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心から

「申し訳ありませんでした!!」


 次の仕事の日程を確認するために、リアは組合へ行ったのだが、入口でデイジーに呼び止められ謝罪される。

 頭を最敬礼の位置で固定し、動かない彼女に、身に覚えの無いリアは狼狽するだけだ。

 悪い方に思考が傾いた結論は一つ。


「え……まさか私、解雇ですか…」


「ち、違います! 先方は用意ができたら直ぐにでも来て欲しいと言っていました!」


 なーんだとホッとしたのも束の間、デイジーが身を乗り出してリアを捉えた。


「私、リアさんが戻ってきた時に本当に驚嘆したんです。まるで化物と闘ってきたみたいに火傷を負って……軽い気持ちで仕事を斡旋してしまったこと、反省しています」


「私にもできる仕事だったのは事実なので、問題ないですよ」


「ですが…辞めて行った人たちであの様な火傷を負った人はいなかったんです…皆さん短期でしたし、最長で働いた記録がある人も獣人で……きっと火傷の治りが早く、見逃したのかと……」


 『私』の経験上、特に日本人で退職する人は後味が悪くないよう、綺麗な自分を主張して辞めようとする。お世話になりましたと、職場の人間に菓子折り等を用意して渡し、挨拶回りをするのだ。立つ鳥跡を濁さず…というやつだ。

 当然、職場も送別会を実施し、花束を贈ったりする。それはその職場の悪い噂を広ませないための最善処置だ。

 両者とも「心から?」と聞かれ、「もちろん!」と答えられる人は、果たして何名いるだろうか。

 その本心を明確に見たことがあるのがSocial(S) Networking(N) Service(S)だ。

 おかげで他人への不信感は一生拭えないな、と『私』は思ったし、心的外傷(トラウマ)だ。

 この世界にSNSが無くて本当に良いとすら思う。

 

 だからこそ、今回の件はリアも全く気にならなかった。

 元々、テオスに忠告されていたのを無視したのは自分なのだ。

 しかし、リアが何を言ってもデイジーは首を振り、頭を下げる。正直、驚嘆させて心配もされれば、こちらが申し訳ないくらいなのに…。


「本当に……お父様にもよろしく御伝えください」


「ん?? おとうさま?」


 たが、デイジーの締めの言葉にリアは反応してしまう。

 リアの父は七年前に死んでいる。

 デイジーの年齢は十代後半位だろうか。

 王都に来ていた父を知っている可能性はあるだろうが、組合(ここ)では無いはずである。


「生前の父の知り合いですか? 生憎父は七年前に他界したのですが」


「え…? あ、私ったらまた早とちりを?! 『嫁入り前の娘になんてことを!』と怒鳴り込んで来られた男性が居たので、てっきり……」


 デイジーは顔を真っ赤にして手を振ると、またも頭を下げて謝罪を始めてしまった。

 思い当たる人物が一人だけ浮かんだので、念のためリアは確認をとることにする。


「その男性の特徴とか覚えていますか?」


「紺色の正装を身に付けられた初老の男性で…眼鏡かけてらして…あ、あと懐中時計をお持ちでした。結構高価なモノなのでつい見てしまって…」


(グラベルさんだ…)


 組合に抗議すると発言したのは本気だった上に、既に実行済みであったとは。

 恐らく彼も余裕が無いのだろうと察する。彼のためにも自分はもっと慎んだ行動をするべきであったと、リアは深く反省した。


「その方は父では無いですが、現在、私の保護者も同然の人ですので……ご迷惑おかけしました」


「迷惑だなんてそんな!」


 リアが頭を下げると、更にデイジーは狼狽してしまう。

 その様な彼女を見て、リアは思わず笑ってしまった。笑いながら、彼女の前で長袖だった服を捲って腕を見せて応える。


「ほら、もう火傷なんてありませんから」


 リアの少し白い肌には火傷どころか、傷一つ無い。信じられない様な顔で腕を眺めた後、直ぐにリアの顔をデイジーは確認する。


「顔も、ですよ? アロエのおかげです」


「あ、報告にあった…工房からいただいた…あの?」


 組合に報告する時に、報酬とは別に無償で受け取ったことをリアは伝えていた。

 もし問題がある様なら返却、若しくは報酬から差し引いて貰う必要があると思っていたからだ。結果、問題無しとのお墨付きがあったので、使いきってしまっている。


「アロエにその様な効果が…」


「正確には、アロエだけではありませんが…先程話題に出た男性が色々用意してくれまして」


 苦笑しながら捕捉するリアに、デイジーは漸く安堵したのか、本日初めて、その綺麗な笑顔を見せてくれた。


「リアさんはとても愛されているんですね」


 『愛する』


 デイジーが呟いた言葉は、リアには衝撃である。

 否、デイジーが深い意味で言ったわけでは無いのは充分に理解できていた。

 それでも『好ましい』という言葉の重みとは違うだろう。

 前者は己を棄てても相手を護る覚悟があり、後者はそれがないどころか、最終的に逆に成り得る怪しい感情だ。

 リアにとって『愛している』のは間違いなく、シーナとリヒトだ。そして、彼女たちにも『愛されている』と自負していた。

 グラベルは――どうだろうか。少なくともリアにはその想いは到底足りていない。


「本当に、勿体ないです…」


 彼女はデイジーにそう答えるしかなかった。


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