心ここにあらず
ドワーフ『フロイド』は、芸術矮星でも有名な人物であった。
五十年程前まではそれこそ、他のドワーフたちと徒党を組み、冒険をしていたこともあったらしい。
それが、十五年前くらいだろうか、「ヒトの子どもを養子にした」と宣告すると直ぐに、冒険者から隠居生活へ移行した。
ヒトの子どもと一緒に住むため、穴蔵では生活していないが、木々が茂る深い森の更に山奥に家を建てて住んでおり、近くの小さな町の仕事を中心に生業としているらしい。
森は化物が多く、その様な場所にヒトの子どもと二人で大丈夫なのかと心配した仲間も居たらしいが、彼らは化物への対処に心得があるため、今の所、問題も起きていないとのことであった。
当時は幼かったであろうヒトの子――ルートは某息子と言っていた――も、現在では十八を超えている立派な大人の男性だ。
彼が造る作品も市場に出回っているらしいので、彼らの生活は順風満帆だろう。
全て憶測な話ばかりなのは、彼らの生活を詳しく知る者が本当に存在しないためだ。
もしかしたら、彼らの住む地域の小さな町の住民とルートが一番詳しく知っている人物かもしれない。
「ドワーフの某息子か…」
未だに名前も、姿形も不明なヒトの男性。
フロイドよりも、会ったこともない男性に心惹かれている自分に、リアは戸惑っていた。
「恋ですか?」
「恋か?」
「誰か気になるお方でも?」
「誰か……気になる人でもできたのか…」
「にゃー?」
「具合でも悪いのか?」
デイジー、ハリィ、グラベル、テオス、シーナと続き、最後のルートの言葉に思わずリアは爆笑した。その様子に「元気そうだな…」とルートは呟く。
某息子のことを考え、恋の病だと勘違いされて、最終的には病そのものだと言われる流れが、彼女の中では大変にツボだった。
「ご、ごめん…なさい。くっくく…、でも、みんなして…、私、そんなに酷い顔ですか?」
「酷い…というか、心ここにあらず。という感じだな」
確かにそれは『思い悩む思春期の乙女』の表現に相応しい。
生憎だが、リアのこの気持ちは『恋』では無いと思われる。
寧ろ、某息子がヒトで、ドワーフが養父という情報と、彼の作品を見ただけで惚れているとしたら、それは一種の宗教だ。
――それも間違いではないのかもしれない。
「芸術矮星で、フロイドさんのことを少し聞いたんです。えっと、某息子さんのこととか…」
「なるほど、某息子のことは全く収穫がなくてヤキモキしており、テオスの件も含めて私に確認しに来たのか」
「ご名答。そのとおりです」
そもそも、ルートからテオスに、そして軍の兵士に、リアが旅立つことと、その目的が漏れてしまっているのだ。これ以上の口外を阻止するためにも、本日の訪問は必須であった。
「フロイドの某息子は…ヒトで間違いないが、少々変わっておってな…」
ルートから語られる某息子のことに、リアは思わず身を乗り出してしまう。彼女の様子にルートは(ぞっこんじゃないか…)と思いつつも、口にはせずに話を続けてくれた。
「この国では見かけたことがない風采容貌なのだ」
その言葉を聞いて、リアが真っ先に浮かんだのは愛猫であるシーナである。
彼女はネコとして生きることを選んだ獣人だ。
そして、ヒトの姿の彼女は贔屓目に見ても美しい。
それは城の宴会にて多くの男性が心奪われていたことからも分かる周知の事実だ。
因みに『私』の中で、出会った人々の容姿で順位を付けるならば、上から順にシーナ、イリス、テオス、デイジー、グラベル、ソル、リヒト、ルート、ハリィ…だろうか。勿論、貴族、ご令嬢の中にも美しい方々は居た。だが、この世界で共通されている美意識なのだろうか、皆、痩せているのだ。肥満が良いと言うわけではないが、痩せていて美しいかは別だ。どちらかというと、彼らのそれは飢餓に近い。
イリスも病弱で痩せており、顔色は悪かったが、まだ健康的に見えるとリアは思っていた。その理由は、魅せるために痩せたのではなく、生きるという戦いで得た姿だからだろうか。
とどのつまり、ルートが某息子を『変わっている』と言った時にリアの頭に浮かんだのは、ヒトとして生きている獣人か、または飢餓のような人々である。この国では見かけない――と付けば、それこそ前者に思考は偏られた。
「…獣人の可能性は?」
「それは無いな……否、しかし、この国で見かけぬ貌なだけであって、他国では多いのかもしれん。フロイドたちが住んでいる森は、隣国レプスとの境だしな。以前も言ったが、この国――世界は、調べるということに皆、興味がない。私だって虫とエメム以外のことはさっぱりだ」
「レプス…」
初めて出た他国の名前。
そこでリアは漸く自分が住んでいる国の名前を知らないことに気がつく。今居る場所は王都オライオンだが、当然、国の名前ではない。
テオスの実名は『テオス・ケー・ベテルギウス』だが、『ベテルギウス』が国の名前なのだろうか。
地理の資料も再確認せねばと、リアは考えたが、一先ずルートに尋ねることにした。
ハリィの時に使った便利な処世術だ。