手紙
グラベル様
お元気ですか、リア・リオネです。
今回のお手紙は三回目となります。
目的地の町から中間地点の町となり、名前は『サフ』とのことです。
穀物栽培の発展が素晴らしく、近くに大きな川も流れているため、稲作も行っています。◆◆◆◆◆お米を食べられて感激しました。
森林もあるので、最近は木工も行っているらしく、人が入る程の大きな箱からそれこそ米粒一つを収納する位の箱まで、ドワーフに負けない位のモノを作ると皆さん意気込んでいました。
お米にお水に、木工。良いお酒が作れるのではないかと思ってお話したのですが、笑われてしまいました。私の考えは甘いそうです。
それでは、またお手紙します。
お体にお気をつけて。
十七のセッツ
リア・リオネ
***
相手に紙とペンで手紙を書くなど、それこそ前世を合わせたら何十年振りのことだろうか。
それでも『私』が幼い頃はまだ手紙が主流だったことは救いに違いない。
社会人になってからはそれこそ電子メール位で、年賀状すら出すことは無くなってしまっていたが、電子メールやSNSでしか他者とやり取りをしたこと無い人々と比べれば、きっと『手紙』が書けていると『私』は自負する。
しかし――
「書き辛い…」
そう、文字の読み書きは未だ上達していない。一度、日本語を書き、変換して書き直す。この書き方を未だにしているため、時間はかかる上に、書ける文章も短かった。
一番の問題は書く道具で使用している『羽根ペン』だ。
前世において『私』が経験したことある筆記具は、鉛筆、シャープペンシル、ボールペンシル、マーカーペンシル、筆、万年筆だろうか。残念ながら、羽根ペンの経験は無かった。
筆圧が前世と変わらず強いリアは、柔い羽根先を直ぐに駄目にしてしまうため、ナイフで何度も削って整形しなければならない。また、インクだ。インクに浸して文字を書くのはそれこそ筆だろうが、筆と比べてしまうとインクの留まりが本当に悪い。
そしてインクでの文字は書き損じたら、通常は一からやり直しだ。履歴書を書き損じて書き直した思い出が蘇った。だが、この世界では紙もインクも貴重な資源のため、初めこそは書き直したが、現在では誤字の箇所を塗りつぶすことで対応している。
グラベルに申し訳ない気持ちが強くなるばかりのこの報告書。まだ三日目であるが、書くことが億劫になりそうだとリアは思った。
そう、三日目だ。
一日ごとに町を移動し、その町の様子を軽く確認すると、あとは殆ど宿屋に閉じこもって手紙を書く生活である。できれば弓の訓練も行いたかったが、その様な設備は勿論無く、手紙を書く息抜きに筋肉トレーニングとイメージトレーニングしかできていなかった。
馬車での移動は日中に限っていたため、化物の遭遇は全く無い。
そして、王都から離れて、嫌でも分かってしまったことがある。
自分の村と、今まで渡ってきた町と村は、似ているのだ。対して王都は異質だ。
今になって、シーナを置いてきたことをリアは後悔していた。彼女は世界の悲鳴に苦しんでは居ないだろうか、と…
何故、王都はあそこまで世界に嫌われているのだろう。世界種のドワーフたちですら、法式を使うことを遠慮しているというのに。
王族が居るからか、軍で術式を使うからか…
「両方か…」
とリアは呟いた。
何よりも自然が少ない。人工建造物が多い上に、その大半はヒトが作製したもので、ドワーフが施した加護は無い。
デイジーと夜空を見上げた場所も、結局は土だらけだったのだ。
土はあるが、植物がない。
だが、虫はいた。
人々は居る。
人工物はある。
瞬間、リアは何かを分かりそうになるが、同時に恐怖を抱く。
『私』が住んでいた前世なぞは、世界が最も嫌う『世界』だったのではないだろうか、と。
リアは書き上げた手紙を封筒にしまい、きちんと封をした。これはグラベルと取り決めた方法である。
リアが見たことがある手紙は、リヒトが見せてくれた王からソルに宛てたモノと、ソルが与えてくれた紹介状のみであった。だからこそ、封筒に入れるのは当然のことだと思っていたのだが、通常この世界では、便箋ごと折りたたみ蝋をして送るのが主流であるらしい。
更にグラベルは、封蝋をする印璽と蝋を持っていないリアに、封をする際に一つ注文を付けている。安易に偽造できないように、炎で焼印をして欲しいとのことであった。
通常、焼印とは高温に熱した『焼きごて』等を使い、対象物に焦印を付けることを指す。それを術式――と言うことにしている――の炎だけで行うのは難しい。対して封筒も紙でできているのだ。加減を間違えれば全てが灰になってしまう。
何故その様なことを思いついたのかリアが確認した所、リヒトが得意とする業だった様だ。
仕方がないので何か方法が無いか考えた所、リアは自分が肌身離さず持ち歩いている組合の証、『個人識別票』を利用することを思いついた。
鉄で出来ており、彼女の名前も彫られている。熱して付けた焦げ目は字が反転するが、安易に付けられない焼印である。
火光獣の服も一式持ってきているため、熱した鉄を握るのも容易であったし、万が一燃え広がりそうな時は押し付けることで即消火もできた。
リアは今回もこの手で焼印を付けると、宿屋の主人に手紙の配送を依頼する。
(しかし、『偽造』か…)とグラベルの発想にリアは驚嘆していた。
ただの平民の手紙を偽造――という発想は随分と飛躍的だと思ったからだ。彼の職業柄か、ファンゲン家の方針か、または何か過去にあったのだろうか、と勘ぐるしかない。
否――この世界をよく分かってない自分が、意見を、口を挟むことでもないかと認識を改めた。