ドワーフの工房2
初めての仕事をしてから八日後、芸術矮星からの要請を受けてリアは出勤した。
彼女を待ち受けていたのは、多くのドワーフたちの微笑みと、落ち着かない様子のハリィであった。
リアが首を傾げると、ハリィが手に持っていた布の塊を渡してくる。
「防火服だ……上から着ろ」
元の無愛想な態度に戻ってしまったハリィに、少し残念そうな顔をして受け取ったリアを見て、周りのドワーフたちが一斉に声を上げ始めた。
「なんでい、その態度。人に特急で造らせておいて」
「貴重な火光獣の毛をふんだんに使ったんだからな、お前の大事な嬢ちゃんの肌に一切熱は通さねえよ」
「ほら、こいつも渡すんだろ? 顔と目の保護に――」
「いやぁしかし、嬢ちゃんの炎すごいんだってな。ガラス工芸が終わったら、是非、剣を打つのを手伝ってくれよ。良い剣ができそうだからな」
「流石ハリィお気に入りの柘榴石――」
「うるせえぞてめえら! 持ち場に戻れ!!」
ハリィが大声で怒鳴りちらし、ドワーフたちを煙に巻く。
言いたい放題言い放ち、叱責を受けた彼らは意外にも嬉しそうに去って行った。
その様子の迅速さに、リアは圧倒されるしか無かったが、一先ずハリィの言われたことを実行するかと、渡された服を眺める。
『かこうじゅうの毛』が使われているとのことであったが、毛の印象を全く受けない白い布で、とても軽い。服は上下別れており、前世のジャージのトレーニングウェアに似ているな、とリアは思った。
畳まれた服からは、手袋と靴下も出てきたので、顔を除けば肌全てがこの布に覆われることになる。その顔もドワーフの一人が置いていった防護具で覆えば大丈夫らしい。
顔の防護具は前世でいう『防災面』と形がよく似ていた。
レンズ面の色は赤色の半透明であったが、この物質が謎であった。通常ならば熱可塑性プラスチック等を利用するのだろうが、この世界に有るとは思えない。ガラスとも違う素材のようであった。
リアが余りにも長時間眺めていたため、ハリィは面目なさそうな顔をして言う。
「…悪ぃな、急ぎで作らせたから、意匠より機能性を重視させちまったんだ」
「え? あ、ち、違います! その…この顔の防護具の透明なモノって何だろう? と思って…」
「何って…ああ、そうか。お前たちは装飾具で使うもんな。鉱物…宝石だよ」
「へぇ?! そんな…こんな大きな宝石?!」
リアの疑問にハリィが答えたが、リアは信じられずに声を上げる。
確かに透明度は低いが顔を覆う大きさの宝石だ。
加工前は三千カラット程在ったのではないかと推測されるし、高価では無いのだろうか。
「確かにデカイが、傷や不純物もあるし装飾具の価値は低いと思うぜ? 熱に強いし、気の内包量はあるから、火床の補助にもなるんで俺たちには重宝するがな」
……シーナに続いて、久しぶりにこの世界への疑問が湧いてくる。
リヒトに訪ねるべきか、それとも事典で調べるべきか、はたまたハリィに聞いてしまおうか悩んでいたところ、意外にも彼から補足の様に話が続いた。
「同族とばかり話すから、専門的な言葉が多いかもしれん。分からないことは気兼ねなく聞いてくれ」
その言葉にリアは少し安堵すると、「勉強不足ですみません」と話の冒頭に付けてから訪ねることにする。
「宝石の特性を教えて欲しいのですが……先程『気の内包』とか…」
「星が生きていて、気を出している…ってのは理解してるんだよな」
「はい」
「宝石――鉱物――もっと平たく言うとただの岩や石もだが、一部の例外を除けば、星から直接生まれた物体だ。つまり、言い方は悪いが俺たちで言うところの『垢』みてぇなもんだろう」
ハリィは言い方が悪いと言ったが、リアには受け入れやすかった。
恐らく、彼が言いたいことは、細胞の認識に近い。
新しい細胞が内部で造られ、外側の古くなった角質が剥がれ落ちるように、星の古いモノが表面に現れ、剥がれたのが鉱物なのだ。
「元は星そのモノだったんだ。気を内包してるし、内包し易い。世界干渉も少なくて済むから、俺たちはこの都ではなるべく法式を使わずに、鉱物――内包されてる気を使うんだ」
「世界干渉…」
「世界の意思って言ってる奴らもいるな。この都はそれこそ世界に嫌われてやがる。化物の侵入も多いのが証拠さ。こんなところで法式を使いまくれば、それこそ化物の餌食だ。だから俺たちは建物には鉱物を混ぜるようにするし、法式も自重する。正直なところ鉱物だって何処まで効果があるかわからんがな」
ハリィは「ちょっとまってろ」と告げると席を外し、片手に皮袋を持って戻ってきた。
中から一つ四十カラットはありそうな鉱物が出てくる。透明度は高くないが、赤い色をした石だった。それでも加工すれば綺麗な宝石が幾つも採れるかもしれない。
「こいつ一個で一ヶ月くらいかな」
「?」
「火を熾し続けるのにな。木炭も使うが火力の維持等色々な…法式を使ってきた報いさ」
つまり、彼らは火床で宝石の力を消費し、その炎を一ヶ月以上は絶やさないようにしているのだ。
勿論、炎に宝石をただ投げ込めば良い訳ではなく、気を発動させるにはその人の法式、若しくは術式を必要とはするらしい。
余談と言うことで教えて貰ったが、術式への気の置換が難しいヒトは、宝石を利用するとのことだ。ただし、気を使いきった宝石は価値の無いただの石などになってしまうため、それこそ貴族が嗜む程度らしい。
「……だからこそ、お前さんも含め、火起こしに来てくれた奴らにも申し訳ないことをしたと思っている。俺たちにとって普通で、破格を与えても全く旨味は無いことだったんだ。騙してたのと同じだ」
ハリィは先日の件を大分負い目に感じている様で、リアにもその思いが痛いほど伝わってきた。
だが、グラベルとデイジー、そしてハリィも勘違いをしている。この道を選んだのも、歩んだのもリアなのだ。当然、道を変えるのも歩むのを止める権利もリアだけにあるし、現に彼女は此処に来た。
その証明にと、彼女は与えられた服と防護具を素早く身に付け、ニコリと笑う。その姿に呆気にとられたハリィであったが、『ヤル気』があるリアに今までで一番良い笑顔を見せた。
「あ、もうひとつ気になることが……」
リアの一言に「何だ?」と返してくれたハリィだったが、彼女の次の言葉で、いつもどおりの顔に戻ってしまう。
「『えらきす』ってどういう表現なのですか?」
「さっさと仕事始めるぞ!」
質問を無視して、ハリィは部屋の奥へ進んでしまった。
後ろ姿からチラリと見える彼の耳が少しだけ赤い。
恥ずかしい言葉なのだろうかと、リアは解釈し、素直に彼に付いていった。