総合組合
テオスとの訓練が終了すると、リアはグラベルに報告した後すぐ、登録を済ませるため総合組合へ向かった。
組合の建物は王都の門の近くにあり、城、図書館に続き古い建物である様だ。
ただし、城や図書館と違い、木造建築であるのと、独特の気配がしないところから、ドワーフ製ではないのが明らかであった。一見、天井が高い平屋だが、屋根の近くに小さな窓が確認できるので、二階を後から増築しているのかもしれない。
入り口へ向かうが、扉は無かった。防犯上大丈夫なのだろうかとリアは思ったが、室内の壁に貼りだされている依頼書を見て納得する。この組合は常に依頼を受け入れ、斡旋するため、一昼夜開いているのだ。
高い天井を見上げると、二階に続く階段が目に入った。明らかに足されたように見えるその階から、眠そうに降りてくる冒険者をリアは確認し、宿屋等になっているのだろうかと考える。
「おはようございます。何かお探しですか?」
入り口で止まってしまっていたリアに女性が声を掛けてきた。
図書館の受付女性と同じく、制服を身につけ、胸には国章のピンが付いている。
ただし、その顔はとても眩しい笑顔であった。
図書館は司書も含め暗い印象を与える施設であったが、此処は真逆である。
前世でいう公共職業安定所もこの笑顔を見習った方が良いだろうなとリアは思った。
「あ、あの、登録をしたく…仕事を探しています」
「ありがとうございます。では、受付へご案内しますね」
女性はリアを受付卓まで案内すると紙を取り出し、彼女の前に差し出し説明を開始した。どうやらこの女性は受付担当でもあったようだ。
「文字の読み書きはできますか? 何か身分を証明するものがあれば、そこから照会して代筆もできますが」
言われてリアは、大切にしていた図書館の利用許可証を出そうか考えたが、これが役に立つのだろうかと一瞬悩む。しかし、リアの掌から少し見えたソレを確認し、女性は言葉を続けた。
「国の公共施設で発行された許可証でしたら、こちらで充分身分証明書になりますよ。勿論、情報開示はえっと――リアさんですね。リアさんの同意が必要になりますが」
まだ何も告げていないリアの名前を言い当て、女性が微笑む。彼女が『能力者』であることは明白であった。
「あ、はい。ではお願いします。私、あまり文字の読み書きが得意では無いので…」
「かしこまりました。では、許可証をご提示いただき、こちらが開示請求の同意書となりますので、署名をしてください」
受付の女性は慣れた様子で手続きを進める。
リアから受け取った許可証も少し確認すると、直ぐに返却してくれた。
何枚かの紙を束ね、別途紙袋に詰める等の作業を行っているが、リアにはその動きがよくわからない。少し不安そうな顔をしている彼女に気が付くと、「信頼してください」と女性は応える。
「私たちが何か不審な動きをすれば、ある方の能力によって罰が下ることになっています。貴女の情報を乱用したり、横領したりはできません」
「い、いえ。ただ、能力ってすごいんですね、貴方も能力者ですよね?」
能力者――リヒトとも話をしたが、この世界においてリアには最も謎の存在である。
世界に関することは、例え元いた世界と異なっていても、納得することができた。それは自らが世界の一部であるためでもあるだろうと、今ならば分かる。
だが、神は完全に世界の異質物であった。そのこと自体は感じとっているが、彼らを理解することができない。その所為でテオスも含め苦手意識があるのは間違いがなかった。
だからこそ、リアはつい口にしてしまったのだ。
リアの呟きと疑問に女性は数回瞳を瞬くと、口元に手を持っていきクスクスと笑い始めた。
「フフフ、能力が使える方のことをはっきり聞いてくる人は珍しいですよ?」
「え、そうなんですか?!」
「ええ、犬族の獣人に『君はワンと鳴く生物だよね』と言っているのと同じくらい」
それはとても失礼なことではないだろうか。
リアは顔を真っ蒼にしながら女性に頭を下げて謝罪する。
「すみません、不快な気持ちにさせてしまって…」
「いいえ、私は大丈夫です。ですが、気をつけてくださいね。能力を使える人の中には確かに快く思わない人も居るので」
「はい」
女性はこの雑談の中で証明書を発行し終え、リアに手渡した。
図書館と同じく鉄でできた板であり、リアの名前が彫られていたが、異なるのはその板に紐が通されていたことだろう。
「それは何かあった時の『個人識別票』となります。常に首から下げていただくか、足首等に巻いておくようにしてください」
(認識票か…)とリアは心の中で呟く。
通常、軍の兵士に支給されるものだ。首から上が無くなってしまっても、認識票があれば故人を特定できる。テオスの話では化物退治の仕事もあるらしいので、念の為、全員共通の証明書として発行しているのだろうと推測できた。
「では、どの様なお仕事を希望されていますか」
「…ドワーフ工房の火起こしの仕事はまだ残っていますか?」
即返答したリアに一瞬、女性は驚嘆の顔をしたが、直ぐ笑顔に戻ると手元の書類束を確認してくれる。
壁に貼り出されているモノよりも文字が多いので、こちらが依頼書で、貼り出されているものは清書し直したモノのようである。
何枚か捲ると音が響いた後、女性は「あった、あった」と嬉しそうに呟くと、リアに提示してくれた。
開かれている依頼書は大分傷みが激しく古めかしい。
「はい、何度か依頼を受けていますが、元々受けられる方の日数が短いので…ここ数年はずっと募集状態ですね」
「あ、あの…私も短期希望なのですが…」
「問題ありませんよ。他国との戦争等にならない限りは無理強いされることは無いと思います」
さらりと恐ろしいことを言われ気がするが、「勿論、無理強いされるようなら組合に報告していただければ、対処しますから」と女性は力強く答える。リアは苦笑しながらも「では、お願いします」と頷き、手続きを進めて貰った。
トントン拍子に話は進み、明日の朝にでも来て欲しいということであったため、リアはお礼を言うと組合を後にした。