人が浮かんでいるとはいえ、数日そこらで見つけられるかわかりません。自分で言ってたじゃないですか。『残り約八十日』と。その日数が期限だとしても、それまで一緒に捜索されるつもりですか?」
「……あ」
記憶の保持が難しいアイは、最近のできごとまで忘れてしまうのだろうか、とリアは不安になる。…とはいえこの場合は、完全に失念の方だろうなと、彼の表情で分かってしまったからだ。
「忘れてたんですね…」
「い、いや、てか何でリアが知ってんだ!?」
「自慢気に嬉々として話してましたよ、町の人たち」
「自慢???? 他所の人に??? なんで????」
「私が聞きたいです」
歯の浮くような台詞を平然と言っているのに、彼は全く自覚が無いのだろう。その上、忘れやすく、子どもっぽい。
町の人々に全員に愛されていると過言ではないという彼が、『一人の女性』に付いて行き、共に旅立つのは――町の壊滅を意味する。
「…と、とにかく一旦町に行くか。リアが無事だってことも伝えないとだし…先生の件も延期できないか話さないと」
リアには説得する術が無いのだから、願わくば町の人々の愛の力で、彼を止めてもらえればと思う。