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能力

 店を何軒か周り、デイジーと話してみると、疑っていた訳ではないが、彼女は本当に弓の心得があるのだと理解する。

 不思議に思ったリアが尋ねたところ、組合で働く者は事務職も含めて研修で習うとのことであった。剣、槍、弓などあるが、多くの女性は弓を選択し、やはりエルフ製の弓を好むらしい。


「ドワーフ製は男性が好んで使いますね。あ、でもヒトが作ったらしいモノでとても良質の弓があるんですけど……」


 デイジーは言いながら店内を見渡す。彼女が見ていたのは『名無し』商品として雑渡葉欄の棚であった。


「……無いか…数年前はよく見かけたのに…『名無し』ですが、とても良質で…買っておけば良かったなぁ…」


 前世でもお馴染み『Made in ●●』。

 輸入品が多い王都だからこそ、人工物にはその作成者の名前を刻む。

 勿論、世間一般に名が知られていない個人が多いため、芸術矮星の様に活動している工房や専門組合に弟子入りし、その工房等の名前を刻むところから始まるらしい。それでもドワーフやエルフ等の異人は個人名が多く、ヒトは格段に少ない。

 名前を入れられるということは、一人前(プロ)を示しているとも言える。

 『名無し』商品とは、半人前以下だということであり、値段も高くはならない。それでも商品として世に出したいと思い、店と交渉して置いた結果なのだ。

 『名無し』商品がそれだけ売れるならばと、一人前として名を刻む者も居るらしいが…それも稀有だ。

 そのヒトが作製した『名無し』商品が――今は全く無い。

 つまり、それは『名有り』に移行したと思われるのだが、ヒトの名有り商品は未だに見かけていない。

 工房等に入ったか、亡くなられてしまったか…、前者であることをリアは願う。


***


 更に店を巡っていた所、リアは一つの弓に惹かれて手に取った。

 初めは弓に見えなかったのが正直な感想である。

 弓の売り場に置かれていたソレは、長さ四十センチ程の黒い角材に見え、誤って置かれたモノかと思ったが、折りたたみ式の弓であると店員に紹介された。

 店員の話では、昔、店に来た客に買い取って欲しいと懇願されたため、仕方なく買い取ったものらしい。確認したが、やはり『名無し』商品であった。

 リアが角材を持ちながら射法の形をとると、即座に変形して弓の形へとなる。突然の変化に彼女もデイジーも当然驚いたが、あることに気がついたデイジーが小さな声で呟いた。


「コレ…能力が――かかっている」


「え?」


 能力――術式と法式では無い、特定のヒトが持っている今は無き神の力。ソレが物体にかけられている…?


「え、えっとどういう?」


 以前、能力者のことを聞くことは失礼に該当すると聞いていたリアは、それでも疑問をつい口にしてしまう。反して、気にしないと告げていたデイジーは、宣言通り気にしていないのだろう、リアの疑問に対して答えてくれた。


「能力は人によって異なっているのですが、その断片自体は能力を持っている人にはよく分かるんです。この弓には能力の断片があります。恐らく――時を停止させる力。見た目寄りは大分古い品物だと思いますし、時が止まっているため、丈夫だと思います」


「時が――止まる?」


 術式、法式ではなく、まさか能力でその『事象』を知ることになるとは。だが、その力を自らにではなく、他に使用する、出来るということはどういうことなのだろうか。


「何故、物体に? って顔していますね」


「え!」


「寧ろ、能力は自分よりも他者や物体に働きかけることが多いんです。現に私も、他人や物体の名前を読み取ることができますが、自分の前世(ヽヽヽヽヽ)はわかりません(ヽヽヽヽヽヽヽ)


 デイジーの言葉にリアの顔が一瞬で蒼く染まった。

 彼女は能力者で、リアの名前を能力で読み取った過去がある。

 デイジーが自らの前世を持ち出したということは、つまり――彼女はリアの前世の名前を知っているのだ。

 リアの変化にデイジーは己が失言をしたことに漸く気づいたらしく、その緑色の瞳を見開くと直ぐに伏せてしまう。

 だが、リアの頭は反対に冴えていた。

 彼女はリアの前世の名前が分かると宣言しただけであり、現在のリアが前世の記憶を持っているとは思っていない可能性がある。

 リアは一息吐くと、勘を信じて言葉を続けた。


「私の前世の名前――変なんですか?」


「え… い、いえ…、実は、リアさんの前世の名前は読めないので…」


 リアの前世はこの世界とは異なっている。言語が異なっているという意味だろうか。

 一先ず、デイジーの答えに確信を得たリアは、「なーんだ」と少し態とらしく応え、笑顔作った。

 リアの様子にデイジーも安心したのだろう、頭を下げて謝罪しながらもその顔色は良い。


「す、すみません。自分でも分からないことを、他人に言われるなんて…嫌ですよね」


「いえ、変な名前でソレが常にデイジーさんに見えてたんだ…と思ったら申し訳なくて」


 嘘も方便であったが、リアの言葉にデイジーは「そんなこと気になりませんよ」と笑って返した。

 デイジーの話では、相手に前世がある場合、その名前が現在の名前と連なって見えるらしく、基本的には相手が自己紹介等してから、合致させている。リアの場合も名前が連なっているが、前世に当たる名前が彼女には読むことができないらしい。

 これは、同じ様な能力を持っている人でも個体差があるらしく、前世の名前が全く見えない人もいるとのことであった。つまり、図書館の司書はリアに前世があったことすら知らない可能性がある。

 リヒトの話では『生まれ変わり』を迷信だと言う人もいれば、ルーアハの定義で有り得ると思っている人もいるとのことであった。前世の名前を読み取れない人もいるならば、全人類が『生まれ変わり』の存在を認めるのはまだ大分先になりそうだ。


 話が大分逸れてしまってから、二人は本日の目的を思い出す。

 リアは改めて変形した弓を眺めて観察し始めた。

 自動でこの形へ成ったと思っていたが、どうやら握った部分にスイッチの様なモノがあったらしく、リアは無意識に押していたらしい。

 再度、同じ場所を押してみた所、弓は元の角材の形へ戻った。

 今度は意識的に弓の形にすると、射法の流れで、張られた弦を彈いてみる。店の中で響くその音は、まるで楽器の様に心地が良かった。

 大きさも重さもテオスとの訓練で使っていたものと大差なく、持ち運びの利便を考えても申し分ない。デイジーの話では能力で『丈夫』だという保証付きだ。

 店員もその価値に気づいていないのだろう、購入できない金額ではない。


「…コレにしようかな…」


「では、合う矢と…保護具もココで買いましょうか」


 リアが呟くと、デイジーは『善は急げ』の如く、店の中を一緒に確認してくれた。


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