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テオス・クリーブ2

「…久しぶりだな」


 今まで出会った中で、一番愛嬌がない表情かもしれない。

 テオスの声と顔は、その銀色の髪からも冷たい金属や氷を連想させる。だが、彼の中で炎が燻っているのをリアは身体――否、ルーアハが感じ取っていた。

 背中に冷や汗をかきながらも一瞬笑顔を作ったが、数秒後にはその頭を深々と下げて謝罪する。


「申し訳ありません…」


「…怪我などしていないようで…良かった」


 まさか上半身は大火傷をした後とは言えず、「ご心配をおかけし、申し訳ありません。テオス様はお元気そうで何よりです」としか答えようがない。

 計十日は経つだろうか。彼にとっては長い期間だったのかも知れないが、リアに会えなかったという理由だけで、テオスが此処まで荒れたとは到底思えない。

 恐らく原因はリアが身に着けている防護具と手に持っている弓矢だ。

 頭を下げているが、嫌という程彼の視線が刺さるのをリアは感じ取っていた。


「……良い武具だな」


「お褒めに与り光栄です」


「? 君が自分で用意したのか」


「ええ、当然です」


 顔を上げながら答えた彼女の言葉とその真剣な表情に嘘偽りは無い。テオスの棘が一瞬で無くなったのをリアは勿論、周りで待機していた従者たちも感じ取った。


「そ、そうか…」


 自身の怒りの矛先は元々存在しなかったことに、戸惑っているテオスは、実に可愛らしいという言葉が似合う。先日のデイジーに続き思うが、既に存在しないこの世界の神は嫉妬深く、愛情深く、執念深い――人類の代表のようだとリアは思った。


「それで…仕事の方は良いのか」


「はい、滞りなく。実は、暫く出勤しなくても大丈夫だとも伺っています」


「つまり、今日はその弓の試し射ちに来たということか」


 テオスの言葉は正しかった。イメージトレーニングと筋肉トレーニングは出来るが、実際に狙い射つのは整備された施設で行うしか無い。勿論、外に出て実践することも考えたが、流れ矢で人を傷つける可能性がゼロではない限り、恐ろしくてリアにはできなかった。


「ご迷惑でしたか?」


「まさか… 準備させるから待っていてくれ。久しぶりに君の射法も確認したい」


 テオスが待機していた従者の一人に指示をすると、他の従者が一斉に動き出し、城内が少し慌ただしくなる。


 ハリィに言われた件もあり、リアは本日、久しぶりに城へと出向いた。

 事前の面談の約束も取り付けて居なかったが、殆ど顔パスで城内に入ってしまえたのは予想外であり、待機していたいつもの客間にテオス自身が現れたのも想定外であった。


 天界の盗火であるからか――だが、そうだとは思いたくない。

 リアという人間に価値が無いと思いたくない。

 少なくとも『私』は思いたくなかった。

 『私』は――価値が無い人間だったと自覚している。だからこそ死んだのだ。

 『私』が宿ったことでリアまで価値がないとは思われたくない。

 『私』は――『自分』がとても嫌いだが、リアのことは好きなのだ。



「少し、腕が――狙いが上がっているな」


 リアの射法を見て、テオスが彼女の肩と腕に触れる。その熱を感じ取ったリアは、力が必要以上に入っていたことを自覚した。

 一度弓を引くのを止めると、両眼を瞑り一呼吸置く。

 和弓と違い、洋弓はこの引き直しが可能であるが幸いだ。眼を開くと視界に入ってくるのは弦に引っかかった状態の矢。その矢を再度弓に番え直し、そして弦を引き直す。

 購入した折りたたみ式の弓は、テオスと訓練していた時に使った弓と異なり、軋む音が耳に触った。

 店で弦を引いていたが、この様に引きっぱなしにしていなかったことをリアは思い出す。

 恐らくこの弓は本来、狙いを定めて引き続けるのに長時間耐えられる代物ではないのだろう。

 慎重なリアは弓を引き、放つのに時間を要する上、その維持の力が強く、軟な弓は悲鳴を上げ続けていることからも分かる。だが、『能力』により時を停止されている弓は壊れることはない(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 なるほど――気持ち悪いわけだ。


「ライオネ、君は――完璧主義者だな」


「…え?」


「出来ないことは、悪いことではない」


 外しても良いのだと、テオスは言っているだとリアは直ぐに理解する。

 しかし、それは『私』には難しいことであることも分かっていた。

 これでも、今世では大分妥協しているのだ。特に『知らない』ことに関しては諦めている程だ。そして一番の問題は別にある。


「…矢の数も限られているので」


「成る程、それは考えていなかった」


 リアが弓を習得する動機になったのは、化物への対策だ。

 持ち運べる矢の数は限られるし、合わせて撃てる数も限られる。放つ矢の回収を行うためにも、標的には中らなくても、当てなくてはならない。


「ですから、矢は当てたいのです」


「…そうか」


 テオスはリアの言葉に少し考えた様子を見せると、置いていた矢を全て纏めて持ち始めた。数にして三十本はあるかもしれない。


「これからこの矢を全て射ってくれ。ただし、一つの矢を射つ時間は今までの三十分の一にすること。的から外しても構わないが、なるべく当てるように。これをそうだな…十回行ってみよう」


 突然のスパルタ教育への移行にリアは驚嘆するが、テオスの考えが読み取れたため静かに頷く。

 彼がリアに教えたいことは、弓を射つ速度と狙いを決める速度を上げることだ。

 洋弓は和弓と異なり、命中精度が高い弓だ。この世界の弓も洋弓に似ていたのと、リアも過去に射った時に当てることはできたため、ソレはよく分かっていた。

 『慣れろ』ということなのだろう。

 

 

 初めは射法を早くしたことにより、的に全く当たらなかったが、やがて当たるように成った頃には、弓を引く力を失っていく。

 一時間程経っただろうか、矢を放ち続けていたその身体は、筋肉に限界が来ていた。

 リアの辛そうな表情を見て、テオスの方から終了を促される。リアは不甲斐ない自分に腹を立てるが、今の状況を顧みて、一瞬で冷静になることができた。

 テオスはずっとリアの側で立ち、三十はある矢を持ち続けていてくれたのだ。彼女が矢を拾いやすいように、高さも位置も固定したまま、微動だしない。

 また、矢を全て射った後は、彼も回収を手伝ってくれている。

 ―――敵わないな。


「テオス様、ありがとうございました。もし、宜しければ、明日もお付き合いいただけますか」


「勿論だ」


 弓を下ろし、頭を下げたリアには、彼の久しぶりの笑顔は見えていない。

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