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情報提供

――翌日


 リアはテオスの指導のもと、実際に矢を射つ訓練を行う。

 前世では猿腕だったため、右腕の腕橈骨筋付近に弦が当たり、防護具を着けていない箇所は内出血して真っ青になった。

 幸いなことにリアは猿腕では無いので、多少弦が当たることがあっても防護具で完全に守られている。

 あとは筋肉痛との戦いだ。

 因みにテオスが行った的の当て方は上手くできていない。

 中央を狙うこと、当てることを意識すれば、確かに的には当たるが、『本来狙えば良いと思っている箇所をあえて意識的に反らして当てる』のはかなり難しい。

 意識と身体が合致しない。人間の構造で言うところの『精神』と『肉体』が喧嘩している様子だ。

 あの十字に切る様な当て方は、それこそ前世でいう某宗教の十字架を示す動作を思い出したが、テオスの話では『世界の概念』を表しているらしい。

 上は火、下は地、左は風、右は水、中央の十字は世界、四つの円は外側から順に輪廻・ルーアハ・器室・星を表しているとのことであった。己の術式の属性が目覚めて欲しいと、願掛けで狙う習慣もあるらしい。

 この世界ではそれこそ四という数は神秘的なのだ。

 崇敬三英雄ももう一人誰かを追加して四英雄にしたいという話もあるくらいだ。

 だが、該当する人間は未だ現れていない。

 「君かもしれないな」とテオスが真剣な表情で冗談を言うので、リアは思わず笑ってしまった。


「それは無いです。私の予想では……ルート様とか」


「彼は老いている」


「年齢制限あるんですか…英雄って…」


 リアの反論に今度はテオスが笑う。

 彼の笑顔は貴重なのか、遠くで見守る従者に紛れ、双眼鏡(オペラグラス)を持ってこちらを観ている者たちも増えている。…あれは王様ではないだろうかと、無駄に視力が良いリアは思うが、口には出さなかった。


「しかし、教えることは殆どないな」


「調子に乗るのでお世辞はやめてください」


「本心なのだが……まあ、良い。一先ず、休憩にしよう。用意していた情報も伝えたいしな」


 テオスの言葉にリアが頷くと、彼がリアの手を引いて茶会の席に導き始める。

 前回と同じく今回も珈琲が置いてあったので、テオスが好きな飲み物なのだろうかとリアは思っていたが、どうやらそれは違うらしい。彼の前には紅茶が出されているからだ。

 この国では珈琲が貴重なモノであり、アシダカグモたちの駆除でその多くは失われてしまった。

 先日、グラベルと図書館へ行く途中でかなり値段が高騰していたのをリアは目撃していたからこそ、何故自分の前に珈琲が置かれているのだろうかと疑問が尽きない。

 テオス伺うと、彼は微笑んでいた。

 そこで漸く理解する。これは――全ての支援を断ったリアへの抵抗なのだろう。

 リアがそれに気が付き、意見を言おうとした所、テオスに割り込まれてしまった。


「ライオネ、情報の件なのだが」


「うえ、あ、はい」


「まず、宿屋に関しては申し訳ない。君が宿泊している場所がどうやら一番安いようだ。元々は害虫等が多いのもあって、貴族等には見向きもされていなかったらしく、平民や冒険者が挙って使っている宿らしい。最近は害虫等の数も減って、実は宿泊費も上がっているらしいのだが、それでもまだ都一番だ」


 テオスの面目無さそうな声色に、リアは「いえ」と返答するが、疑問が湧く。

 リアは王都に来てからずっと宿泊しているが、値段が上がった話など聞いていなかったためだ。

 恐らく、ネズミや虫に関してはシーナが退治しているのだろう、その部分だけは合致する。もしかしたら、主人が言い出せていないだけかもしれないし、グラベルがリアに遠慮して伝えていないだけかもしれないので、後で追求しようと心に決める。


「そして、女性の君でも働ける短期の仕事だが、都内だけならばいくつか確認できた」


 そう言いながら、従者よりテオスが何枚か紙を受け取り、机の上に広げて見せてくれた。


「ただし、僕が確認できたものは全て総合組合を経由してもらう必要がある。組合の登録自体は簡単であるが…ライオネは組合を知っているか? 自分に合った依頼を受けて報酬を得る場所…なのだが」


 前世の大学はアルバイト禁止を謳っていたのを思い出す。

 勉学に努め、単位を取り、卒業をせよという強い思いからであった。と言っても高等学校等とは違い、罰則も拘束力も無いため、生活がかかっている生徒を含め、アルバイトは行っている知人は多かった。

