ガラス工芸
「あんた、こっちの火床の火と、同じ火力の火が生み出せるか?」
ハリィに問いだされたリアは、火床に近づいてその炎を確認する。
傍では別のドワーフが刃物の焼入れをしているところであった。
火床の炎は殆ど白い炎で、一千三百度は超えていると思われる。
「問題ないと思いますが、生み出した火は自分で抱え込む形になるのでしょうか」
「問題ないか…」
大きく出たなとハリィは思うが、リアの質問にも素直に答えてくれた。
「そうだな、机と椅子を用意するが、それらも熱に強い岩でできている。硝子の材料や屑は坩堝に入れて渡す。坩堝ごと炎で熱してもらうことになるな。硝子の色を複数使いたい場合もあるから、複数の坩堝を均等に熱する必要もある。あとは、硝子を温め直す炎も別途頼む場合がある」
うん重労働だ。
炎を生み出すことは全く問題ない。
問題は生身の身体だ。長時間同じ体勢で硬い椅子に座らなくてはいけない。坩堝とはある程度距離をとっても力は届くが、それでも一千度を超す温度。テオスが言っていた通り、火傷は免れない。
大きな溶融窯や高温炉の代わりにその身を使うのは確かに危険だ。危険だからこそ普通は溶融窯や高温炉が存在するのだが、工房を見渡すとそれらしきものは皆無だ。
いつでもココを畳み、王都を出られるように――ドワーフらしい発想が伺えた。
リアは自身の身形を再度確認する。
袖無しシャツと長ズボンという、この世界では男性が着る服装で、グラベルに頼んで用意して貰ったモノだ。ゴム等は無いため、ズボンの裾は紐で何重巻きにして固定している。髪は三角巾で纏めたが、防火としては足りないかもしれない。
勿論、リア自身の炎がリアを焼くことは無い。
焼かれることがあるとすれば、温められた坩堝と熔けた材料の熱なのだ。
その火傷も一日もあれば完治するだろうというシーナの意見があるが、逆に治してしまっては不審がられるかしれない。だからと言って治さなければ、弓の指導をするテオスが気にするだろう。
リアは正直困っていた。
しかし、やってみないことには対処も対策もできない。
「わかりました。指示いただけますか」
「こっちだ」
ハリィはそれだけ告げると、リアに背を向け歩き出す。
工房の端まで着くと、そこには岩でできた大きな机と椅子が並んでいた。坩堝を置いたのだろうか、点々とした焦げ跡が目立つ。
傍には金属板が乗っている机や、鉄でできた吹き竿、吹き竿を置く鉄の台、研磨器、名称もよく分からない道具たち、そして大量の水が入った釜があった。
ハリィに「そこに座って待っていろ」と命じられたので、言葉通りにリアが座って待っていたところ、既に材料が入れられた坩堝を持ち込み、そのまま机の上に置かれた。坩堝の大きさはサッカーボール位だろうか。
確か坩堝に蓋をしてマッフルに入れると高温にできるはずだが、使っていないらしい。
「そいつを温めて最終的にはあの火床と同じ火力にしてくれ。火力は落とすなよ、急に冷えると坩堝が割れるからな」
リアは頷くと、その坩堝を囲むように両掌を宛がう。
火力を調整するのはルートの前で行っていたが、坩堝を直接温めるとなると話は別である。
坩堝は熱が逃げ易い。
(私はマッフルにもならないといけないのか)
残念ながら『私』にはガラス細工の経験は無いので、メディアで見て知り得た情報しか分からない。
リアには、自分の『炎』を信じる術しかなかった。
「お前さん、構えているだけじゃ炎は出んぞ」
「え」
ハリィの指摘に、リアは漸く気がつく。
リアは、ヒトで術式を使う女性として組合から紹介されているのだ。
危うく『言語』を発さずに『炎』を発生させるところであった。
ハリィに関しては術式の特性から『想像』に時間がかかっていると思い、そうだとしても急いで欲しいという冷やかしの気持ちがあったらしい。
(よかったあああああぶなあああああああ)
リアは心の中で悲鳴を上げて落ち着くと、咳を一つした後に適当な言葉を呟き、炎を生み出した。
「こいつぁ……」
ハリィはその後続くべき言葉を失った。
目の前の坩堝は見事に加熱され、中の材料――ガラスは熔けている。直ぐにでも加工の作業に移れる状態だ。
リアは多少辛そうであるが、それは気の消費では無く、坩堝とガラスの熱の所為だろう。
「よ、よし、そのまま維持していてくれ」
リアがかなり大袈裟に頭を動かして頷く。息がかかったりすることを恐れての動作であった。
ハリィはその様子に感心し、彼女を見直す。
リアは宣言通り炎を操り、誠意を見せた。――次はハリィが応える番である。
彼は用意していた金属の吹き竿で、熔けたガラスを巻き取ると、水で濡らしていた木の器に当てて形を整えた。整えるとすぐ反対側から息を吹き込み膨らませる。そのまま吹き込んで成形するのかと思っていたが、別途用意していた金型に差し込み、形を変え、吹き込むと素早く取り出した。
すぐに成形に進みたかったようだが、ハリィは舌打ちをする。
思っていたよりもガラスの冷えが早かったのだろう。
ハリィが言わんとしたことをリアは察し、片手を掲げると、そう遠くない場所に炎の塊を出現させた。炎色は坩堝と変わらず、勿論坩堝の火力も落ちてはいない。
ハリィは勿論、驚嘆するが、直ぐに歓喜な顔に変わるとその炎塊にガラスを入れて、温め直した。
後はもう流れ作業であった。
模様が付いたコップを十は作ったと思えば、模様と同じ模様のランプの傘作ったり、はたまた同じ模様の動物の置物を作ったりした。
合間に色ガラスを足されたので、坩堝の数も増え、岩の机はいっぱいになっている。
狭い空間の気温は高温に達したが、ハリィは勿論リアも弱音を吐かなかったため、近くに居た職場仲間が風を起こして冷ます始末であった。