『私』はリア・リオネ
前世の記憶を突然取り戻し、窮地に陥った少女『リア・リオネ』。
驚異も去ったこの状況で、彼女は今までのことを思い出そうと必死になって考え込んでいた。
傍にいるリヒトはただ黙って幼馴染みを見守ることに決めたのか、剣の手入れはすれど余計な発言は一切しない。
ポツリと思い出す記憶と知識の答え合わせをするやり取りをかれこれ数時間は続けている。
落ち着いた今だからこそ、リアは自身の容姿などを改めて認識した。
橙色の髪は短く、癖毛なのか跳ねが目立つ。
瞳は赤みがかった茶色、肌の色はどちらかというと白い。
年齢は十四歳なので体型等は年相応であった。
顔立ちは前世の様な日本人では無く、メスティーソに近いのでは無いかという印象。この世界が前世の世界と異なっている様なので、その単語は正しくないだろうが、飽くまで表現としてだ。
対してリヒトは、栗毛に近い紅毛で、その髪は乱雑に切られているが、うなじが隠れる箇所だけセミロング程の長さある。
瞳は金色に近い茶色で、肌の色は白い。前世で言うところの人種はコーカソイドだろうか。
年齢は十三歳でリアとは十年以上の付き合いだ。
まだ幼さが残るが、顔も体も大人に近づきつつ有り、恐らく美形になるだろうと予想はできる。
その様な二人が、なぜ森に来ていたかというと…、完全に失念していたが、リアが背負っている荷物に答えがあった。
村の診療所の薬が切れてしまい、代わりになる薬草を採取しに来ていたのだ。
そう。村、診療所、薬草……。
リヒトが剣を持ち、将来の夢が『騎士』であること。
彼の父親が『爵位』持ちであること。
ここまではまだ同じ世界の過去などといった可能性も有り得たが、巨大な虫が出現し、魔法があるこの世界は、何度考えてもやはり別世界であり、何度理解しようとしても現実だと思えない。
睡眠中、別の人間になっている夢を見たことは無いだろうか。
全く知らない筈なのに、何故か解ることがあり会話ができたり、実行できたりするのだが、やはり解らないことが出てくると「忘れてしまった」「思い出せない」と狼狽する。
リアの現状が正にそれであった。
――このままでは、記憶は完全に戻らないかもしれない。
つまり、これからの生活に支障がでるということだ。
現にリヒトに迷惑をかけている自覚はある。優しい幼馴染みであったから良かったものの、これから先、毎回通じるとは思えない。
信じては貰えないかも知れないが、記憶障害の症状も含め、せめて彼だけにでも説明した方が良いのかもしれない。
リアがリヒトに向き直ると、その様子にリヒトも話を聞く姿勢をとるために剣を置いた。
「リヒト、生まれ変わりって信じてる?」
「また突然だな。迷信だと言われてるけど、全く無いとは思っていないぜ。現に俺たちは術式が使えるしな」
気になる発言があったが、今尋ねると話の筋から脱線しそうだったので、リアは疑問を飲み込み、話を続ける。
「私、その生まれ変わりみたいなんだ。前世の記憶があって、と言うか思い出して…ソレが邪魔して今までの記憶が曖昧になってる…」
リヒトの目が見開き、次には細くなると真剣な表情で確認される。
「…俺のことは分かるんだな」
「うん。村のことも診療所も…リヒトと話していると『そうだった』とは思うんだけど、でも実感は無いんだ……ごめんね」
「謝るなよ」
戸惑っている彼に、リアの気持ちはますます沈む。
反して、彼女の様子を見てリヒトも腹を決めたようであった。
彼女が嘘を吐いているなら、いずれ暴かれることになるし、勘違いで発言しているなら、明らかになる。
問題は『真実』であった場合だ。
真実ならば彼女は現在とても不安な筈だ。生活も将来のこともある。
嘘だと思われても仕方ないこの事実を彼に話したということは、信頼しているからだろう。
リヒトはリアの話を信じ、その上で話を続ける。
「わかった…信じるよ。でも、納得できないこともあるんだ。お前の前世はどんな感じなんだ? 術式とか理解できてないだろう」
リアは(キタ!)と内心歓喜した。自身も知りたかったことが、リヒトから尋ねて貰えるとは。幸先が良いが、しかしまた何と説明すれば良いのだろうか。