 『私』は実家からも通えていたため、少し小遣いが欲しい場合は、単発アルバイトを時々行っていた。

 専門の会社に登録し、見合った仕事を斡旋してもらい、会社を通して賃金を得る。

 テオスの説明から、恐らく似ているのではないかと察する。


「こちらでは登録したことありませんが、恐らく大丈夫かと」


「こちら?」


「い、いえ! それで、どの様な仕事が多いのでしょうか」


 うっかり口を滑らせたリアにテオスは怪訝そうな顔をするが、すぐにお得意の無表情に戻ると机の紙をそれぞれ指さして応える。


「主に店の皿洗い、荷詰めだろうか。薬草採取…ああ、化物を討伐する依頼も多少あるが女性向けでは……」


 自分で言った言葉に何か思いついたのか、テオスが言葉を遮る。


「…事後処理で都に出た化物を討伐した報酬にすれば、ライオネに支払えるか…」


「化物の討伐はお受けしません。しておりません」


 リアは笑顔できっぱり宣言した。

 抑、リアの中で『化物討伐』の仕事を受けるつもりは毛頭無い。例えば、嫌いなクモ化物をわざわざ斃しに赴くという選択肢は存在し得ないのだ。勿論、自身の領域(視界)に入ってきた場合はソレには限らないだろうが。


「……後はそうだな…術式や能力者を活かした仕事もあるが」


「火だと何かございますか」


「火はそれこそかなり数があるな、だが、女性も働ける現場となるとやはり限られる」


 シーナの話でも出てきたが、リアは木炭を作成し、父親が王都で売っていた。

 その仕事は残っていないか確認したところ、現時点では存在しない様だ。

 実はこの様な仕事を期待してため、現実は甘くないとリアは思い知らされる。

 しかし、何枚か紙を確認させてもらい、その中の一枚に心が動かされた。


「…ドワーフの…工房での火起こし…火床」


 募集要項を確認するが、『強い炎』を生み出し維持できるならば老若男女問わず、期間も日数も少ない。だが、報酬はかなり高かった。

 何故かとテオスに確認した所、この工房自体、軍等の御用達となっているらしい。

 武具の発注が増えると、使用する火が足りなくなるため、募集をかけるようだが、強力な『火』を生み出し続ける術式を行える者は希少であるし、炎に身を焼かれることは避けられないため、女性は疎か男性ですら嫌悪する。

 法式を使える異人が依頼を受けることも多いが、シーナが言っていた通り、焼かれた身を早期回復する手段は無い。そのため、常に募集中なのだという。


「ライオネ、これはお勧めできない。君の肌に傷が残る様ではリヒト氏等にも顔向けできない」


 リアが瞳を輝かせ依頼の紙を眺めていたところ、テオスが発言した。

 まさかのリヒトの名前が出てきたため、驚嘆してテオスを伺うが、彼は本当に真剣な顔をしている。しかし、リヒトとは――テオスも大分、リアたちのことが分かってきた様である。

 だが、肌に傷が困る――か。

 確かに前世では肉体を傷つける形の装飾具である『ピアス』は、特に年長者に懸念を抱かれる傾向にあった。現にこの世界でもヒトの女性で付けている人は見かけない。宴会で参加した貴族のご令嬢も耳に穴を開ける必要がないクリップ形式であった。

 女性の肌が傷つくのが懸念されるのは、()世界共通なのだな、とリアは認識する。

 つまり、女性の身体への傷(ヽヽヽヽヽ)に対する認識も同じなのだろう。

 

 ―――嫁にいけなくなる―――


「貰い手を心配しているのでしたら、大丈夫ですよ。独り身でいる覚悟はあります」


 リアがとても良い笑顔で返すため、テオスは頭を抱えた。

 しかし、少し考えたあと、妙案が浮かんだのか「そうか」と呟く。


「僕が貰――」


「大丈夫ですよ! 私、炎には慣れていますので! もし駄目そうでしたら、直ぐに諦めますから!」


 リアが紙を大事そうに抱え、立ち上がると強く宣言した。

 テオスは何か言いたそうであったが、「好きにすると良い…」と告げて、カップに残っていた紅茶を飲み干し、従者に替えを指示する。

 彼の元に再びカップが置かれたタイミングに合わせ、リアはその頭を下げた。


「ありがとうございます、テオス様。いただいた情報を大切に使わせていただきます」


「…その仕事は朝と夜が多い。もし、弓の訓練に支障が出るようなら早めに言ってくれ」


「はい、了解しました」


 仕事の手続きもあるので、次の弓の授業は後日改めて決めることとなる。

 話を終了させた二人は、中断していた訓練を再開した。


※一週間ほど投稿をお休みさせていただきます。ご了承ください。

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