表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/103

工房第九番

 リアを運ぶと宣言していたアイを信じていなかった訳ではない。


 思えば、リアは随分いろいろな人に抱え上げられたものだ。

 リヒトを初め、シーナやテオスも皆、彼女を横抱きにして平然と移動する。



 『私』にも経験が無いわけでは無かったが、それこそ十行かない歳で父親に抱えられた時ぐらいだろう。

 可愛い事故で額から流血したのだ。

 椎間板ヘルニアで腰痛持ちの父は、もう抱え上げられる体重では無かった筈の『私』を、公衆電話まで横抱きで走って救急車を呼んだ。当時、携帯電話は普及していなかったからだ。

 『私』の中で『お姫様抱っこ(横抱き)』とは余り憧れるモノではなくなった。

 自分がいかに弱く、小さく、脆いものであるかと実感させられる。同時に大切にされているとも考えられた。

 そう、『私』は家族には愛して貰っていた。

 家族だけだった。

 ………だからこそ、何故? と思うことがある。

 勿論、死の直前、『私』は間違いなく孤独であった。

 ――まだ記憶に蓋をしている部分があるが、これは思い出す必要は無いかと、棄却する。

 『私』はリアだ。



「大丈夫か? 早い? 心拍数上がってるみたいだけど…」


「いえ、大丈夫です」


 (『私』)のことを思い出していたリアは、指摘されて初めて自身が高揚していたことを自覚する。

 同時に、アイの背中に身を預けすぎていたことにも気がついた。

 彼女は自身の淑やかな胸を押し付けていたが、流石、町の誰かが言っていた通り彼は――鈍感でもあるようだ。

 

 アイは自身の背嚢を腹に抱え、背嚢を背負ったリアを背中に抱えて歩いていた。互いの荷物が背嚢であったこと、山となっている森を進むからこそ、この体勢と手法は正しい。

 力があると宣言していた通り、彼は難なくリアと荷物を抱え、そして苦なくこの森を入っていく。驚嘆したのはその速度だ。

 歩いていると表現できるが、早歩きとも言える。否、走っているのかもしれない。

 彼が平地を軽装で走ったら、とても速い筈だ。

 ソレなのに息が全く上がってはいない。リアの様子を確認し、声をかけて気遣う余裕すらある。


「もう少しで着くからさ」


 そうだろうなとリアも思っていた。

 リアが森を進んで二時間、アイと合流してから一時間経ち、出発してから現在十五分程。本来なら一時間はかかるだろうこの道も、彼には三十分もかからない距離であった。

 宣告通り、建物が見えてくる。景色は町の人々が言い、リアが想像したものと然程差違は無かった。

 違うことがあるとしたら、大きな小屋があり、そこから大きなネコ――否、雄の獅子が出てきたことだろう。


「あれ? ウィリ、戻ってたのか?」


 リアを降ろしながら、アイが獅子に話しかける。ウィリと呼ばれた獅子は、アイたちには近づかず、その場でネコ独特の尻尾巻き座りをして、彼らを眺めた。ネコと同じだとしたら、警戒の現れだ。


「親父、怒ってるんじゃないか…? 参ったな」


「あ、あの」


「アイツは『ウィリディス』。オレたちはウィリって呼んでる。うちの居候なんだ。見てのとおり獅子なんだけど、危害は加えないから安心してくれ…って言っても難しいよな」


「はい…でも」


 リアには既視感があった。そう――シーナに似ている。


「獣人……では?」


「おっどろいたな、こんなに早くばれたの初めてだ」


 リアの言葉に、アイが目を丸くして応える。リアは慌てて両手を振ると、「私の愛猫も獣人なんです」と告げた。その言葉に納得したのだろう、アイが「なるほど」と呟く。


「町のヤツらも知らないんだ。できたら内緒にしててくれ。大人しい獅子が居るって知られたら揉みくちゃにされるだろうし、王都に拉致されかねないからさ」


 アイの心配は真実だろう。あの王子(テオス)のことだ。リアを『ライオネ』と呼ぶ程なのだから、獅子への愛着は間違いなくある。それでなくとも王都は獅子だらけだ。


「分かりました。お約束します」


「助かるよ」


 満面の笑みでアイは答えると、リアの手を引いて一軒の家へと誘導する。

 この国の言葉で『工房第九番』と書かれたドアプレートが、扉には掲げられていた。


「ようこそ、『工房第九番』へ」


 アイは片目を閉じて合図すると、扉をゆっくりと開ける。



 扉を開けて初めに目に入ってきた光景は、カウンター奥の火床と沢山の工具であった。勿論、家主が今まで居なかったので、火床の火は消されている。

 リアは導かれるまま建物の中に入ると、左足を軸にし、時計回りに回転する。店の配置は右手から順に、武具、カウンター、楽器、装飾具となっていた。用途が異なる商品が並んでいたが、カウンター奥の火床と工具を視認していたことで、理由も安易に分かる。


「…来客はあるんですね」


「ああ、腕試しにこの森に入る連中もいるしな」


 リアが言った言葉をアイは即時に解し、応えた。

 そう、これらの商品は購入者が使用者ならば、カスタマイズ(改造)が必要になる場合があるモノばかりだ。カウンター奥の火床と工具は、そのためにあるのだろう。


「改造や調整は別料金なんですか?」


「まさか、そこはおまけするよ。ここまで来てくれてるし。それに本来の目的は、仕事を直に見てもらって、納得してもらうことだからさ」


 折角穴蔵から出てるんだし、とアイが笑う。

 確かに、芸術矮星では秘匿主義とまでは言わないが、見せようとしない場所だったとリアは思う。換気の小窓しかなく、部屋全体も薄暗かった。最も、常に火が焚かれていたため、明かりは充分過ぎる程あったのだが。

 リアが装飾具のコーナーを眺めている間に、アイはカウンター奥へ入り何やら作業を始めた。

 気に止めずに眺めていた彼女の鼻腔を、香ばしい匂いが擽ってくる。

 その正体に気がついた瞬間、リアは目を輝かせてアイの方を向いた。彼はリアのその反応に思わず笑ってしまう。


「もしかしてコーヒー好きなのか?」


「! は、はい、大好きです!」


「オレと同じだな」と彼は珈琲が入ったカップを持って、カウンターへと置いた。


「これも無料だから」


 その言葉にリアは思わず首を振る。


「で、でも、今この国の珈琲豆は希少ですよね?」


「そういえば三十日位前に王都で大量消費したって話だったな。でも大丈夫。このコーヒー豆の産地は隣国で、俺たちの町のお得意さんだから、比較的安く手に入るんだ」


 道理で町の人たちも、リアに躊躇うことなく忌避臭として珈琲を持たせてくれたわけだ。リアは納得しつつ、カップの珈琲に口を付ける。


「へえ、ブラックいけるんだな」


「え?」


「町の奴ら、牛乳や蜂蜜をいれないとだめだからさ、女の子なら尚更」

 

 

 ブラック?


 リアの思考が停止してしまう。

 そう、極自然にアイは告げた。これで二度目だ。

 『ブラック(black)』という意味も、それを珈琲に使う場合も、彼が告げた通りの飲み方だ。

 ただし、牛乳だけではなく、砂糖といった甘味すらも加えないソレを『ブラック』と呼ぶのは、日本特有な言い回しなのだ。益々、リアの中では確信が高まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