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テウルギア

「そこにテウルギアはないよ」


「…売ってないのですか?」


 予想はしていた。

 例え性能が劣っていても、エメムの侵食を抑えられる装飾具が一般的に売られていれば、世間はここまでエメムを驚異に感じないだろう。

 ワクチンがあるウイルスや、血清が存在する毒の様に――。


「…リア、君はテウルギアを手に入れてどうするんだ?」


 アイの表情は今までで一番真剣なモノであった。

 彼に嘘は通用しない、否、リアは真実しか告げるつもりは無かった。どこから説明するべきか、リアが考えていたところ、意外にもアイが話を続けた。


「ルートさんは化物化している世界種を、元に――せめて元の大きさに戻せないかと考えた。オレたちや他のドワーフたちも協力して沢山作ったよ。粗悪品だけどな。……けどどれも失敗してる」


「…粗悪品だからですか?」


 リアの言葉にアイは首を振りながら答える。


「テウルギアは、常に表皮等に触れた状態で身に付けていなければいけない。例え刺を付ける形で相手に植え付けても、巨大化した生物だと本体が小さくなれば、やがて外れてしまう。虫に至っては完全に駄目だ。皮膚が骨みたいなものだから、そもそもエメムを滲み出せない」


「滲み出す?」


「服に付いた汚れを滲み取りする感じなんだ。テウルギアで身体全部のエメムを誘導して集めて、体液として少しずつ絞り出す…正確には体液から更にエメムだけを取り出して結晶化して体外に排出させる…ここまで聞けば分かると思うけど根気と時間がかかる……そして、絶対完治はしない」


「!?」


 彼の締めの言葉は衝撃であった。

 リアは目を見開き、そしてカウンターに身を乗り出す。元々水に戻っていた氷嚢は、衝撃で床に落ち、中身をぶちまけた。


「なぜ…?!」


「そんなこと言うんだ。って?」


「だって、そんなこと…!」




「……分かるよ。オレがそうなんだ」

 




 ――――な、何?


 アイの突然の告白に、リアの頭の中が真っ白になる。


 はぜらんばかりに目を見開き、同時に身体中が震え出す。

 冗談ではない、真実だ。

 アイは嘘が吐ける人間ではない。たった数時間の付き合いでも、町の人々が正しい評価を下している人物で、彼がその様な人格であると理解できていた。

 府に落ちた、納得してしまう。


 ルートは初めに言っていた。

 『ドワーフの某息子に協力を要請することもある』と。養父ドワーフのフロイドではなく、『アイ』に、なのだ。

 そして、アイが随分と着込んでいるのは、怪我をして出血しないようにするためだろう。

 フロイドがアイを置いていったのも、テウルギアの話をするだけならアイで事足りるからだ。


「リア、君はエメムには侵食されていない。ソレなのにテウルギアが欲しいってことは…」


「…友人――大切な人が、感染して……」


 

 思っていたよりも自然と声を出せたことにリアは自分で驚嘆する。

 そして、その返答を切欠に次々と疑問と質問が溢れてくる。

 どこかに間違いが無いか、抜け道が無いか、彼女は模索することしか出来なかった。


「…アイさんは何故、エメムに感染したんですか…」


「母さんのお腹の中で。母さんがエメムに感染してたんだ」


「…お母様は…」


「オレを産んで七年くらいは頑張ってた。でも父さんが目の前で……死んで、そのストレスで一気に崩壊してゾ…化物化した。そして人々を次々に殺していった後、オレを襲った。最初の親父になったドワーフにオレは助けられて、その後テウルギアも付けて貰ったんだ」


「…最初の…」


「今の親父はオレの事情を知って十年くらい前に養父になってくれた人。もう何代も続いてる。それでもドワーフは異人だから長生きだ」


「つまり何百年も前から……そのまま…? 歳をとらない?」


「…テウルギアを付けて貰って無かったら、幼児だったオレはエメムの力で一気に大人の姿になって崩壊したと思う。テウルギアで成長は緩やかになったけど、この年齢になった頃に固定されてる。多分、エメムもその方が都合が良いと思ったんだろうな…」