「えっと…まず、『ジュツシキ』っていう奇跡の力は存在してない。物語…架空のお話では出てくるんだけどね…おまじないとかから派生したのかな。代わりに科学が存在してるの」
「かがく?」
「さっきリヒトが『湯とは何か?』って聞いたことが解明出てきているし、実際、色々な方法で沸かすための道具があるんだ」
理解できていないリヒトに、リアの説明もしどろもどろになってしまう。
「でも色々な法則を破ることはできない。例えば質量を変えたりとか。あとは…えっと、卑金属を貴金属にはできない…みたいな。あ、でも同意体なら…」
後半の説明は魔法ではなく錬金術か…と、リアは頭を悩ませる。
しかし、魔法と科学の徹底的な違いはコレだろうと彼女は確信していた。
だが、リヒトはもっと怪訝な顔をする。
『違う』、『知らない』ということを伝えたかったのに何故だろうか。
「さっき『魔法』の単語が出たから、もしやと思ってたんだけど、リアは術式を万能な力だと思ってるのか…」
「ん?」
「…術式とは遥か昔、ある世界種が世界の概念を参考に組み上げた方程式をヒトのルーアハに埋め込んだことで、人類が使えるようになった奇跡の力のことだ。法式と違い、計算・言語・消費が必須だし、ルーアハを消費する行為は死へ繋がる。極めることができれば、消費を気へ置換できるようになるけど、星の寿命に繋がるから世界が赦さない。だから法式には劣る等、限界があって……」
「まってまってまってまって!」
突然、リヒトが封を切る様に喋り始めたと思ったら、全く知らない単語が飛び交い始めた。リアは全く理解できず、話を止めるしかない。
なんだ『セカイシュ』って!
なんだ『セカイノガイネン』って!
なんだ『るーあは』って!
なんだ『キ』って!
なんだ『ホウシキ』って!
リアの目が罅ぜらんばかりに見開く。そんなに多くの単語の知識を失っていることも衝撃であったが、恐ろしい一文は最も聞き逃せなかった。
「死へと繋がるって……じゃあリヒトは?! 大丈夫なの!?!」
リヒトはつい先程、術式を使っていたのだ。
そんなに恐ろしい事を行わせてしまったとは考えつかなかった。
否、水を溜める方法で『術式で操作すれば良い』と言ったのは彼だ。
『得意ではない』と言っていただけで『危険な行為である』とは言っていない。むしろ何故、提案した時に断ってくれなかったのか。善意のためだというのならば、あまりにも御人好し過ぎる。
「それは問題ない。言っただろ、川があるからって。水属性は得意じゃないけど、俺もそれなりに気を利用できているし」
「わ、わからない…でも安心して良いの?」
大して気にしていないリヒトに、リアは不安げな顔をし、行き場のない手を空中でばたつかせる。その行動が可笑しかったのか、リヒトが笑いながら応えた。
「そうだよな、俺が説明するよりは事典とか目を通した方が良いかもしれないな」
「え!」
事典という言葉に一瞬で気が逸れる。
前世の記憶を思い出してからまだ認識してない『文字』。
日本語で会話ができているので安心しきっていたが、果たして文字はどうなっているのか。
『リア・リオネ』と『リヒト・ファンゲン』という名前の二人の容姿は外国人そのものなのだ。
文字が日本語の確率が低すぎる。
―――『私』が前世で聞いた話だ。
事故を起こし頭部を損傷したある青年が、奇跡的に回復した。
面会が許され、知人が見舞いに来たのだが、彼らの喋っている言葉が解らず会話ができなかった。
ただし、青年は文字を読むことができたし、言葉も支障なく話すことができた。
完全回復し、会話ができるようになった青年に、会話ができなかった時の話を聞いたところ、『宇宙人に話しかけられているみたいだった』と応えたという。
リアはもしかしたら逆の症状もかもしれない。
もし文字が読めなかったら、、間違いなく生活に支障がでる。英語すら習得できなかった自分は、果たして大丈夫なのだろうかとリアは頭を抱えた。
「…って言ってもリアも俺も、文字の読み書き覚えたてだもんな、一緒に頑張っていこうぜ」
リアの顔を覗き込み、リヒトがまたニコリと微笑む。
本当にこの幼馴染みは優しく、居てくれて良かったと『私』は心から誰かに感謝した。