グラベル憤怒
葉を何枚も摘まれてしまったアロエは大分痛々しくなってしまった。
アロエは好きな植物であったが、個人的に育てたことはないので、このままで大丈夫か、リアはいささか不安である。
今度、図書館へ行く時にアロエが載っている本を探そうか、と考えていたところ、部屋の扉が叩かれ、外から声が響いた。
「リア様、お話があります」
グラベルだ。
以前、リアを淑女と言ってくれた彼は、日に日に彼女と付き合う中で、少しはその認識を改めていた様であった。
だからこそ、リアもかなり軽い気持ちで報告もしたのだが、今回の火傷に関して彼は容認できなかったらしい。テオスも気にしていたが、嫁げなくなる可能性を危惧しているのだろう。
だが、リアは平民だ。
貴族の御令嬢なら大問題だとは思うが、自身にそれだけの必要性を感じられなかった。勿論、結婚という選択肢も含めてだ。
一先ず、服を着込み終えてから扉を開ける。
何かを言いかけたグラベルは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔に変わった。
それもそうだろう。顔の火傷はアロエの効果もあり、逸早く治っていた。
問答しようとした原因が無いのだから、言葉が出ない。
「話とは?」
リアが首を傾げて質問を投げかける。
しかし、瞬間我を取り戻すと、グラベルが声を上げた。
「お顔の赤みは減ったようですが、身体を傷つける危険な仕事には反対です」
正論だ。
前世なら両親も言ってくれたであろう言葉だが、今世の両親は健在していても言ってくれたかは甚だ疑問である。
「……リヒトには『やりたいようにすれば良い』と言われましたし、シ…マリアさんからも反対はされてないので」
「マリアさんがいらっしゃるのですか? マリアさん! 貴女からも言ってください!」
グラベルの中でシーナは、リアの保護者の立ち位置だと思われたので、納得してもらう材料に挙げたのだが効果は無いらしい。
突然、矛先を向けられたシーナも驚嘆で部屋の隅で跳ねていたが、渋々顔を出した。
「私は、リアの行動と想いを尊重します」
「しかし、大怪我をしてからでは…」
「次回からは、労働時間――火の利用の短縮、防火服の用意をされると約束されているそうです。相応以上の報酬も得られるのでしたら、止める理由も見出だせません」
「貴女はリア様が心配ではないのですか」
「リアは私が護ります。貴方こそ、リアが本当に心配なのですか。ファンゲン家とご自分の立場を心配されているのでは」
「そんなわけないでしょう?! リヒト様がああなってしまい、リア様まで何かあったら! なぜ若い二人がこの様な辛い目に! 私が変われたらどんなに楽か!」
グラベルの叫びは悲鳴であった。
彼の気持ちをリアもシーナも完全に失念していたことに気づく。
彼が『ファンゲン家にリアの力になるように』と言われていたのは、建前だったのだ。
「……すみません。口が過ぎました」
「ごめんなさい、グラベルさん。貴方の気持ちも考えず…」
シーナとリアが同時に謝罪すると、グラベルは昂っていた気持ちが落ち着いたのか、「いえ、私も出過ぎました」と謝罪する。
「でも、グラベルさん。私、あの仕事が好きなんです。だから今は辞めたくありません」
リアがはっきりと告げると、グラベルは漸く諦めが付いたのか「わかりました」と、納得はしていない声色で応えた。
二人の様子を見ていたシーナは、少し溜め息を吐き、そして言葉を続ける。
「……植物も世界種だということはご存知ですか」
「え?」
「世界の恩恵は今のリアをご覧いただければわかると思います。彼女は戻ってきてからずっと『アロエ』で火傷を癒やしていたのです。世界種の一部は、我々の糧となり、栄養となり得ます。リアが嫌悪しているクモですら食べる地域も有るそうです」
知っている。
前世では、オオツチグモ科のクモなどは揚げ物にして食べている国があった。
熱を加えることでクモの毒も厄介な体毛も除去できるのだ。
――味は良いらしい。
この世界でも食べている地域があるのか…図書館で調べて近づかない様に気を付けようとリアは心に誓う。
「では、リア様のため、私はアロエの他、何か食用できるモノを用意いたします」
「く、クモは食べませんよ?!」
自分にできることを模索しだしたグラベルに、リアは当然忠告をつけた。