デイジー
「良かったらご案内しましょうか?」
組合に報告した際、リアはハリィから預かっていた店のリストをデイジーに確認したところ、彼女から立案された。
「え…良いんですか?」
「はい、近いうちですと…明日でしたら私は非番ですよ?」
その言葉に組合としての仕事ではなく、彼女の善意であると理解したリアは、即座に首を振る。自分の弓矢の購入に、デイジーの大事な休暇を使用させるわけにはいかないためだ。
「いいえ! 悪いですよ!」
リアの言わんとすることもデイジーは分かったので、彼女も首を同じく横に振り答え始めた。
「私、これでも弓の心得はあるんです。勿論、通常はお仕事等の助言はしないので皆さんには内緒にしていただきたいのですが……」
「なら、尚更…」
「……お詫びにさせてください」
火傷の件は此処まで彼女の心を傷付けていたのかと、リアは思う。
シーナ、グラベル、ハリィも確かに気にしてくれていたが、彼らの立場や建前からもその理由が明白でリアには飲み込める。しかし、デイジーのソレは『異常』では無いかと思う程だ。
少なくとも前世も含めた人生において、彼女の様な人に出会ったことがリアには無い。
心配と反省をし、尚且お詫びを無償の範囲で行うのは、本来の仕事を逸脱しているし、禁じるべき行為である。彼女も『内緒にして欲しい』と告げている通り、やはり間違っていると思うのだ。
デイジーが組合で人気な女性であるのは知っている。
もし、この様な気遣いが要因なら、今後の彼女のためにもやはり止めるべき行為だ。
「デイジーさん、ご厚意はとても嬉しいのですが…」
「あ、あの、先程も言った通り、通常、全くしないんです。でも、私、リアさんにだけはどうしても…」
自分が男性なら、勘違いしてしまう様な台詞であるとリアは思った。
一瞬、本当にそういう意味なのか? とも思ったが、この感覚は――覚えがある。そう、テオスだ。
それに気がついた瞬間、彼女が『能力者』であったことをリアは思い出し、納得する。
彼女が言っていることは全て事実だろう。
贔屓してしまうことには変わりないが、この善意と好意は拒否し続けても無駄であることは、テオスの件でリアは十二分に理解していた。
「…分かりました。お願いして良いですか? デイジーさん」
「…! はい! ありがとうございます!」
お礼を言うべきはリアの方なのだが、彼女の嬉々とした笑顔に何も言えなくなる。
『デイジー』と言えば、前世においてヒナギクという花の別名だ。微笑む彼女の背景は、その花が飾られているように明るい。
(歌詞の通り、『おかしく』なりそうだ…)
頭の中でBGMとして流れる曲と歌詞を聞きながら、リアは心の中で呟いた。
***
翌日、集合場所に時間通りに来たリアとデイジーは、互いの服装を見て思考が停止していた。
デイジーの服装は、『可愛い』という単語が正に相応しい。
風が吹く度に、フワリと舞う桃色のスカートは『花のワルツ』に出てくる妖精たちを思い出す。
反対に上半身は白いブラウスを着ており、胸を飾る大きな黄色いリボンが、彼女の豊満な胸を強調させたが、下品ではなかった。
仕事では後ろに纏めていたプラチナピンクの髪は下ろしており、少しパーマがかかっているが、腰まである長さであるのを知る。
可愛い。
対しての――リアはコレである。
防護具を試着するのも兼ねて、最低限の服しか身につけていなかった。
芸術矮星で支給された防火服は着易い上に、動き易い。個人的にも購入したいとハリィに伝えたところ、普段使いしても良いと言われたため、本日も着て来ていた。
流石に下半身は上にスカートを履いてきたが、お洒落ではなく、字の通り腰巻き程度の役目しか果たしてない。
隙間から脚絆のごとく見え隠れしている防火服は、前世の日本の女子学生が防寒で行っていた姿を思い出させる。
校則でスカートは履かなくてはならない。
だが、ストッキングやタイツだけでは寒い。
よって学校指定のトレーニングパンツを下に履くのだ。
『ダサい』という単語が実に相応しい。
デイジーが言葉を失っているため、これは自分から発言する必要があるな、とリアは思った。
「デイジーさん、今日は付き合ってくださりありがとうございます。とても可愛いらしくて吃驚しました」
「え! あ、いえ…その…恐縮です……」
途端、頬を真っ赤に染めたデイジーは、恥ずかしいのか嬉しいのか、その頬を隠すように両手で顔を覆う。
本当に可愛い。
彼女のプライバシーを覗き見ているようでリアには罪悪感があるが、優越感もあった。
しかし、よく考えれば、デイジーの方がリアよりも歳上なのだ。『私』の感覚でいたため、失礼だったのでは無いかと不安に駆られるが、それは杞憂らしい。
「あ、あの。リアさんの格好も…素敵だと思います。少し、男性っぽさがあって、斬新で…、お店を回るのに効率も良いと思いますし…」
『天界の盗火』の効果か――この格好を素敵だと言い切ったデイジーに、リアの動きは再度停止した。
第三者の視点から見れば、デイジーの言動は『恋は盲目』状態である。
何故、突然、急に? というのがリアの率直な感想だ。
思い当たることがあるとすれば、炎を良く使うようになり、その直後ということだろう。
隠すことなく余すことなく使用し始めたこの天界の盗火。
父の呪詛を今一度噛み締めなければなるまい。