「そんな…」


 リアの真っ白であった頭の中の情景は、次第に暗くなり、闇へと染まっていく。希望の色が玉虫色なら、絶望の色は正に黒色だ。


「オレが身に付けているテウルギア……正しくは『ゴエーテイア』なんだけど…これが唯一の遺物で最高傑作だ」


 そう言いながらアイは首のスカーフを外し、首元まで被っていたコートの様な上着を脱ぎ始める。

 ボタンを胸元まで開けると、タンクトップの様な肌着の隙間から、肌と共に不思議な色をした物体が見えた。

 彼はもっと見えるようにと、肌着に指をかけて下げ、心臓近くまで素肌を晒してくれる。


 七角形の金属片であった。

 その中央には丸い穴が空いており、穴の縁に沿って文字のようなモノが刻まれている。この世界の文字は今までで変換されていたが、この文字を理解することがリアには出来なかった。

 金属の色が先程も思ったとおり、表現し辛い。

 銀色――だが、部分的に黒くも見える。

 『私』は昔、体温計を落として割った時に、中の水銀を見たことがあったのだが、それを思い出させる――流動し(生き)ている金属のようだ。


「まずこの正七角形に近い形にするのが難しい。穴の大きさと文字の形も字間の感覚も、正直、ドワーフ族の勘が頼りで、オレにはほぼ無理だ。材料もこの星では希少な鉱物(金属)を使っていて手に入れるのは難しい。粗悪品はその鉱物を変えざるを得なかった」


 テウルギアを見せられ、説明され、確実となった現実に、リアはただ腰を下ろすしかない。


 リヒトが元に戻ることは無い。


「……ルートさん、何で言わなかったのかな。別にオレ、口止めしてなかったんだけど」


「自分の目で見ないと、私が納得しないと思ったのかも…」


 今ならば理解できる。

 ルートがずっと辛そうな顔をしていた理由も。

 エメムが消えないと断言した心境も。


 アイという現実はあまりにも重い。

 だからこその疑問であった。


「……アイさんは…何故この道を選んだんですか…」


 アイが何年生きているか不明であったが、彼は生き続けること選択をしている。

 『私』にはできなかったことだ。

 生きていくことは辛いことが多い。人間関係も自身の成長も、元々限られた生であったというのに、『私』は成就できず、放棄した。


 その限られた期間()であっても、身内の『死』は辛かったし、他人に傷つけられた『精神(こころ)』は癒えなかった。

 自分の成長と、社会の期待する成人の速度が違い過ぎる。

 その齟齬も『私』には耐えられなかったことの一つであった。

 

 永遠に近い時を生きれば、気にならなくなるのだろうか。解決したのだろうか。


 だが、アイは異なる。

 前提が違うのだ。

 彼の『死』は彼の『生』の放棄だけではない。

 周りの『生』への驚異に変わる。彼が実の母親に襲われたように……。コレが原因かと考えられた。

 

 いつの日か、普通の『死』を迎えたい。


「…そんな、大した理由じゃないよ。オレが死んだら『ゴエーテイア(テウルギア)』の完成品を失ってしまう。この技術と知識は後生に伝えた方が良い」


「……アイさんが死ぬと、そのテウルギアは無くなるんですか」


「物理的に…もあるけど。さっき言ったとおり、技術の伝播には、オレという物的証拠が必要だからさ。ルートさんで言うところの『実験動物(モルモット)』」


 残酷なことを告げた筈のアイの顔は笑っていた。

 その笑顔をリアは以前にも見たことがあった。


「ああ…」


 思わずリアは嗚咽を漏らす。

 分かってしまったからだ。


 リヒトもきっと、アイと似た道を選ぼうとするだろう。


 だからこそ――リアは、リヒトにもアイにも普通の『死』を迎えて欲しいと願う。


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